第40話 しょうもない追いかけっこの始まり

 ……体の不快感が物凄い。

 金属臭くて土臭いからまずは体を洗いましょう。

 水の魔力で体中の汚れという汚れを洗い流す。

 服も汚いのでとにかく洗う。

 ただの水の魔力では落ちなかったので土の魔力も加えて泡で全身をもこもこにして洗うと綺麗に落ちた。


「さて、まずはこの聖女の正装から着替えなくてはなりませんね」


 この聖女の正装、先代の聖女のリカ様から譲り受けたものではあるけれど、これを着て出歩こうものなら確実にマリーヴィア=フォン=アストヴァルテがいるという事が広まってしまう。

 そしてヘイヴル達と出くわしたら……、確実に巡礼の旅に連行されてしまうに違いない。

 そうならないために、事前に買っておいた服があるのでそれに着替える事にしよう。

 今度の服はだいぶ系統が異なるからマリーヴィア=フォン=アストヴァルテだとは思われにくい、はず。


「これで、良し!」


 着るのが簡単な服で助かった。

 これがドレスのような服装だったらと思うと1人では着れなかったでしょう。

 このシャツとショートパンツはあくまで双剣と合わせるために用意していたものではあったけれど、その双剣は恐らくヘイヴルに没収されてしまっているはずだ。

 とは言ってもこの服があるのだから問題はないのだけれど。


 ヘンデルヴァニア王国にいる間は土の魔力が得意な人のふりをして移動をしていく事になるでしょう。

 目が黄色く見えても土の魔力の技術を披露すればなんとか誤魔化せるはず。

 光の魔力に関しては見せなければなんとかなるはずだから……。


「まあ、ヘンデルヴァニア王国では食料を買うだけなのでそこまで見た目に気を使う必要はないでしょう」


 食料さえ確保してしまえば後のことは問題ないはず。

 マリーヴィア=フォン=アストヴァルテだと気づかれてしまってもヘイヴル達が来なければ全く問題ないもの。


「……おなか、すいたわね」


 昨晩から何も食べていない。

 魔力も大して回復していないのはわかりきっているから一狩り行きましょうか。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 魔物の肉を何も考えずに食べるのはあまり良くはないけれど、これは緊急事態だから仕方ない。

 でも、この味は……。


「辛すぎます……。舌も喉も痛いです……」


 今は誰にも頼れない以上、無理やり食べるしかない。

 残してもまた魔物の狩り直しになるだけだ。


 生きている魔物の肉を無理やり食べるという手も無くはないけれど、あれは2人くらいはいないと難しい技だ。

 今の私は1人だから魔物を倒すとたまに出てくる肉を食べるしか方法はない。

 そのお肉もどういうわけか味が魔物の個体や種類によってだいぶ異なるからハズレを引きたくはなかったのだけれど、案の定ハズレを引いてしまった。


 ──辛すぎる……。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「い、痛かったです……」


 私はなんとか魔物の肉を食べ終えた。

 傷んだ口や喉は気休めの治療魔術をかけて治したけれどまだ痛い。

 これだから辛いものは大の苦手なのだ。


 ……さて、町を目指しましょうか。


「セイクリッド・ウイング!」


 徒歩で行くよりもこれで移動した方が早い。

 方向感覚もわからないけれど、とりあえず近くに見える町はエスタコアトル伯爵領の町だとは思うからそことは別の町に行きましょう。

 行けそうな場所として上げられるのはモンモンソロ子爵領かジェラダーン伯爵領だ。

 ジェラダーン伯爵領が次のシオミセイラの巡礼の旅の目的地となりそうだけれど、そこに行かないことを祈って羽ばたきましょう。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 ……どうしてこんな事に。


「マリーヴィア! 待ってくれ! どこへ行くつもりなんだ!?」

「マリーヴィアせんぱ〜い! 待ってくださ〜い!」

「マリーヴィア様! 私も一緒に連れてってくださいよ〜!」


 どういうわけか、シオミセイラ達に見つかってしまった。

 彼らは今、物凄い身体強化の魔術を自分自身にかけ、私のセイクリッド・ウイングの速度に追いついてしまっている。


「あなた達には為すべき事があります! それを置いて何をしているのですか!?」

「マリーヴィア先輩がいないとやる気出ませんよ〜!」

「聖結界を維持しなければ昨日のような魔族が入ってくるのですよ! 急いで勤めに戻りなさい!」


 これだけは言わなければ。

 大体私なんかを追いかけて何の意味があるのだ。

 戦うには中途半端、聖女としても中途半端。

 どう考えても取り除いて良い人間でしょうに。


「嫌です〜! マリーヴィア先輩がいないと聖女やりません!」

「…………どうしようもありません、ねっ!」


 私はさらに加速して彼らを振り切る事にした。

 これ以上の会話をしたところで彼らは抵抗するだけでしょう。


「……っ! この先はジェラダーン伯爵領だ! 陸路の僕らは地下通路を使って町に入るしかない!」

「そ、そんな〜! その間にマリーヴィア先輩が逃げちゃったら……」

「急いで行くしかないだろう。マリーヴィア! 必ず追いつくからね!」


 ……追いつかなくて良いのだけれど。

 それにしてもジェラダーン伯爵領となると聖結界の魔石もある所だ。

 急いで食料の購入と食事を済ませて出発しなければ。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 この辺りで良いでしょう。


「……あれってマリーヴィア様?」

「いや、聖女の騎士を連れていない上に聖女の服を着ていないから別人だ。マリーヴィア様は召喚された聖女様と一緒に行動してるって話だぞ」

「じゃあ、違うわね!」


 ……こんな会話も聞こえてきたけれど、これは動きやすそうね。

 近くの飲食店は……、パスタ・ヒジリがある。

 行きましょう!


 ──後悔のないように、好きな物をありったけ頼みましょう!









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 パスタを4種類、全部普通盛りで頼んだ。


「……あのマリーヴィア様に似てる子、よく食べるな〜、食い切れるの?」


 そのような事を言われているけれど、私の胃袋は結構入る方なのだ。

 それでは早速、ニンニクの味がするものから……。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 とにかくパスタを巻いては食べ、巻いては食べを繰り返した結果、私は4種類のパスタを食べきった。


「すみません、お会計をお願いできますか?」


 私は乾麺の紙袋とパスタソースの缶詰をありったけ抱えお店のお会計に立つ。

 パスタ・ヒジリも缶詰があるけれど、乾麺は紙袋に入っているのだ。

 要するに地球のパスタと似たようなものでしょう。


「……これ程となると大体10万モン程になりますが」

「これでよろしいでしょうか?」

「ひゃ、100万モンですね。それではお会計の準備をしますね」









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 結構な時間が経ち、私は13万モンを支払った。

 お釣りはいらないと言ったのだけれど、受け取るのも恐ろしいといったような顔で拒否されたのでおとなしくお釣りは受け取った。

 さて、他にも食料を買いたいところだけれど、おそらくヘイヴル達は地下通路を越えているでしょう。

 急いでこの地を発たなければ。


「…………マリーヴィア様、やはりこちらに」


 パスタ・ヒジリを出るとエドガーと出くわしてしまった。

 さて、どうしようかしら?

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