第39話 純白の堕天使が逃げていく
「じゃあ、ボクも負けてられないね! 落ちて! マリーヴィア!」
魔族の指から何かが出てきたので避けたけれど、セイクリッド・ウイングに当たってしまったようで、飛行のバランスが崩れて体が落ちようとする。
──あの時の仕返しって事かしら?
セイクリッド・ウイングは無くして、自由落下の速度に身を任せる。
そろそろ良いわね。
「セイクリッド・ウイング!」
セイクリッド・ウイングは魔力さえあれば何回でも生やせる。
よって地面にそのまま落ちる事はなく緩やかに下りることができた。
……とは言っても相手は空を飛ぶ魔族だ。
空中にいる対象をなんとか落とすか陸から空中に狙うか悩みどころだけれど……。
「これでお互い陸にいられるね!」
「……翼が生えているのなら空を飛んでいた方がよろしいかと思いますが」
「君から逃げるのが目的じゃあないんだよね〜。君自身が目的というか〜」
「……何を考えているのですか?」
「ま、ボクの実験に付き合ってよ! 君もボクのようになれるかなっ!」
「っ……、一体何を……」
目の前の魔族によって右腕が拘束される。
咄嗟に左腕に杖を持ち替えてセイクリッド・キャノンを構えたが、重い。
でも、ここで攻撃しなければ……。
「それじゃあ行くよ! 僕の血を、送っちゃえ!」
「っ! うっ、ゔあああああああああっ!!」
右腕から全身に痛みが広がってくる。
痛い、熱い、これは何?
どうして私は魔族に輸血をされているの?
攻撃しようにも杖はとうに落ちている。
私はただ魔族の緑色の血を受け入れる事しかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……っ、こうげき、しなきゃ」
「お〜、生きてるね! さすが僕の血を素材にして蘇った存在だ! おめでとう! これで君もお母様を殺さない限りは老いないし、死ねないし、子供もできないよ!」
「……何を」
この魔族が何を言っているか、私にはわからない。
言葉を額面通り受け止めるなら……?
「とは言っても、君にはすでにその兆候はあったみたいだけどね! 身長が小さいのも成長が止まっているから! この光のゆりかごに住む人間にしては君は小さすぎるもんね!」
「黙って、ください!」
私は拳に光の魔力を込めて目の前の魔族に殴りかかる。
最終手段で弱い威力だけれど、一発殴らないと気が済まない!
「グッ……、光の魔力は残っているのか……。僕は魔族なんだけど光の魔力は僕の血を受け入れてくれたね」
「この……、セイクリッド・キャノン!」
私は魔族が怯んでいる間に杖を持ち直し、セイクリッド・キャノンの魔力装填をする。
いつもより魔力の装填速度が速いかもしれない。
これなら、最大火力で……!
「……発射!」
至近距離から撃ち抜く。
……今回は違う!
あの魔族の体に風穴を開けられた!
これなら、なんとかなるのかもしれない!
「……おかしい、ボクの体、これまでこんな大きな怪我をした事は、ないはずなのに! なにがそうさせているんだい!?」
自分が大怪我をしているというのに嬉々としている魔族が信じられない。
この魔族は一体何者なの……?
いえ、そんな事よりも攻撃を加えるべきね。
今は心臓の辺りにかなり大きな風穴を開けたのにも関わらず、平気だという事はこの魔族の弱点は別にあるということ。
それがお母様と呼ばれる本体なのかもしれないけれど、どこにいるかわからないそれに攻撃なんてできるわけがない。
──今はとにかくこの魔族の体をなくしてみせる!
「セイクリッド・エレキ・キャノン、放て!」
「グッ……、ゔっ、ゴッ、ひゅー……、ひゅー……」
「……胴体と首を分けたのにも関わらず生きているとは、これ、どうやってつながるんでしょうね? 私は知りませんが」
胴体に開けた風穴の方に杖を押し当て電気の魔力を流す。
「……消えてきましたね。不思議です」
「ひゅっ!? ひゅう! ひゅう!」
「……こんな事をしておいて今更死にたくないだなんて言いませんよね? 大丈夫です。私が正しい道に導きますから!」
どんなに刺しても倒れなかったこの魔族を倒せるという事に大きな喜びを感じる。
こんな感情、今までの戦いの中で感じた事はないのに、いえ、今はこの魔族を消してあげるべきね。
「これであなたも終わりです。さようなら、見知らぬ魔族さん」
顔面に電気の魔力を押し当てる。
不思議と粉のように消えて、その粉さえも消えていく。
「……さて、終わりですね。どうしましょうか? ……これ、あの魔族を殺したから出てきた物でしょうか?」
魔物貨幣とは違う硬貨が出てきた。
……随分と大きいけれど、これは圧縮鞄の方に入れておきましょう。
使い道は特に見当たらないもの。
──それにしても。
「頭痛に吐き気……、魔力が枯渇していますね。食料もありませんが、魔物を探して肉を食べる事にしましょう」
体はだるいけれど、仕方のないことだ。
まずは食料になる肉を……。
「見つけた! マリーヴィア!!」
「……ヘイヴル? ……いえ、今は逃げるべきですね。セイクリッド・ウイング!」
このままヘイヴルに助けられようものなら私は巡礼の旅に同行する事になってしまう。
それは避けなければ。
「なぜ逃げるんだい、マリーヴィア!」
「私はもう巡礼の旅にはついていきませんので。さようならヘイヴル、それでは」
「マリーヴィア!!」
ヘイヴルが魔力で身体強化をかけて飛んでいる私を追いかけてくるけれど、セイクリッド・ウイングはそれよりも速い。
魔力枯渇はするだろうけれど、私はとにかく遠くへ逃げる事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そろそろ限界だ。
休まないと……。
「ヘイヴルは撒けましたね。ここに簡単な仕切りを作って眠りましょう」
セイクリッド・ウイングは消して地面に降りると体が勝手にへたり込む。
……今ので相当魔力を使ってしまったわね。
石の部屋を土の魔力で作ってそのまま地面で寝てしまおう。
体を清めるのは明日の朝でも良いか。
たくさん戦って疲れたもの……。
「よっこいしょ……」
私1人がなんとか眠れる程度の石の仕切りを作り、そのまま地面に倒れ込む。
返り血が体についていて不衛生だとは思うけれど、いまは疲れを癒すのが優先だ。
私は静かに目を閉じた。
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