第32話 渦はひとまず遠ざけて

「この話はマリーヴィアにだけ明かそうと思ったんだけどなぁ。兄上、困りますよぉ〜」

「そのふざけた口を塞げ、エイデルヴェニア! 貴様はマリーヴィアを騙し、マリーヴィアと婚姻ができるような地位に居座る不届き者だ!」

「不届き者と言われましても、兄上が聖女の筆頭騎士になれない立場だっただけじゃないですか〜。要は積年の羨望が募って今更爆発しているだけでしょう? それに、僕がこうしているのは父上からの御命令だってこと、わかっていますよね?」

「……マリーヴィア、お前はどう思う?」

「どう、と聞かれましても……」


 頭がぐちゃぐちゃになって整理がついていない。

 まず、ヘイヴルがヘンデルヴァニア王国の第二王子で、私と結婚できるような地位にいる。

 ……私と結婚できるというのはどういうことかしら?


 聖女と婚約できるのはこの国の次代を継ぐ王子であるけれど、ヘイヴルは、エイデルヴェニア殿下はその条件に当てはまっていなくはない。

 兄であるオズワルド殿下が…………。

 いえ、オズワルド殿下はシオミセイラと婚約をしている状態で、聖女はもう1人、私がいる。

 本来あるべき条件には逆らうことになるけれど、例外としてエイデルヴェニア殿下と私の婚約が決まっている、という事なの?

 私の聖女としての力はシオミセイラより圧倒的に劣っているというのに?


 この国で結婚するなら一夫一妻しか許されていない。

 どんなに身分が高くても、伴侶は1人しかありえないのだ。

 ……だからといって、遺伝されるはずのない光の魔力を次の世代に引き継がせる可能性に賭けるためにエイデルヴェニア殿下の自由まで奪って私と結婚させるものなのかしら?


「ほら、いきなりこんな話をするからマリーヴィアも混乱しているじゃないか。マリーヴィア、今はモリスの町に行こうか」

「そう、ですね」


 今はとにかくモリスの町に行って聖結界を維持するための魔力を込めにいかねばならない。

 ヘイヴルがエイデルヴェニア殿下であるという事はモリスの町に行ってから整理をつけましょう。


「……ヘイヴルさんが王子?? あたしの婚約者が増えるなんてことはないですよね!」

「それはないよ」

「なら良かった〜! 安心安心!」


 シオミセイラはこの世界の事を大して知る事ができていないからか、婚約者が増えるのではないかと心配していたようだけれどこの世界でそうなる事はありえない。


「あの、ヘイヴルさん、ではなくエイデルヴェニア殿下、殿下の事はどうお呼びしたらよろしいでしょうか?」

「今まで通りヘイヴルで良いよ。表向きにはエイデルヴェニアは王城に籠もっているからね。王子が2人も巡礼の旅についてきていることがわかっちゃったら大騒ぎになっちゃうからさ」

「えっ、もしかして妹さんとか弟さんとかいない感じなの!?」

「そうです。父上の子は兄上と僕だけですからね」

「それ、大丈夫なの?」

「まあ、国民の感情としては良くはないですね。まっ、なんとかなりますって。それじゃあ行きましょうか」


 なんとかなるものなのかしら?

 ……これは急いでシオミセイラに治療魔術を習得させる必要があるわね。

 オズワルド殿下とエイデルヴェニア殿下はなんとしてでも無事に王城に帰す必要がある。


 重要事項を考えながら私達は気まずい雰囲気を漂わせながら地下通路を進んでいく。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「おっ、クソデカスライム! これ倒して良いよね!」

「そうだね。進路を塞いでいるから」

「聖女ビーム!! ……成敗!」


 シオミセイラは相変わらず聖女ビームで道を塞ぐスライムを蹴散らしている。


「お金を貯めてマリーヴィア先輩に色々するんだ! お金は……、ここのスライム、お金貯まらなくない!? 1円玉くらいのお金が数枚なんだけど!?」

「スライムはどういうわけかお金をあまり落とさないんですよ。ただ無害なので邪魔じゃなければ放っておいても大丈夫です」

「でも邪魔じゃ〜ん、うっう……、早くお金を貯めてマリーヴィア先輩と色んな事するんだ……」


 ……色んな事、というのはどういうことかしら?

 なんだか恐ろしさを感じてくるのだけれど……。


「聖女様、服を贈るのは止めてくださいね?」

「なんとしてでも贈るんだからっ! せめて寝間着くらいは贈ってパジャマパーティーするもんね〜! あなた達は入れませ〜ん!」

「寝間着を贈る方が良くないのですが……」

「知らな〜い! マリーヴィア先輩とイチャイチャしたい、その願いは何があっても叶えるって決めたんだから!」


 そんなものを願わなくて良いから……。


「……聖女様、モリスの町に行きましょう」

「そのモリスの町ってあとどれくらいなんですかヘイヴルさ〜ん?」

「後少しですよ。……後マリーヴィアに寝間着を贈るのは僕ですので」

「エイデルヴェニア!」

「兄上も、僕の事はヘイヴルとお呼びくださいね~。僕がエイデルヴェニアである事が広まっちゃったらどうなるか、わかっていますよね?」

「……さすがの俺もそこまで愚かじゃないからな。わかってはいるが……」


 オズワルド殿下の声には怒りが滲んでいる。

 一体どれだけヘイヴルに恨みがあるのかしら?

 ……それにしても、こんなことになるなんて思わなかったわね。

 他の聖女の騎士はどう思っているのかしら……?


 モリスの町に向かう列の最後尾に並んで私達は地下通路を歩く事を再開した。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









 しばらく歩いたところで先頭のヘイヴルが止まった。

 ここがモリスの町に出るマンホールに繋がっている梯子の場所かしら?

 ……地下通路って構造が複雑だからどこの梯子を使えば目的地に出られるか分からないのよね。

 看板はこの世界の文字で書かれているし……。


 ちなみに私はこの世界の文字を習えていない。

 聖女だから日本語を覚えるべき、という思想のせいで学ぶ事ができなかった。

 まあ、この世界の文字が読める聖女の騎士が読めるのだから今まで困ってはいなかったけれど、これからの事を考えると覚えていった方が良さそうよね。


「さて、モリスの町に行けるね。聖女様、準備は良いですか?」

「準備? なんの?」

「聖女の務めを果たす準備です。お忘れですか?」

「そこはマリーヴィア先輩にご指導ご鞭撻をいただきまして……」

「最初はそうなりますが、自立できる準備は整えてくださいね。それでは、行きましょうか」


 ヘイヴルが梯子を登り始めた。

 マンホールの蓋が開いたのを確認してから聖女の騎士、オズワルド殿下、シオミセイラ、私の順に登る。

 スカートを履いているから私達は最後尾になるのよね。


 これで、モリスの町に着いたからしばらくは聖女のお勤めを果たすことになりそうだ。

 シオミセイラに引き継ぐのは絶対ね。

 ……そうでなくても引き継がざるを得ない事になるのだけれどね。

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