第26話 麺屋聖の歴史のお味
──来たわね。
「お、おまたせしました! 特製、3人前です!」
「来たぞ! 具材全部乗せだ!」
「これこそが麺屋聖ですよ! 缶詰の寂しさといったら!」
「店主の方、ありがとうございます。それでは、いただきます!」
我先にと麺を啜る。
やっぱりこれなのだ。
パリパリの海苔が立っていて、半熟煮卵が乗っていて、メンマがたくさん、激厚チャーシューがドカンと乗っていて、濃い魚介醤油のラーメン。
缶詰とは全然違う!
──毎日食べたい!
……危ない、思考が食欲に乗っ取られるところだった。
麺屋聖にはそうと思わせるような魅力があるのは事実だけれど、召喚されていないとは言え聖女であるこの自分が毎日行ったら大変な事になってしまう。
大繁盛も良いところで毎日食べることすら難しくなる。
店主の人を働かせ過ぎて過労死させてしまうわけにもいかないので程々がちょうどいいのだ。
でも激厚チャーシューはすっごい柔らかくて脂もトロトロでしっかりラーメンスープの味より濃い味が染みていてとても美味しいのよね。
メンマもタケノコが採れるわけではないのにどうやって再現したのかわからないけれど、コリコリしている食感がまたたまらない。
しかし、ラーメンというものは儚いもので食べてしまえば減ってしまうものだ。
必死に食べていくうちにスープが後少しになってしまった。
もう、飲み干してしまえ。
聖女としての尊厳なんて私には不要。
なぜなら真の聖女たるシオミセイラがいるから。
額に汗を滴らせながら私はラーメンスープを飲み干した。
……さて、お金を払わなくては。
へそくりを多少使いましょう。
──ヘイヴルは……、いないわね。
私はこっそり隠し持っていた魔物貨幣用の財布を出し、一番最大額の硬貨を握った。
「あっ、マリーヴィア様! 私も払います!」
「そうだぞ。俺も払うからな!」
「いえ、これは謝礼です。開店前に私達を入れていただいた礼のものです。」
「申し訳ないですよ聖女様! 受け取れません!」
「でしたら色紙かなにかに私が来店した印を記入しましょうか?」
「そ、それもありがたくはあるんですけど……」
……何か悩みでもあるのかしら?
早めに退店してお店の準備に専念させた方が良いと思うのだけれど。
「何か悩みでもおありですか? 私でよろしければ相談に乗りますが……」
「……聖女マリーヴィア様は巡礼の旅の最中、様々な麺屋聖、ひじりうどん、パスタ・ヒジリに行かれたと聞きます。そこで相談なのですが、私のラーメン屋、いえ、全ての麺屋でなにか足りないと感じているものはありませんか?」
「そう、ですね……」
これはまた難問だ。
全ての麺屋で足りないものとなると……。
「米、でしょうか」
「米、ですか? 詳しく聞かせてください!」
麺屋聖の店主は目を丸くしている。
……ここは食欲丸出しでいこう。
前世のラーメン屋のメニューにあったやつで言うなら……。
「私、時たまに思うのです。麺屋聖のチャーシューがごはんの上に乗った物が日々の食事に出たらとても良いのではないかと。……麺屋聖のチャーシューはとても味が濃く、味の薄い白米とよく合う気がするのです」
そう、チャーシュー丼だ。
さらに改造するならそれに温泉卵だったり生卵が乗っていたりしても良い。
それに刻み海苔をパラパラと乗せたら彩り抜群、なのだけれどここまで言ってしまったら世界が壊れる。
あくまで進化前であるチャーシュー丼を伝えよう。
「マリーヴィア様、それは罪深いですよ!? そんな物があったら、私、私……!」
「それは俺も食いてえな……」
「なるほど、チャーシューをごはんにですか……。これで妻に話せます。……妻が他の店と差がつく物を作れと言われて悩んでいたのです。聖女マリーヴィア様、大変誠にありがとうございました」
「貴方の助けになったのでしたら良かったです。では、お代は置いていきますね」
お金だけはなんとしてでも受け取ってもらわないと困る。
私はお代を置いて出口の方に向かう。
「そんな、受け取れないですよ! 聖女マリーヴィア様!」
「それは、厨房に米を炊く設備を設置するのにお使いください。それでは」
店主に一方的な別れを告げ、私達は足早に店内から出て行った。
「それにしてもマリーヴィア様は豪快だな! 100万モンも出すとはな!」
「100万モン……、私が持っている中で一番大きな硬貨を出しましたがそれでしたか」
モンと呼ばれる金銭の単位は魔物硬貨の物だ。
恐らく魔物、モンスターから名前を取っていると思われるけれど、そっか、あの適当に出した硬貨が100万モン硬貨か……。
やりすぎたのかもしれないけど、まあ、設備投資に使ってほしいわね。
──やっちゃったわね……。
「結構な物が買えますよね……。ただ、問題ないと思いますよ! お店の改装にも色々使えますし、大丈夫ですよ!」
「……そうね。そういえばヘイヴル達は置いてきてしまったかしら?」
「やあ、マリーヴィア。やっぱりキミ達は麺屋聖に行ってきたようだね。……で、おいしかったかい?」
…………。
ヘイヴルから目を逸らす。
これは怒っているやつだ。
「そりゃあうまかったぞ! 特製ラーメンが具沢山でな! 羨ましいならヘイヴルもこっちに来ればよかったのによ!」
「ところで聖女様は……」
「屋台のパン屋に夢中だよ。あっちはオズワルド殿下とヨルペルサスとエドガーに任せてきた。……で、マリーヴィア。お土産も買わずに食べたラーメンはおいしかったかな? 100万モンも出したんだって? そんなお金、どこから出てきたのかな?」
「ラーメンはもちろんおいしかったですよ。100万モンは将来の新作への設備投資に出しました」
どうやら逃げられないようね。
やってきたことを多少話したけれど、どうかしら?
「……麺屋聖の新作? それは一体なんだい?」
「ただ私が米に麺屋聖のチャーシューを乗せてみたらどうかと言った話をしただけです。ヘイヴル、麺と米、案外合うと思いませんか?」
「……それは合うね。麺屋聖にひじりうどん、パスタ・ヒジリには炊飯の設備がない。……そうなると、確かに設備投資が要りそうだね」
これでなんとかなりそうね。
麺屋聖はヘイヴルも好んで食べに行きたがる所だ。
「……仕方ない。それで許そう。新作ができるまでしばらくかかるけれど、それも我慢だね」
「それではヘイヴル、聖女様のところに行きましょうか」
「……そうだね。行こうか」
これで怒られることはなくなったわね。
……さて、聖女様はどれくらいパンを食べているのかしら?
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