第41話:境界の祝宴、二つの世界の調和

 偽りの戦争が終わり、世界は繊細なバランスの平和の上に立っていた。だが、憎悪と不信の根は深く、いつまた新たな戦火の種となるか知れない。アルクとセレスティーヌは、この好機を逃さず、彼らが掲げた理想を世界に示すための次なる一手を打つことを決意した。


 その手とは、前代未聞の「婚約披露パーティ」の開催。人間と魔族、双方の世界から主だった人物を招待し、この婚約がもたらす波及効果がいかに有効であるかを証明する、壮大な試みであった。


 場所は、二人が初めて世界に誓いを立てた、人間界と魔界の狭間にある古代神殿。かつて忘れ去られていたその場所は、両種族の協力によって修復され、緊張と希望が入り混じる、歴史的な祝宴の舞台へと生まれ変わった。


 祝宴当日、神殿には信じられない顔ぶれが集っていた。

 人間側からは、娘の覚悟を受け入れ、不安と期待を胸に臨む父、モンテクリスト侯爵アルフォンス。

 王家の威信を保つため、渋々ながら出席したユグドラル国王。

 そして、セレスの呼びかけに応じた、腐敗に与しなかった一部の貴族たち。


 魔界からは、息子の起こした革命をその目で見届けるべく、重い腰を上げた魔王ヴァラドール。

 自然派の中心人物から、アルクの古き学友たち。

 そして、アルクの忠実な仲間となったゼファル、ヴォルフガング、リリス、ガロンの姿もあった。


 会場は、互いを警戒し合う者たちの、張り詰めた空気で満ちていた。数週間前まで殺し合っていたかもしれない者同士が、同じ空間でグラスを傾ける。その光景は、あまりにも非現実的だった。


 その緊張を破ったのは、壇上に立ったアルクとセレスの凛とした姿だった。


「本日はお集まりいただき、感謝する」

 アルクはまず、魔族の言葉で、次いで流暢な人間の言葉で語り始めた。「我々がなぜ争わねばならなかったのか。それは、互いを理解しないまま、恐怖と憎悪を植え付けられてきたからだ。だが、我々の祖先は同じ。流れる血の源流は、元は一つだったと聞く。ならば、我々が再び手を取り合えぬ理由はないはずだ」


 続いて、セレスが力強く言葉を紡ぐ。

「支配者たちは、恐怖を道具として民を支配します。私たち人間は、『魔族』という共通の敵を恐れることで、自らの社会に巣食う真の悪から目を背けてきました。この婚約は、その欺瞞からの決別です。種族や血の違いではなく、その魂の高潔さで互いを認め合うことこそ、新しい時代の礎となると、私は信じます」


 そして二人は見つめ合い、改めて誓いの指輪をアルクからセレスへ左手の薬指を通じて絆として嵌められる。


「私たちは、打算や思想、見識や文化を超えて互いの中に信頼と、何よりもお互いを思いやる心と、共にありたいという愛を重ね合わせて互いをパートナーとして支え合う生き方をすることを心から誓い合いました」アルクとセレスのそれぞれの言葉で一つの想いがその時同時に語られる。


 二人のスピーチは、会場に静かな、しかし確かな衝撃を与えた。そして、その言葉がただの理想論ではないことを証明するように、祝宴のあちこちで、小さな奇跡が生まれ始めていた。


 聖女ルミネッタが、魔族であるガロンに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、無邪気な笑顔を振りまいている。そして、二人で共に学び合い身に着けたマナの操作を伴う魔法の奇跡…夜空に美しい花火が打ちあがる。

 その光景は、種族を超えた絆の、何よりの証だった。


 ユグドラル王国の商人が、魔界の珍しい鉱物について、魔族の屈強な武人と熱心に語り合っている。

 冒険者ギルドのマスター、マックスが、ゼファルと酒を酌み交わしながら、互いの情報網の価値について議論している。


 そして、上段では、国王と魔王が互いの国を持つことの難しさを議論し、すべてを規律のみで従えることの難しさ、寛容と妥協の違い、民衆の思想の機微の捉え方などを語り合っていた。


 憎しみ合う敵ではなく、未知の隣人として互いに向き合った時、そこには新たな発見と、共存の可能性が満ち溢れていた。この祝宴は、アルクとセレスが世界に示した、愛と信頼がもたらす波及効果の、確かな証明となったのである。


 祝宴が終わり、それぞれの世界へと帰っていく招待客たち。その顔には、来た時のような険しさはなく、戸惑いと、そして微かな希望の色が浮かんでいた。


 アルクとセレスは、二人きりになった神殿で、静かに寄り添う。

「始まったばかり、だな」

「ええ。始まったばかりよ、私たちの戦いは」


 この祝宴は、ゴールではない。二つの世界が真の調和を築くための、長く険しい道のりの、ほんの始まりに過ぎない。だが、二人の手は固く繋がれ、その瞳には、同じ未来がはっきりと映っていた。

 そして無言で向き合う二人の距離はやがてゼロになり、優しい接吻による互いの言葉を超えた想いの交錯を体感しながら確かめ合う。


 はっ…とわずかに途切れる吐息さえも愛おしい。

 アルクもセレスもそこから先に安易には踏み込まない。だが、それさえもが互いの信頼と想いの結実であると…それを確認する熱い儀式であった。

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