Have a nice day.(2025南雲皋爆誕三題噺)
潯 薫
全一
注.こちらは、 #2025南雲皋爆誕三題噺 参加作品で、『不意打ち』 『あめ』 『笑う』の三題噺です。
あかりんは、明日に迫ったホワイトデーのお返しを選ぶのに苦慮していた。バレンタインデーにチョコレートを貰ったのは、子どもの頃にかーちゃんから貰ったのをノーカンにすれば、初めてのことだった。
百均で買ったと思しき小さなギフトボックスに入ったチョコレートだった。一度溶かしたチョコレートが、シリアルやマシュマロと一緒に悪魔錬成されたようなそのチョコは、いかにも手作りといった感じの垢ぬけなさも含めて、サツキチのあかりんへの好意が詰まっている感じがした。明らかに「義理」ではないチョコレート。
――貰ったからには、うん。お返しをしなくては。
しかし、貰うのも初めてなら、お返しをするのも初めて。だいたい、何をお返しすれば良いのかも分からない。
――このまま悩んでいても埒があかない。
そう思って、近所の大型スーパーに行ってみることにした。これまで縁遠いと思っていた催事場コーナーに足を運んでみる。
「これは……アルコールが入ったチョコか。サツキチお酒平気だっけ?」
実年齢も設定上も、未成年ではないので平気だけれど、気に入って貰えるかはまた別。
「こっちのは……バウムクーヘン。うっわ。たっか」
明らかに予算オーバー。そんな風に、あーでもない、こーでもないと独り言をこぼしながら、ショーケースを見て回るのだった。
★ ★ ★
あかりんとサツキチは、ぱっと見は女の子だが、中身は男の子であり、いわゆる「
「で。頑張って選んだのがこれってわけ?」
「うん。どうかな?」
控えめに差し出されたプレゼントをじろりと一瞥すると、サツキチは言った。
「そもそも。僕、まだ怒ってるんだからね?」
「ごめん」
バレンタインデーのプレゼントを用意していたのはサツキチだけだった。プレゼントを期待されていると思ってもみなかったあかりんは、用意していなかったのだ。
しょんぼりと俯くあかりんを見て、くすっと笑うとサツキチはもぎ取るようにプレゼントを受け取った。
「ね。開けていい?」
「え? あ、うん」
サツキチは受け取ったプレゼントからリボンを外し、包み紙をびりびりと破る。
「ホワイトデーのお返しってさ、込められたメッセージがあるの知ってる?」
「そ、そうなの?」
「うん。送る品物によって、『あなたが好きです』とか、『友達のままでいたい』とか。中には『あなたのことが嫌いです』って意味のもあるよ。さぁて、あかりんからのプレゼントはなーにかな」
「ちょ、ちょっと待って! あのね! どんな意味があるとか、知らなかったし、もし変なプレゼントだったら困るから、先に言っとく。僕、サツキチのこと、す……」
「す?」
「す……」
「す?」
それ以上はどうしても言えないあかりん。頬も耳もリンゴのように真っ赤になっている。
その先がどうしても言えないあかりんを他所に、サツキチはプレゼントの開封を続ける。
「お、可愛い飴ちゃんだ」
小さな飴は苺や葡萄、桃や蜜柑など、それぞれの味を表す果実の形と色をしている。キラキラと輝く金平糖サイズの小さな飴が宝石箱に詰まった宝石のように輝いていた。
しかし。
「そっかぁ……飴ちゃんかぁ」
サツキチは、とても残念だと言わんばかり。その肩を落とした言い方に、あかりんが動揺する。
「す、好きだから!」
握り拳でそう言うあかりんの隙を付き、サツキチがあかりんの唇を奪う。
――え?
それは一瞬の接触だった。ほんの点のような接触。ただ接したというだけの、雰囲気も何もない、一瞬の出来事。
なのに。唇の端の触れ合った一点が痺れるように熱い。
突然の不意打ちに、事態が飲み込めずにいるあかりんを見つめるサツキチの目には、興奮と不安が入り混じる。
その躊躇いがちな接触が、互いの気持ちを確認する問いだった。サツキチがあかりんの目を覗き込む。あかりんがサツキチの目に答える。
もう一度。今度はためらいがちに差し出されるサツキチの唇を、あかりんがほんの僅かに迎えにいく。二度目は点ではなく、面だった。でも、まだ互いのぬくもりを交換するには短い一瞬。
三度目。互いの唇の柔らかさ、暖かさがしっかりと伝わってくる。鼻から吐息が漏れる度、上唇を、頬をそっと撫でていく。
ようやく思いが叶った。その安堵感から、サツキチがくすくすと笑う。
「うん、知ってるよ」
Have a nice day.
ちなみに、ホワイトデーのお返しにキャンディーを送る意味は、「あなたが好きです」を表しているらしい。
おしまい。
Have a nice day.(2025南雲皋爆誕三題噺) 潯 薫 @JinKunPapa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます