恋のお相手は閻魔大王
杏樹
第1話
目を覚ますと自分のいる場所に見覚えは無かった。
多くの人の叫び声が脳に響く。
一体ここはどこなのだろう。
声のする方に歩いて行くと誰かが椅子に座っていた。
目の前に立つ人は私に気が付くと、大きなため息を漏らした。
「幼き人間がなぜここに…一体何をしたんだ?」
大きな空間に声が響いた。
自分とは生きている世界が違う人だとすぐに気が付いた。
学校の制服を着ている私に対して、民族衣装のようなその人は一体何者だろうか。
「私は…死んだの?」
『私はなぜここにいるの?』と聞こうとした矢先、赤い血の上で寝転ぶ私の様子が頭に浮かんだ。
「…死んだことが分かって、なぜ恐れない」
呆然と立ち尽くす私に驚いたようだ。
「まぁいい。ここで自分の罪を述べよ」
「罪…?」
早くしろと言わんばかりの表情で見つめられた。
沈黙が続く中、痺れを切らしたその人は立ち上がった。
「早くしろ。時間が惜しい」
私に近づいてくるその人は私の罪を知りたいらしい。
「お前はなぜ死んだ。なぜ地獄に送られた。それを吐けと言っているんだ」
イライラしているその人は大きな声でそう言った。
しかし私には何も分からなかった。
「分からない」
正直に答えると頭を抱えて、二度目の大きなため息を漏らした。
「面倒だが致し方無い」
そう言って私の頭に手を置いた。
あまりに突然の事で困惑していると、頭から手を離して驚いた顔で私を見つめた。
「…どうなっているんだ。人間、記憶が無いのか?」
その問いに肯定するために頷いた。
「名は?」
「分からない」
「死因は?」
「分からない」
「罪は?」
「分からない」
その人の質問は何一つ答えられなかった。
「…だがなぜ死んだことは分かった?」
「大量の血の上で横たわってる自分が頭をよぎったから」
頭を抱えるその人の隣で、私はただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「閻魔さん?まだっすかー?」
ひょっこりと顔を出した男の人は工事現場のおじさんのようにタオルを頭に巻いていた。
「…分かっている。戻れ」
その人の返答に恐れたのか急ぎ足で姿を消した。
「記憶のない人間など初めてだ。これでは罪を暴けん」
閻魔、地獄、死、罪。
これらの言葉から今、自分が置かれている状況を理解した。
「閻魔大王」
その名を口にすると鋭いまなざしが私に集中した。
「私、死んで地獄に来たんだ」
生前、私は何の罪を犯してしまったのだろう。
強盗?殺人?テロリスト?
罪を犯してしまったという事実に複雑な気持ちになった。
「仕方がない。記憶が戻るまで俺と行動を共にしろ。一瞬でも離れたら殺すぞ」
「もう死んでる」
そう言うと舌打ちをして私を担いだ。
椅子に座った閻魔大王の上に乗せられた。
「記憶が無くても非道な行いをしたのは事実だ。人間の醜い姿を見るがいい」
低くて冷たい声が耳元で聞こえた。
少しすると足音と共に一人の男性が現れた。
「罪を述べよ」
その言葉は無駄に緊張感を与える。
「俺生きてんの?死んだと思ったけどラッキー」
その人は自分が生きていると思っているらしい。
自分の豪運に喜んでいた。
「さっさと罪を述べよ」
迫力に圧倒されたからか、戸惑いながらも話し始めた。
「…女子高生に痴漢をしてその動画を売ってました」
思わぬ告白に全身に鳥肌が立った。
「悪趣味だな」
呆れる閻魔大王はあくびをした。
「け、けど仕方なかったんだ!」
必死の叫びに閻魔大王は何も言わず、話始めるのを待っているようだった。
「毎日働いてるのに給料は少なくて。だから魔が差したんだ!」
まるで自分を正当化するかのように熱弁を始めた。
「女子高生だって短いスカートで撮って欲しいんだろ。金は家族のために使ってたし、良いじゃないか。女子高生だって顔は映ってないし特定されないだろ!」
あまりにも大きな声で、壁から声が跳ね返ってくるのが分かった。
「ここは地獄だ。罪の裁量は俺が決める」
その言葉を耳にした男はひどく動揺した。
「お、俺は悪くない!会社の給料が低いのと女子高生がパンツ丸出しなのが悪い!」
『人間の醜い姿を見るがいい』
その言葉の意味が何となく分かった気がした。
自分の罪を裁かれるとき、人間の本質が現れる。
そしてそれはきっと人間の醜い部分を前面に出しているものだと強く感じた。
「衆合地獄だ」
その罪がどれほどのものなのか分からないが、天国に行ける人間でないことは私の目にも明らかだった。
「何だよ!地獄って!おかしいだろ。家族のために身を粉にして働いた俺が地獄?ふざけんな!」
閻魔大王の発言に激怒した男はこちらに向かってきた。
「どうせ最後ならそこの女子高生とやらせろよ!」
近づいてくる男を少し哀れに感じた。
死んでもなお性欲が残るとは人間は可哀想な生き物なのかもしれない。
私もどうせ閻魔大王に裁かれる身だ。
汚れた体を差し出すことに抵抗はなかった。
迫る男を受け入れるかのように微動だにしない私を持って閻魔大王は立ち上がった。
「見苦しいぞ」
閻魔大王の部下のような人たちに捉えられて連れていかれたその男は最後まで自分が正しいと正当化していた。
静まり返った空間は何とも言い難い空気だった。
すると突然大きな音を立ててシャッターが下りてきた。
「帰るぞ」
私を地面に降ろして歩き始めた閻魔大王の後ろを早歩きでついて行った。
その背中は人間のものにしては大きくて、ここは地獄だと主張しているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます