第三章 §6 「芽吹く連携」

午前九時、王都南門前。

レイが現れると、既に三人の冒険者が待機していた。

彼らはB級上がりたての新米チームで、複数回の依頼を共にこなしている様子だった。

緊張と集中が混じる中、それぞれが出発準備を整えている。

重厚な鎧をまとい、頼もしげな風貌の男が声をかける。

「お前が今日から加わる新人か?」

ガロ・ストーンヘルム。重装盾戦士でチームの盾役だ。

薬草には興味ないが、メンバーの熱意に押されて参加している。

レイは軽く会釈し、無駄のない口調で答えた。

「レイ・フィネア。護衛とルート管理を担当する。以後、よろしく頼む」

細身で知性的な女性が続けて言った。

「エルナ・ヴァイス。魔術師兼回復係よ。

野外魔法には慣れている。薬草の加工も興味あるわ」

鋭い目つきの男性が情報を補足する。

「ヴィク・ノーラン。レンジャー。探索と罠解除が専門だ。

薬草の見分けもある程度できる」

レイは状況を簡潔に説明した。

「今回俺が受けた依頼は君たち新米チームの護衛とルート管理。

採取対象は《ヒスイ草》。

生命力を活性化する希少種で、依頼者の母親が病に倒れている。

本人は戦闘経験なく、薬草の知識は豊富だが、一人で危険地帯に入れない状況だ」

ガロが腕組みしながら頷いた。

「なら俺たちの出番だな。安全に連れて行く」

エルナも真剣な表情で言う。

「しっかりサポートしないとね」

ヴィクは風景を見渡しながら口を開く。

「山岳や草原の魔物に注意しよう。見落としは命取りだ」

レイは気を引き締め、隊列を整えた。

「了解。無事に任務を終える」

帝国の広大な平原を抜け、チームは依頼地へと歩みを進めていった。

________________________________________

帝国領の南方――。

陽光が差し込む林縁の獣道を進むこと数時間、

警戒を緩めぬまま小さな渓谷を越えた頃だった。

「……気配、前方三十メートル。群れだ」ヴィクが小声で告げた。

レイも同時に魔力感知で捕捉していた。

《シザーファング》。

体長一メートル前後の牙獣型魔物。

鋭い牙と俊敏な脚力が特徴で、単体では脅威とならないが、

群れを成すことで初級冒険者を喰らう。

「五体、前方から接近中。風下を通っている。奇襲狙いだ」

ヴィクが即座に進路上の茂みを指差し、手早く罠を設置する。

「配置完了。先頭を足止めできれば、あとは順に撃破できる」

レイは頷くと、静かに指示を出した。

「ガロ、中央で盾を構えろ。エルナは、後方から支援。

ヴィクは右に展開して側面を取れ。俺は左から釘付けにする」

「了解!」 三人が即座に動く。

ガロは大盾を構えて正面に立ち、敵の進路を塞ぐ。

エルナは短く呪文を詠唱し、

魔法陣を発動――《光弾〈ライト・スフィア〉》が準備される。

ヴィクは草陰に身を潜め、弓に毒矢をつがえた。

そして、レイは静かに左手を掲げた。

「――《展開結界・拘束領域〈バインディング・フィールド〉》」

詠唱はわずか一節。

通常なら数節を要する中位術式を、単語単位に凝縮して即座に展開する。

その無駄のない詠唱に、三人の冒険者の目が一瞬見開かれた。

風が渦巻き、レイの足元を中心に青白い光線が広がっていく。

地表から浮かぶように幾何学的な魔法紋が展開され、

半径三メートルの球状結界がその場を包み込む。

結界内に侵入した魔物の脚が、瞬間的に重力と魔力干渉による拘束力に囚われた。

筋肉がきしむ音と共に、その場から一歩も動けなくなる。

この術は、単なる空間停止ではない。

局所的に重力密度を引き上げ、

対象の自由を奪う防御系の複合魔法――《バインディング・フィールド》。

先頭の《シザーファング》が、結界の境界を越えた瞬間――

前脚を強制的に引き留められ、転倒した。

重心を崩したその隙を突いて、ヴィクの仕掛けた跳躍罠が発動。

後続の一体が横合いから吹き飛ばされる。

「今だ!」ガロが雄叫びを上げ、大盾を構えて突進。

重量の乗った一撃が、魔物の胴体を真横から叩き潰す。

残る一体にエルナが詠唱を走らせた。

「《光弾〈ライト・スフィア〉》!」

白光を帯びた球体が発射され、直撃。

魔物の体表が焼け焦げ、悶えながら倒れた。

最後の一体が逃げの姿勢に入る。

だが、レイは動じず、左手を掲げる。

「《雷縛〈サンダー・バインド〉》」

紫電が閃き、空気が震える。雷の鎖が走り、魔物の全身を絡め取った。

痙攣し、意識を失ったその魔物に―― ガロが容赦なく追撃を叩き込み、

戦闘を終わらせる。

──沈黙。戦闘開始からわずか二十秒。すべての魔物が無力化されていた。

レイは即座に周囲を見渡し、仲間の無事を確認。冷静に総括する。

「連携良好。ヴィクの罠設置が迅速。

エルナの魔法制御も正確。

ガロの盾運用にも死角はなかった」

評価は簡潔。だが的確で、事実に即していた。

ガロが笑い混じりに言う。

「おいおい、お前の魔法が一番ヤバかっただろ。あんな詠唱、省略にもほどがあるぞ?」

エルナも目を細める。

「制御系の魔法って、展開が特に面倒なはずよ。なのに……一節で?」

レイはわずかに首を振る。

「一部の術式は事前構築済みだ。

即時展開が可能なのは限定的だが……初動を制するためには必要な処置だ」

ヴィクが苦笑しながら肩をすくめた。

「いや、あんた……“新米チームの護衛”ってレベルじゃないな。

何者だよ」

レイは言葉を濁し、指示を返す。

「俺の役割は任務の補助。依頼者を無事に導くのが最優先事項だ」

その言葉に、三人は真顔で頷いた。

小規模な戦闘ながら、確かに信頼の芽は芽吹いていた。

チームは再び歩みを進める。

薬草ヒスイ草が自生するとされる、帝国南端――“緑霧渓谷”を目指して。

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