第三章 §4 「魔法の再設計」

――デリックとの訓練を始めてから三日が経った。

 教官の詰所を兼ねた訓練場の離れで、

レイはすでに第四位階魔法の基礎訓練を終えていた。

正確には、訓練というよりも“理解の確認”に近い。

あらゆる属性、あらゆる構文の組み合わせを、

一度なぞるだけで即座に把握し、最適化する──

それは、常識では到底あり得ない吸収速度だった。

デリックは腕を組んだままレイを見つめ、静かに言葉を発した。

「……それじゃあ次は、第五位階の複合魔法だな」

デリックは、軽く首を傾げた。

この三日間で、彼のレイに対する目線は、明らかに変化していた。

指導対象というよりも、観測対象。それとも、理論を共有する実験者同士か。

そんな曖昧な距離感が、奇妙に心地よい緊張を孕んでいた。

「複合の中でも、これは少し癖があるぞ。俺の得意な系統を組み合わせてある」

言いながら、デリックは魔法式を構築する。

火と風、相反する性質を幾重にも重ね合わせる複雑な術式だ。

しかも、それをわずか数秒で練り上げて発動した。

デリックもファストキャストを使って魔法を発動させた。

高度な術技。それを当然のように扱う姿に、レイは内心で小さく感嘆した。

だが同時に、自身の中に別の構造が浮かび上がっていくのを感じていた。

「…やってみます」

抑揚なくそう告げたレイは、わずかに眉を寄せ、魔力の流れを再構築する。

デリックの構文を基に、不要な接続と転送ノードを削り、

重ねた属性に内的連携を持たせる構造へと再設計する。

 ――精度最適化。

エネルギー損失率の圧縮。

発動猶予、短縮完了。

その結果は、一目瞭然だった。

 魔力の奔流が直線的に解き放たれ、訓練場の目標石柱を一瞬で穿つ。

その威力、速度、精度──どれを取っても、先に見せたデリックの魔法を凌駕していた。「……おいおい、マジかよ」

ぽつりと、呆れとも賞賛ともつかない声が漏れる。

 レイは静かに、しかしどこか満足げに目を細めた。

次の瞬間、デリックが肩を竦(すく)めながら言葉を継いだ。

「構文再設計までやられると、教える側の立場が危ういな。

……ま、それでも一応、“俺から”教えられることがまだある」

そう言ってデリックは腰の冊子を一枚開き、軽く掲げる。

「省略詠唱。聞いたことはあるだろ?」

レイは無言で頷く。

「ある程度の詠唱を飛ばして魔法を発動する技術だ。

構文を圧縮して、口に出す文節を最小限に抑える。

速攻性が命の実戦じゃ、こいつを使いこなせるかどうかで生死が分かれる場面もある。」

デリックの声色がわずかに引き締まる。

「本来は、第七位階──上級魔法を自在に扱えるレベルで初めて実用域に入る技術だ。

魔力制御、詠唱理解、構文処理……全部が噛み合って、ようやく形になる」

そして、ため息混じりに呟く。

「……だが、お前なら今からでも試してみる価値はある。いや、試させるべきだろうな。

そうじゃなきゃ、きっと退屈する」

静かに目を伏せていたレイは、その言葉に微かに口角を上げた。

「ありがとうございます。やってみます」

デリックの指導を受け、レイはじっと魔力を感じながら、

ファイアボルトの構文を頭の中で組み立てる。

これまで何度も唱えてきた最初に覚えた魔法だが、

今度はそれをどう圧縮し、詠唱の速度を上げるかが問題だ。

(炎よ、我が意に従い、形を成せ。

小さき咆哮となり、敵を焼き払え《火弾──〈ファイアボルト〉》。)

その言葉を、レイは心の中で反芻(はんすう)する。だが、声に出さずに、魔力の流れだけを感じる。その魔法の詠唱が、必要最低限の言葉だけで成り立つように圧縮される。

「……火弾(ファイアボルト)。」 彼の口元がかすかに動き、つぶやくような声が発せられる。

目を閉じ、集中する。魔力が渦を巻き、収束していく。

その瞬間、掌から小さな炎の塊が飛び出し、的に向かって一直線に飛んでいく。

目標をしっかり捉えたその炎は、的を貫通して大きな音を立てて爆発する。

「成功だ。」 レイは短くつぶやき、再びその成果に自信を持つ。

その結果に、少しだけ誇らしげに肩の力を抜く。

「どうですか、デリック」。

デリックは静かに頷き、軽く手を叩く。

「良い出来だ。だが、次はもっと速く、もっと強く、だ。」

デリックの目には冷徹な評価が込められている。

レイはその言葉に頷き、再度魔法を準備する。

今度はファイアボルトだけでなく、

もっと強力な魔法を省略詠唱で使えるようになるべく、集中力を高めていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る