第二章 §1 「まだ見ぬ知識の先に」
レイは、オルドレイア帝国の近郊に転移し、そこに立っていた。
その目の前には、帝国有数の都市――リヴェリオが広がっている。
そして気がつくと、レイはすでにその都市の中にいた。
「おや、新顔か。ここは冒険者たちの集まる場所だが、何か用か?」
振り向くと、腰に剣を携えた中年の男が立っていた。
その身なりからして、歴戦の冒険者だろう。
目の奥には、どこか遊び心が宿っている。
男の腕や額に残る古傷は、戦いの記憶を物語っていた。
レイは冷静に応じる。
「この国の事や街について、少し教えてくれますか?」
男は驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。
「ふむ、来たばかりなんだな? ならまずは基本から話そう。
ここはオルドレイア帝国の商業都市、『リヴェリオ』。
他国と比べても屈指の商業都市で、帝国の中心部からも近い。
人の出入りが激しく、活気がある。
ただ、街の外れはもう少し静かだが……まあ、どこに行っても帝国の影はついて回る。」
レイはその言葉を受け止め、頭の中で情報を整理する。
いずれ、必ず役に立つはずだ。
「それで、お前さん……何を探してんだ?」
男が興味を示しながら尋ねる。
レイは一度だけ深く息を吸い、迷うことなく答えた。
「魔法のことを学びたい。」
その言葉に、男は小さく笑い、肩をすくめた。
「魔法ね。まあ、ここじゃ珍しくもないが……初心者なら、まずは帝国図書館だな。
あそこには魔法の基礎から高度な研究資料まで揃っている。
お前さんみたいな目をした奴が、よく出入りしているよ。」
レイは静かに頷き、その言葉を胸に刻む。
「図書館か……」
すると、男が少し身を乗り出し、真剣な表情で話し始めた。
「ああ、そうそう。俺の名前はダリウス・グレイヴ。
冒険者をやっているが、情報収集にはちょっとした自信がある。
魔法に興味があるなら、手を貸してやってもいいぜ。
俺も技術や知識の集積には目がないんだ。」
レイは一瞬だけ考え、それから静かに答えた。
「ならば、しばらく頼むことにしよう。」
ダリウスは満足げに頷き、続けた。
「その調子だ。まずは図書館に向かう前に、この街の空気に少し慣れておいた方がいい。
リヴェリオには、帝国でもまだ知られていない“秘密”が眠っているからな。」
その言葉がレイの中で引っかかった。
「秘密」。
それが冗談に過ぎないのか、それとももっと深い意味があるのか、レイには一瞬のうちに察しがついた。
「秘密?」 レイは一言だけ問い返す。
ダリウスは少しだけ意味深に笑いながら頷いた。
「ああ、まあな。もし気になるなら “蛇の牙亭”に行ってみるといい。
あそこは冒険者や流れ者が集まる酒場だ。
聞き耳を立てるだけでも、得られる情報は多い。」
レイは軽く頷き、ダリウスが指し示した方向へ視線を向けた。
「ここからまっすぐ歩いて三つ目の角を左に曲がったところに、
煉瓦造りの建物がある。看板に蛇の絵が描いてあるから、すぐにわかるさ。」
レイは再び静かに頷き、歩き出した。
「…ところで、当面の生活費は足りているのか?」
ダリウスの問いに、レイは足を止め、肩を竦めた。
ほんの少しの間が空き、レイは答えた。
「いや、全く。──一文無しだ。」
「やっぱりな……。仕方ねぇ、これは貸しだ。返すのは稼いでからでいい。」
そう言って、ダリウスは革袋から銀貨三枚を取り出し、無造作にレイの掌へ押し込んだ。
金属のひやりとした感触が、異世界の現実味を帯びて伝わってくる。
「セリム銀貨。オルドレイア帝国が発行している正規通貨だ。
銀貨一枚で百コル、銅貨百枚分ってとこだな。
宿なら一泊一~二枚、粗末な食事なら三~五コルで済む。」
「なるほど、感謝する。なるべくすぐに返す。」
レイは深く礼を言いながら、外套の内側から小型ケースを取り出した。
中には軍用マルチツール《TACT‐ギア》用の予備ユニット。
携行できるだけの複数個を持ち込んでいたが、そのうちの一つを売却に回す判断を下した。
「これを換金しておきたい。“拾い物”ってことにして。」
そう言うとダリウスが指さしながら言った。
「なるほど、だったらあの道具屋だな。」
二人は裏通りの古道具屋へ向かう。
“旧時の夢”という看板が軋む扉をくぐると、
年季の入った眼鏡をかけた老人が出迎えた。
「ふむ……これはまた、精妙な造りだな。
関節工具……いや、骨格外装? 複数の工具が内蔵されているのか……
いったいどこにこんな物があったのだ?」
レイと店主の間に少しの沈黙が流れた。
「買取できるのか?」
「買うとも。
この様なものは初めて見るわ。
素材は未知合金、可動部の設計も異常な精度だ。……銀貨三十枚でどうだ?」
レイは少しだけ目を細めたが、即答した。
「それでいい。」
受け取った銀貨は厚みのある革袋に詰められた。
最初にダリウスから借りた三枚と合わせて三十三セリム──三千三百コル相当。
これだけあれば、数日分の宿と食事、そして初期行動資金としては充分だった。
「銀貨三十枚とはなかなかの価値があるものだな……。
よし!これで『蛇の牙亭』でも飲めるってもんだな。」
「飲みに行くわけじゃない。
あそこは冒険者達が来るのだろう?
だったら情報収集が目的だ。有用な話が拾えるかもしれないからな。」
「…飲み代のことしか考えてないのか?お前は。」
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