第一章 §2 「機械仕掛けの朝」

 ──目覚めはいつも、機械仕掛けの朝と共に訪れる。

 中層、市民圏。

 午前7時を少し過ぎた頃、都市はまだ眠気を引きずっていた。

 壁面に組み込まれた光投影が疑似太陽を模し、室内に柔らかな光を落とす。

 天井を這う配線が脈動し、

 それに呼応するように住環境用のAIが静かに起動する。

「おはようございます、レイ・フィネア氏。

 今日の市民スケジュールを確認しますか?」

 機械音声は過不足のない明瞭さで、主人の生活を律していた。

 レイ・フィネアはベッドから体を起こし、壁際の“窓”へと歩を進める。

 窓といっても、実体は高解像度の外部視覚フィードにすぎない。

 外気は完全に遮断され、この層では天候ですら、情報として設計される。

 映像の先に広がるのは、光線都市にも似た中層の景観だった。

 無音で立体交差を駆け抜けるシャトル。

 壁面を這う植物と、それに埋め込まれた小型パネル。

 人工と自然の均衡が、整然と制御されている。

「電力使用量、昨夜から上昇傾向です。

 上層部による特殊演算稼働が検出されました」

「……またか」

 カップに注がれる合成コーヒーの香りは、どこか作られた安心感のようだった。

 それは、かつて戦場で染みついた火薬と鉄の匂いとはあまりに異質で、

 それでも時折、あの匂いこそが“本物の朝”だったと錯覚することがある。

 レイは机に腰を下ろし、依頼されていた戦術ログの解析に取りかかる。

 民間技術者としての仕事は、精緻で冷ややかだった。

 目の前に映る戦術図は、リアルタイムで更新される軍事演習の記録──

 その記録が模擬戦か実戦か、彼はあえて追求しない。

 ──それが平和というものなら、それでいい。

 だが、その穏やかなルーチンは、一本の通知によって破られた。

 画面の隅に、暗号通信が浮かび上がる。

 軍用コードによる認証付きの通達。

“G1―RR427:認証確認。

 貴官に対し、上層防衛局より緊急コンサルティング要請 ”

 指が止まり、思考が止まる。

 身体の芯に、未だ消えぬ何かが静かに、確かに呼応していた。

「……了解」

 わずかに顔を上げると、レイは無言のまま立ち上がった。

 壁面が自動的にスライドし、簡易装甲のケースから軍時代の端末が露わになる。

 指先がその金属に触れた瞬間、肌の奥で眠っていた記憶が目を覚ます。

 硝煙、命令、喪失──かつての戦場が、輪郭を取り戻す。

 ──再び、“軍属”として呼ばれた瞬間だった。

 レイは視線を都市の外へ向ける。

 中層の喧騒のその上──光に包まれた上層構造体。

 命令を下し、仲間を見送った場所。

 そしてさらにその下には、声すら持たぬまま忘れ去られた下層都市が、

 静かに息を潜めていた。

 足音一つで、自動ドアが静かに開く。

「……また始まるのか」

 誰にも届かない独白と共に、レイ・フィネアは歩き出した。

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