双魂の契り、風は桂に宿る
mynameis愛
第一章「風の噂と召集状」(前半)
明治二十四年六月三日、京洛。
朝靄に包まれた蒼家本邸の南庭には、初夏の風が柔らかく吹いていた。小さな池の水面がさざめき、藻がひらりと舞った。
「……やっぱり、今日も暑くなるなあ」
蒼翔は、手にした団扇をだらりと振りながら、縁側に寝転がっていた。額に結んだ紺の鉢巻から、風に乗って石榴の花の香がこぼれる。
「兄上、こんな時にのんきに昼寝ですか!」
背後から声を張ったのは、弟分の涼平だった。まだ見習いの印を残す白装束に汗がにじんでいる。涼平は、懐から一枚の和紙を取り出し、ぐいっと差し出した。
「何だ、手紙か? 縁談の断りでも来た?」
「ち、違います! これは、宮廷陰陽部からの“召集状”です!」
その瞬間、蒼翔の目がわずかに細まる。団扇の動きが止まり、寝転がっていた体がするりと起き上がった。
「――結界が、また軋んだか」
「はい……『北東・山ノ手結界、動揺大』との記載があります。しかも、陰陽部の御印つきです。父上も兄上も、すでに御所へ向かっています」
涼平がそう告げると、蒼翔は手早く着流しの裾を整え、腰の札入れを結び直した。襟元には、風式神の札を一枚――“蒼鶴”の名が記されたものが差し込まれている。
「行くぞ、涼平。風を読まねばならない」
「はいっ!」
二人は庭を駆け抜け、蒼家の青瓦を背にして、京洛の中心――宮廷陰陽部へと向かった。
陰陽部本庁舎は、白漆喰の塀に囲まれた壮麗な平屋である。瓦屋根の端には結界を守る金属札が取り付けられ、玄関前には式神封じの石柱が並ぶ。
蒼翔が門をくぐると、既に数名の陰陽師が詰めていた。蒼家の長兄・蒼雅と次兄・蒼誠もいたが、硬い表情で口を閉ざしている。
「遅いぞ、蒼翔」
蒼雅が低い声で言った。彼は蒼家の次代当主で、常に責務と誇りを背負う男だ。
「風を読んでたんだよ、兄貴」
「読んでる暇があったら早く来い」
そのやり取りを無視するように、白衣を纏った一人の男が広間へと歩み出てきた。宮廷陰陽部の総督・東雲礼典である。白髪を丁寧に撫でつけた彼の目は、年齢を感じさせぬ鋭さを宿していた。
「全員、揃ったな」
礼典が扇子を一つ打つと、従者が結界図を広げた。そこには、京洛を中心とした七つの結界が描かれていたが――北東に位置する山ノ手結界の円が、淡く揺らいでいる。
「このままでは、北東が抜ける。もしそうなれば、封じられていた“八つ首”の欠片が目覚める可能性がある」
「まさか、“魔障”が……?」
誰かが呟いた声に、広間の空気が凍った。千年前、怨霊として都を襲い封印された“八つ首”。その力は今も、怨念珠という形で結界の支柱に隠されている。
「補陣の儀を発令する。蒼家と桂家、両家の嫡子を呼べ」
礼典の言葉に、蒼翔は片眉を上げた。
「桂家と? あの、五十年も前に絶縁した……?」
「そうだ。その桂家の長女・柚葉に、そなたと“契約結婚”を命ずる」
広間が、再び静まりかえった。
「一、年、限りの契約だ。結界を補うには、風と樹の式神が重なり合わねばならぬ。“双魂陣”を発動させるためにはな」
蒼翔は、黙っていた。
刹那を生きてきた男にとって、“契約”などあまりに重たい。
だが――
「……柚葉って子、器用なんだろ? じゃあ、俺みたいな適当男でも、合わせてくれるかもな」
「蒼翔! ふざけている場合では――」
蒼雅の叱責を受けながらも、蒼翔の表情は不思議と柔らかかった。
彼の風は、すでに新しい流れを読みはじめていた。
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