白雪姫が去った後

戸守 紬

第1話

王妃クラウディアは窓辺に立ち、鬱蒼とした森を眺めながら小さくため息をついた。

「あの子は元気にしているのかしら…… 」

 細く漏れた声は広い部屋に儚く消えた。

「クラウディア様が……そんなふうに仰るなんて。」

侍女は目を丸くする。

「自分の子供を心配しない親なんていないわ。血の繋がりはなくても、私はあの子の母親よ。心配するのは当然でしょう。」

クラウディアの声はどこか温かみがあったが、その瞳には深い確信が宿っていた。

 「それは確かにそうですが……クラウディア様は、ここ数年シュネー様(俗に"白雪姫"とも呼ばれる)に対して冷たくあたっておられたので、てっきり嫌悪しているのかと•・・・・・」

「まぁ、そう見えたかもしれないわね。」

 侍女は言葉を探すように眉をひそめた。

「ですが、クラウディア様はシュネー様の母親であるフリーデル様の死を機に、魔術研究所を辞めざるを得なくなったこと、私は今でも覚えています。」

「それは元々覚悟していた事よ。むしろ私が魔術研究所で数年働くことが出来たのは、奇跡に近いくらい。」

 クラウディアは昔を懐かしむかのようにまぶたを細める。

「あなたは、言ってなかったわね。実は元々、私が陛下の婚約者だったのよ。とはいえ正式なものではなかったけれど。あと少しで正式に決まるところにフリーデルが陛下と結ばれて、私は婚約者の座をのがれたの。あの時は嬉しかったわ。国母というものは大事だし、名誉ある立場なのはわかっているけど、立場なんかより、私は魔術の研究がしたかったから。」

「では、何故シュネー様に対し冷たく当たるようになられたのですか? 」

 クラウディアは、ため息をついてから呆れたように言った。

「私が冷たくしたのは、憎かったからじゃないり出て行かせたかったのよ。あの子を、この国という鳥籠から。」

「どういうことですか……?」

「内密な話なのだけど、陛下は、大国バイロニア帝国に喧嘩を仕掛けるおつもりでいらっしゃるの。聖ボルン王国の泉を手に入れるために。けれど、我が国に勝ち目はほとんどないわ。そうなればあの子も私達王族も処刑されるでしょう。シュネーは私の親友に託された、我が子のように大切な子よ。あの子はこんな所で死なせるわけにはいかない。」

 そういったクラウディアの瞳には強い覚悟が宿っていた。

「クラウディア様だって、こんな所で死んでいい人間ではありません! 今すぐにでも逃げるべきです。幾つもの魔法を開発したあなたなら、きっと受け入れてくださる国はいくらでもあります。私と共に逃げましょう! 」

「犯したことの責任を取る人間は必要よ。私が逃げてしまえば、他の者の首が飛ぶ。逃げるのならば、あなた一人で逃げなさい。」

「……そうですか、分かりました。クラウディア様が逃げないのならば私も共にこの国に残ります。」

 侍女はクラウディアをじっと見つめて言った。

 クラウディアは視線を受け止めながら、ほんの少しだけ微笑んだ。

 「良いのかしら? 家族とか友達とかは大丈夫なの? 」

「はい。弟ならきっと、許してくれるはずです。……元々孤児だった私達姉弟を拾って助けてくれたのは他でもないクラウディア様、あなたなのですから。」

 

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白雪姫が去った後 戸守 紬 @tumugi_128

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