第二章『隠されたオーディション』(00)

 講堂の地下にそんな空間があるなんて、誰が想像しただろう。

 初登校の午後、亮太は案内された薄暗い階段を降りながら、壁面に仕込まれた無数の音響板に目を奪われていた。

「ここが、共鳴ホール。星唱学園の“音の心臓部”だよ」

 瑚都の案内で足を踏み入れた地下施設は、まるで音楽の神殿だった。

 円形の天井からは精密な集音マイクが吊るされ、床には円を描くように白いラインが走っている。音の跳ね返りを調整するための“生きている構造”——それがこの空間の第一印象だった。

「うわ……これは本気の設備だな。ライブハウスと研究施設の中間みたいな……」

「うちの学園では、ここで“適性審査”を行うの。CP制度って聞いたことある?」

「うん、ちらっと。ペアを組んで共鳴を起こす制度だろ。PushとFanの役割があって、それぞれ音を“生む”側と“支える”側に分かれてるって」

「さすが、ちゃんと予習してるね」

「いや……たまたま聞いた先輩の話だけどな」

 瑚都が笑う。彼女の表情はどこか余裕があり、これが自分の“ステージ”であると全身が語っているようだった。

 しばらくすると、審査員らしき数名の教師と研究者が入室し、会場が引き締まった空気に包まれた。

「これより、第一期共鳴ペア候補生の“適性オーディション”を開始する」

 マイクを通して低く響いた声に、ざっと十数人の生徒たちが反応した。

 そこには瑚都のほかにも、髪を綺麗に巻いた少女、ゴーグルを額にかけた少年、整った立ち姿で譜面を見つめる男子生徒などがいた。

 その中の一人、鮮やかな赤のショートカットを揺らす少女が、ふっと亮太の方に視線を投げた。

「……転入生くん、あなたも来たのね」

「君は?」

「Mayumi。二年生。Push候補で……まあ、実績もそれなりよ。覚えといて」

 語り口は穏やかなのに、どこか冷えた鋭さがあった。

「瑚都と仲良さそうだけど……誰とペアになるか、まだわからないわよ?」

「決まってないの?」

「ううん、まだ“仮登録”の段階。今日のテストで、正式ペアが決まるの」

 Mayumiはそう言って、小さく手を振って歩き去った。

「……あの人、ちょっと怖いな」

 亮太が呟くと、瑚都が苦笑した。

「うん、あの人、実力もあるし、プライドもある。あと、“成果は自分のもの”って強く思ってる人だから」

「なるほど。Pushって、自分が前に出る分、そういう競争意識も強いんだな」

「そうかも。でも、Fanがいなきゃ、Pushは歌っても届かないの。音の共鳴は、二人で作るものだよ」

 その言葉が、亮太の胸に引っかかった。

“届くかどうかは、誰かが支えてくれるかで決まる”

 オーディションが始まった。審査内容は、Push候補が音を発し、Fan候補がそれを反響・変調させて〈ノイズ〉の模擬体を鎮静する即興バトルだ。

 照明が落ち、ステージ中央に設置された特殊音響装置が起動する。

「第一ペア——Mayumi・Tomoki、ステージへ」

 Mayumiが一歩前に出ると、相方として選ばれたのは、朴訥そうな少年だった。彼は無言で手を挙げてステージに上がる。

 模擬〈ノイズ〉が空間に出現する。振動と歪みの波がホールを満たす中、Mayumiの歌声が放たれた。透明感のある高音が、空気を削るように響く。Tomokiの音源操作が、それに追随するように鳴り響き、模擬体は徐々に沈静していく。

「……レベル高いな、あれ」

「うん。でも……」

「でも?」

「Tomokiくん、音を自分で押さえすぎてる。Mayumiさんの声に合わせすぎてて、共鳴じゃなくて“追従”になってる」

 その観察は、まさに的を射ていた。

 観客席に戻ったMayumiが、瑚都に小さく声をかける。

「ねえ、あなた。まだペア、正式じゃないんでしょう? わたしと組まない?」

「え?」

「悪くない声だった。即戦力になりそう」

「……ごめんなさい。わたし、もう決めてるの。亮太と、ペアになりたいって」

 Mayumiの笑顔が、わずかに歪んだ。

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