眠る痕跡②

伸びきった雑草を音を立ててかき分けながら、東雲がゆっくりと先へ進んでいく。足元に視線を落とすと、ふと立ち止まった。


「……やはり、道が続いてますね」


確信めいた声に、るいとなぎ、そしてはるもつられて下を向く。草に隠れていたが、確かに苔むした石畳が、その奥へと静かに伸びていた。


東雲の足が再び動き出して、その背を追うように3人も自然と歩みを進めていく。


木々がわずかにざわめき、葉のすき間から差し込む光が地面にまだら模様を描いていた。周囲は少しずつ木々に囲まれ、日差しが遮られて、空気が少し冷たくなる。


やがて、視界の奥にぽつんと浮かび上がる。


「……あ、祠だ」


誰かが、小さく息を漏らすようにつぶやいた声が、木の間に響く。


そこには、木々の陰にひっそりとたたずむ、小さな祠があった。苔むした石段の上で傾きかけたように眠っている。


木組みは色褪せ、風雨にさらされた表面はひび割れ、ところどころに絡まった蔦が、すでに一体化したように古びた趣を漂わせる。


近づいてみると、扉は閉じられたままで、細い注連縄がかろうじて残っているのを見れば、長い間手入れも碌にされていないのが見てとれた。


東雲は迷いなくカメラを構え、いくつかのシャッター音を鳴らしはじめる。

その音を合図にするようになぎも一歩引いた位置から全体を見渡し、手にしたメモ帳にさらさらとペンを走らせている。


そんな中、立ち尽くしたように祠を凝視していたるいが、ぽつりと言葉を溢した。


「この祠にも……、言い伝えとかあるのかな」


問いかけるというよりも、自分の中に浮かんだ疑問を口にしたような声音だった。


「調べてみる価値はありそうですね」


はるは祠を見つめたまま、わずかに首をかしげていた。

この祠にも?言い伝えって?

疑問が、頭の中でゆっくりと反芻されているようだった。視線は少し泳ぎ、無意識にるいの方へと向かう。


なぎはその視線に気づき、走らせていた手を止めて小さく説明するように言った。


「少し前に、"願いが叶う祠"について調べてたから。それで、たぶんその流れで」


「願いが叶う……? それって、どういう……」


問いかける声が、わずかに熱を帯びる。

思わずこめかみに浮かんだ汗が冷えるのを感じながら、胸の奥で"もしかして"という淡い期待が芽を出すのを止められなかった。


もしそれが本当に叶うものなら、ループを、終わらせられるかもしれない。


「小学校の裏山にある祠で、子供たちの間で噂になってたんだけど……」


なぎは空を仰ぎ見るように、少し言葉を選びながら続けた。


「条件が条件で。深夜にひとりで行かなきゃいけないとか、誰にも見られずに辿り着くとか、途中で振り返っちゃいけないとか……そんな話」


「へぇ……」


はるは顎に指を当てるようにして考え込んだ。目の奥に、なにか思い当たるような気配が浮かんでいる。


いまだ祠を食い入るように見つめていたるいも、ふたりのやりとりにちらりと視線を向けながらまた小さくつぶやいた。


「……代償もね。小学生の間で流行るには、リスクが高すぎるよ」


小道の奥で光を受けている祠をひたすらに見つめたまま、その声にはどこか引っかかるような気配があった。


「代償……?」


その言葉に、眉をひそめていると、東雲が、シャッターを切る手を止めた。そしてこちらに振り返り、柔らかな声で問いかけてくる。


「気になりますか?」


不意を突かれた様子で少し戸惑いながらも、それでも目をそらさずに、こくりとうなずいた。


風が、ひとすじ吹き抜ける。

木々の間で枝葉が鳴り、祠の注連縄がわずかに揺れたように見えた。


遠くで、風にあおられて絵馬がかすかに揺れる音がした。錆びた鈴の音が、どこかで転がるように響いては消えていく。

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