眠る痕跡
「なぎ、こっちきて」
地図を手に、日差しのやわらぐ木陰に立ったまま、軽く手招きをする。その視線は真剣そのもので、なぎもそれを察して足早に隣へと歩み寄った。
「ちょっともってて、」
地図の端が風にあおられてふわりとめくれる。ふたりで地図をぴんと広げると、るいは境内の左端──細い印の上を指先でそっとなぞるようにして円を描く。
「ここ、すごく分かりにくいけど道が続いてる。……ほら、この先」
「……ほんとだ。前回来たときは気づかなかった」
指の動きに合わせて、顔を近づける。眉をひそめながらも、すぐに同意するように頷いた。
地図上ではかすれていたその細い線が、認識した途端に、不思議と輪郭を濃くしたかのように浮かび上がってくる。
「…行ってみる?」
「うん、行こう。部長呼んでくる」
そっと顔を上げ、なぎに問いかける。
その表情にはわずかな期待と、探るような不安がにじんでいた。
それに短く応えると、地図から手を離し、踵を返して境内の奥へと駆け出した。その背中を見送ったあと、手元の地図をたたみながら、何気なく境内を見回す。
その時、視線の先でふと目が合った。
絵馬掛けのそばでじっと板を眺めていた彼女の目がこちらを捉えた瞬間、るいは反射的に視線を逸らしそうになる。
(感じ悪いから、無視はダメ…)
胸の中で小さく自分に言い聞かせるようにつぶやき、喉の奥で息を整えた。
躊躇いを飲み込むように一歩を踏み出し、ぎこちない足取りではるに近づいていく。
「あの、……地図を見てたら、気になるところがあって、今、部長呼んでるので、はるさんも、一緒に行きませんか……?」
声は思うように出てくれず、語尾にかけてどんどん小さくなっていく。
まっすぐ顔を見られなくて、視線は何度も泳いだ。
その不器用な問いかけに、はるは一瞬だけ目を見開いた。
けれどすぐに、ふわりと緊張を解くような笑みを浮かべて、小さく頷いた。
「もちろんです!行きたいです!」
迷いのない明るい声。
るいは驚きと安堵がいっぺんに押し寄せるような気持ちで、そっと胸を撫で下ろした。
何かを言いかけたそのとき──
「なにか見つけましたか?」
日差しを避けるように手で額のあたりをかざしながら、東雲が戻ってくる。足音は軽やかで、そのままるいの持っている地図に視線を落とした。
「ここです」
今度はなぎが、先ほどの場所に指先をすべらせた。かすかな印をなぞるその動きは、るいと同じようにゆっくりと円を描いていく。
その指先を追うように、はるもそっと地図をのぞき込む。
紙の上に差し込む光が揺れて、影が静かに重なる。
「辿った先に、小さい印が」
「うん。よく見つけましたね。確かめてみましょう」
木漏れ日が地図の上にまだら模様を落としている中、地図を折りたたみながら小さくうなずいた。風がさらりと頬を撫でていく。
見落としていたその印に導かれるように、4人は境内の奥へと足を踏み出す。
何かが呼吸するように、またそっと風が吹き抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます