第5話 疑惑(1)

 三日後の朝、レンカとシルヴェストルは、まじない師の店へと足を運んだ。

 しかしそこには、予想外の光景が広がっていた。


「……どうしたんだろう」


 店の前には、狭い道をふさぐようにして、大勢の人が集まっていた。

 彼らは店の中をのぞきこもうとして、警吏らしき人間に阻止されている。

 レンカは近くにいた年配の女性を捕まえて、なにがあったのかたずねた。

 

「それがね……」


 女性は声を低めて、「あそこのまじない師、亡くなったんだってよ」と答えた。


「えっ!」


 レンカは衝撃で、棒をのんだように立ちつくした。


「亡くなったって……どうしてですか? どこかお加減が悪かったとか?」

「いいや。噂じゃ、吸血鬼に殺されたって話だよ。まったく、恐ろしいねえ。失踪事件も吸血鬼の仕業だって言われているし、これじゃあおちおち、外も出歩けやしない」


 絞りだすようにして礼を述べると、レンカは呆然と、間口の狭い店に目を向けた。

 ぶっきらぼうながらも、レンカたちの依頼を引き受けてくれたまじない師。その彼が、もはやこの世にいないなど、悪い夢でも見ているかのようだった。


(どうして吸血鬼に? 本物のまじない師だったから? 吸血鬼を脅かす存在として、始末された?)


 混乱していたレンカは、「おい」と腕を取られて我に返った。


「まじない師が死んだなら、ここにはもう用がない。さっさと次の手を考えるぞ」


 シルヴェストルは仏頂面でレンカの腕を引っぱり、人だかりから離れようとした。

 

(そっか。あのまじない師から調査結果を聞くことは、もう二度とできないんだ……)


 手がかりが失われたことよりも、知人が命を落としたことのほうが、レンカにはこたえた。

 シルヴェストルに腕を引かれるまま、彼女は沈んだ面持ちで足を動かした。


 そのとき、間近で「あっ」と声があがった。

 レンカが周囲を見まわすと、野次馬のなか、左手に見覚えのある男がたたずんでいた。

 男はかっと目を開いて、こちらを凝視している。


(……あ! この前、部屋を間違えた人だ)


 レンカが思い出すと同時に、男は叫んだ。


「こ……こいつ! こいつ、吸血鬼だぞ!」


 彼は勢いよくシルヴェストルを指さした。


「お、俺は見たんだ! そいつが、そこの娘の血を吸っているところを! あのときは確信が持てなかったが、まじない師が殺されたってことは、見間違いじゃなかったんだ! こいつが下手人だ!」


 ぶるぶると震える男の主張に従い、野次馬はシルヴェストルに注目した。


「……本当に吸血鬼なのか?」

「言われてみれば、確かに格好が怪しいような」


 人びとはひそひそと話しながら、ある者はおびえ、ある者は嫌悪の表情を浮かべ、ある者は半信半疑といった様子を見せた。


(どうしよう)


 あれからなんの騒ぎも起きなかったために、すっかり油断していた。

 あの男は、吸血の場面に居合わせていたというのに。


「その色眼鏡をはずさせれば、はっきりするだろう」

「それはそうだ」

「吸血鬼といったら、赤い目だもんな」


 いつしか、レンカとシルヴェストルは群衆に囲まれていた。

 じりじりと迫ってくる彼らに、シルヴェストルは大きなため息をつくと、フードを後ろに払い、色眼鏡をはずした。


「これで満足か」


 シルヴェストルの茜色の瞳を目の当たりにし、人びとはどよめいた。


「吸血鬼だ!」

「するとやっぱり、この小僧がまじない師を殺したのか?」

「失踪事件も、おまえが関わっているんじゃないのか? え? どうなんだ!」


 こちらを取り巻く空気が、一気に不穏なものになった。

 まるで飢えた狼の群れが、こちらをいっせいに標的と定めたかのようだった。レンカは総毛立ち、このままではまずいと口を開いた。


「関わりなんて、一切ありません。わたしたちがアルテナンツェに来たのは、四日前なんですから! それにまじない師を殺したなんて、ひどい言いがかりです。わたしたちはそこのまじない師に依頼して、今日報告を受けるところだったんですよ。殺すはずがないでしょう!」

「ふん。おおかた、まじない師が目障りだったんで、依頼を口実に近づいたんだろうよ」

「そんな回りくどい手、吸血鬼が使うとでも? 失礼ですが、もうちょっと頭を働かせたほうがいいんじゃないですか」


 かちんと来て思わず言いかえすと、発言した中年男は、みるみるうちに顔を赤くした。


「吸血鬼の仲間風情が、偉そうに! そいつをかばい立てするなら、人間だろうが同罪だ! おい、こいつらをふん縛っちまおうぜ」

「ふん縛るだと? それよりも、次の被害者が出る前に、さっさと殺したほうがいいんじゃないか」


 誰かの物騒な提案に、レンカは血の気が引いていくのを感じた。


(このままじゃ、本当に殺されてしまう!)


 余計なことを言うんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。

 凍りついたレンカは、シルヴェストルが彼女を隠すようにして、立ち位置を変えたのに気づいた。


「そんなに吸血鬼が憎くて仕方ないなら、好きにすればいい。だが、この娘は無関係だ。殺すなら僕だけにしろ」

「なに言ってるの!」


 とっさにシルヴェストルの腕をつかんだが、彼は微動だにしなかった。

 その横顔には、なんの感情も浮かんでいない。


(どういうつもり?)

 

 人よりも身体能力にすぐれているばかりか、変身能力と催眠術さえ操るシルヴェストルにとって、この状況はなんの脅威にもならないだろう。

 にもかかわらず、彼は血に飢えた連中をねじ伏せることも、この場から逃げだすこともしないのだと言う。

 

(指輪の力を使うべき?)


 レンカは左手を強く握りこんだ。

 シルヴェストルの嫌がることはしたくない。

 だが、この一触即発の空気を前にして、そんな悠長なことは言っていられなかった。


 覚悟を決め、命令を口にしようとしたそのとき、重々しく鋭い声が響きわたった。


「なにごとだ」


 まじない師の店から出てきた警吏が、人混みをかき分けてやって来たのだった。

 

「犯人を見つけたんですよ!」


 目撃者の若い男が、声を張りあげた。


「そこの金髪の男です! ご覧ください、どこからどう見ても吸血鬼でしょう!」


 こちらに近寄ってきた警吏は、シルヴェストルを頭の天辺から爪先まで眺め、眉をひそめた。


「もしや、シルヴェストル・バラーシュ卿でしょうか」

「……そうだが」


 怪訝な顔をするシルヴェストルに、警吏は無表情に告げた。


「他の警吏がそちらへ伺ったはずですが、どうやら行き違いになったようですね。外出先がこちらだったのは幸いでした。……ご足労をおかけしますが、我々の詰所までご同行願いたい」


 なぜ、シルヴェストルの名前を知っているのだろう。

 それに、他の警吏が訪ねてくる予定だったとは、いったいどういうことだ。


 レンカが困惑していると、シルヴェストルは「いいだろう」と即座に了承し、警吏と共に歩きはじめた。

 拍子抜けした様子の群衆を置いて、レンカも慌ててその後を追った。

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