第4話 闖入者

 レンカたちの逗留とうりゅうする宿は、ルーナリーナ川の右岸、市庁舎前広場からほど近い場所にある。

 三層の回廊に囲まれた建物で、その回廊から部屋に出入りする造りとなっていた。


 シルヴェストルは三階の部屋にたどり着くと、寝台に直行し、倒れこんだ。


「……疲れた」

「ほんとにね」


 レンカも隣の召使い用の寝台に腰かけ、ほっと息をついた。

 シルヴェストルの従者を装っているため、彼とは当然、同室である。


 旅に出た当初、レンカはそれに猛反発した。

 だが従者という立場上、個別に部屋を取ることはできないし、嫌ならうまやで寝るしかない。

 騎士にそう諭されたため、彼女は不承不承、同室を認めたのだった。


 けれど、今はあのときと違い、騎士がいない。ふたりきりだ。

 そわそわと落ちつかない気持ちになり、レンカは気を紛らわせようと、話題を探した。


「……一時はどうなることかと思ったけど、本物のまじない師が見つかってよかったね」

「あの男の言いようだと、期待はできそうにないが」


 シルヴェストルはごろりと転がって仰向けになると、色眼鏡をはずし、寝台の上に放った。


「結果がどうあれ、まじない師探しなど二度とごめんだ。しばらくはなにもしたくない。動きたくもない」

「まったく、骨の髄まで怠け者なんだから。そんなんじゃ、いつまで経っても指輪をはずせないじゃない」

「知るか」


 シルヴェストルは目をつむり、それ以上の会話を拒んだ。

 よほど疲れたのだろう。

 手持ち無沙汰になったレンカは、やれやれと思いながら、辺りを見わたした。


 室内には、シルヴェストルの使っている天蓋つきベッドと、レンカの座る簡素なベッドの他に、ひつがふたつと、亜麻布が掛けられた卓、椅子二脚が置かれている。回廊に面した扉には、鍵が掛けられるようになっていた。

 これほど設備の整った宿は、高級な部類にはいる。

 安宿は大部屋が基本で、寝具も粗末極まりないと聞く。このときばかりは、シルヴェストルがバラーシュ家当主になったことに感謝したくなった。


(経緯を考えれば、素直に喜べないけど……)


 レンカが後ろめたさを覚えていると、突如、シルヴェストルがむくりと起きあがった。


「腹が減って、寝る気になれない。レンカ、血をよこせ」

「えっ、今? わたしも疲れてるし、お腹すいてるし、ちょっと勘弁して欲しいんだけど」

「すぐに済むから、我慢しろ」


 彼は反論を認めない口ぶりで言いはなち、寝台から下りた。

 

「い、嫌だってば! 後にしてよ」

「待てない」


 たちまち、レンカは寝台に押し倒されていた。

 逃がすものかとばかりに、両肩を押さえつけられる。


(前はあんなに嫌がっていたくせに……!)


 レンカの血を初めて吸ってからこの方、シルヴェストルから遠慮というものが消えた。

 むしろ、図々しくなったと言える。


 こちらを見下ろすシルヴェストルと目がかち合い、レンカは抵抗できなくなった。

 彼に見つめられると、どういうわけか、動けなくなってしまう。催眠術を掛けられたわけでもないのに。

 きれいな顔が近づいてきて、レンカの鼓動はにわかに早くなった。

 思わず、ぎゅっとまぶたを閉じる。


(これはただの食事、ただの食事!)


 そうおのれに言い聞かせないと、羞恥のあまり叫びだしてしまいそうだった。

 レンカはすでに五回も吸血されていたが、いまだにこの行為には慣れずにいる。はたして平然とやり過ごせる日が来るのか、彼女自身にもわからなかった。


 そうしているうちに、シルヴェストルが思いのほか優しい手つきで、レンカの髪を払った。

 露わになった首に牙が触れ、深く沈みこむ。


 途端、急速に意識が遠のいていくのを感じながら、レンカは悔しさを覚えた。

 いついかなるときも、シルヴェストルは平常どおりだ。こちらばかり意識しているのが、なんだか馬鹿みたいに思えてくる。


 そのとき、がちゃりと扉の開く音が、いきなり耳に飛びこんできた。

 シルヴェストルの牙が抜かれ、レンカは寝台のはす向かいにある扉に、なにごとかと視線をやった。


 戸口には、見知らぬ若い男が立っていた。

 彼は石像のごとく固まったまま、ぽかんとこちらを見ている。

 シルヴェストルが体を起こすと、男はびくっと肩を跳ねあげた。


「すっ、すみません! 部屋を間違えました!」


 そう言って、叩きつけるように扉を閉めていった。

 あまりの勢いに、扉が壊れるのではないかと心配になるほどだった。


「そういえば、鍵、閉めてなかったかも……」


 レンカはつぶやいてから、いやいやそれよりも、と青ざめ、飛び起きた。


「どうしよう。今の、見られたかな」

「さあ、どうだろうな」


 シルヴェストルは取りみだした様子も見せず、首を傾げた。

 

「一瞬だったから、血を飲んでいるとは思わなかっただろう」

「ならいいんだけど」

房事ぼうじの最中だったと勘違いしているんじゃないか」

「!?」


 しれっと爆弾発言を投げつけられ、レンカは真っ赤になってうろたえた。


「なっ、な、なんてこと言うの!?」

「そのほうが都合がいいだろう」

「そ、それはそうかもしれないけど!」


 レンカは恥ずかしいやら腹立たしいやらで、涙目になった。

 せっかくただの食事だと思いこもうとしていたのに、今の言葉で、努力が水泡に帰してしまった。


 無神経なシルヴェストルをきっとにらみつけると、彼はこちらには目もくれず、ぽつりとつぶやいた。


「面倒なことにならないといいが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る