地名未登録の座標に関して
熊谷聖
友人の自殺について
これは、地方局制作のホラーバラエティ番組『オカルTV!』の一コーナー取材をきっかけに記録された、実在するテレビディレクターの調査記録である。
番組担当ディレクター・三上隆士が、変死した大学時代の友人の遺品からある座標を発見し、その意味を追い始めたことが全ての始まりだった。
一部映像は再構成による再現、取材内容は可能な限り事実に基づいて記録されている。
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三上隆士は、取材で何百回と地方を巡ってきたが、あの数字だけは見覚えがなかった。
いや、正確に言えば「ただの座標」だった。35.9641978、138.8057659――それが何か、知る由もなかった。
最初は、友人の死にまつわるただの偶然だと思った。
変死した大学時代の友人、長谷川賢。遺品整理の最中、ノートパソコンの前に置かれていた一枚のメモ。そこに、手書きの座標と走り書きのような一言が残されていた。
> 「うしろを むくな」
そのとき、三上の頭には番組の構成が浮かんでいた。「都市伝説風の演出ができるな」と。
けれど、それはきっかけにすぎなかった。
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【遺品の部屋】
「ここだよ、長谷川の部屋……もう、業者が入る前で助かったな」
共通の友人・稲葉が鍵を開ける。JR中央線沿いの築古マンション。エレベーターなし。三上は3階まで息を切らせて登った。
「なあ、本当に自殺だったのか?」
「一応、警察の話だと。ドアチェーンかけた状態で首吊ってたらしい。遺書もなし、クスリの痕跡もなし。精神科の通院履歴もゼロ」
「……腑に落ちねぇな」
部屋の中は思った以上に片付いていた。本棚にはホラーや都市伝説系のムック本、机にはPC、プリンタ、書きかけのノート。
三上がパソコンの前に座り、ふと視線を落とす。そこにあったのが、あの紙切れだった。
A6サイズのメモ用紙。書かれていたのは数字の列と、走り書き。
35.9641978
138.8057659
「緯度経度か……」
スマホで地図アプリを開いて打ち込む。瞬間、地図は長野県南部、山中の道なき道にピンを打った。
人家も鉄道もない。獣道のような影が、Google Earth上にかろうじて確認できた。
「……何調べてたんだよ、長谷川……」
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【局内・編集室】
テレビ局の編集室に戻ったのは翌日の午後だった。
ADの坂井遥香がPCモニターを覗き込みながら、軽く手を上げる。
「おはようございます、三上さん。昨日、連絡つきませんでしたけど……」
「長谷川の件でバタバタしててな。知ってるか? 首吊って死んだ」
「えっ、マジですか? あの……あの長谷川さん?」
「ああ。で、遺品整理してたらこんなもんが出てきた」
三上はスマホで座標の写真を見せる。坂井が目を細めた。
「これ、GPS座標ですよね……? どこなんですか、これ」
「山梨と長野の県境。なんもねえ山奥だよ。衛星写真でも木ばっか」
「え、もしかして……あの話、じゃないですよね?」
三上の目が動く。
「何の話だ」
「前にYouTubeで見たやつで……。南信テレビっていう地方局が2013年に心霊スポットの特集やってて、取材中に事故起きたってやつ。現場が場所不明って言われてて、噂だけ残ってるんですけど……」
三上はその瞬間、違和感に引っかかった。
「南信テレビ……それ、長谷川が昔、インターンしてた局だ」
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【3. 調査ノート】
数日後、坂井が紙袋を抱えて編集室に戻ってきた。
「三上さん、これ……遺品の中から出てきました。手書きのノートです。長谷川さん、これに何か記録してたみたいで」
三上がページをめくる。
中は図解、切り抜き、掲示板のスクリーンショット、断片的な日記のような走り書きで埋め尽くされていた。
いくつか、抜粋された文章に目が止まる。
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【ノート:抜粋①】
「2019年2月 和歌山県某市 高校生3人が行方不明。後に2人は保護、1人は未発見」
→ 1人のスマホにあった画像の座標データが消されていた
【ノート:抜粋②】
「2015年 北海道の民宿で語られた道に迷う声の話」
→ 霧の日に登山中だった男性が、聞こえた声の方角に向かって歩き続けた結果、
地図にない場所に出たと主張
【ノート:抜粋③】
「うしろを向くな」
→ 各地の怪談で共通する文言。
山形・鶴岡、岡山・高梁、長野・木曽……古い新聞にも類似例あり。
地名はバラバラだが、体験者の証言を地図で線引きするとある1点に交わる。
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三上は、鳥肌を感じながら目を細めた。
「……全部、この座標に繋がってる……?」
「偶然とは思えないですよね……場所バラバラなのに」
「よし、調べよう。番組で扱うにはちょうどいいネタだ。……坂井、ロケ班組むぞ。あと、南信テレビに2013年の放送資料、ダメ元で問い合わせてみろ」
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【 調査会議】
三上の呼びかけで局内の会議室に集まったのは、カメラマンの川俣昌樹とADの坂井の2人だった。
「川俣さん、この座標、何かピンと来ません?」
三上がノートを見せると、川俣が目を伏せたまま黙り込む。
「……似たような場所、前に行ったことある。2013年。南信テレビの仕事で」
三上と坂井が顔を見合わせる。
「マジですか」
「うちの前任のディレクターが、事故で番組降りたやつ……お前、あの時の――」
「俺はカメラ回してただけです。でも、あの時何かあったのは間違いない。記録映像、放送されなかったけど……おかしな音声が残ってた」
「音声?」
「マイクにだけ、女の声が……かえしてって。現場には女なんていなかったはずなんだけどな」
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