第27話 三人の食卓、再び
「すごくいい匂いが階段上がる途中からしてきましたよ」
夜になると梅本が笑いながら帰ってきた。
「ふふ。うちは食いしん坊ばかりだから」
「ああ、おかえりなさい、幸正君。お邪魔しているわ。台所もかなり好き勝手させてもらってごめんなさいね」
「いえいえ、こういうのは大歓迎です。いらしてくださりありがとうございます、明菜さん」
挨拶をそつなく終えた梅本はいったん台所裏の寝室へ着替えに入る。
その間に二人は夕食の仕上げを急ピッチで行った。
「ずいぶん豪華ですね」
テーブルについた梅本は目を丸くする。
「ふふふ。たまにはちょっとイタリアン風晩御飯ってのも良いでしょう」
ワンプレートに焼きナスの上に焼き穴子を載せてオリーブオイルを軽くかけたものと人参のラぺ、マッシュポテトとミートソースのグラタン、キャベツとしめじのジュノベーゼパスタを軽く二巻き、そして軽くトーストしたバゲットを盛り付けた。
そしてマグカップにミネストローネスープ。
「可愛く盛り付けたかったから少しずつなのよ。パスタ以外はおかわりあるから言ってちょうだいね。ただしデザートにティラミスを仕込んでいるから、そのつもりで食べて」
「ティラミスまで? 本当に凄いですね。色どりも綺麗だし」
「ああ、ティラミスってすごく簡単なのよ、最低限の材料さえ揃えられたらあっという間にできるから」
「それに関しては本当に簡単だったよ。私もびっくりした。お店のしか食べたことなかったから」
これからは自分にご褒美で時々作ろうと万衣子が密かに思ったほどだ。
「そりゃそうよ。向こうでは家庭のお手軽デザートになったりしているし」
「へえ…そうなんですか」
「さあ、食べましょう」
三人でいただきますと手を合わせ、食べ始める。
どれも美味しい美味しいと言いながら梅本はあっという間に平らげておかわりをした。
「短時間でよくこれだけのものを作られましたね。それに見た目も味もまるで…、そう。ケータリングサービスをしていただいたようです」
梅本の言葉に姉が笑顔で応える。
「ありがとう。一時期ビストロを開業した友達を手伝っていたの。それで色々コツを覚えてね。まあそのおかげで夫とも出会えたのだけど」
「そう言えば旦那さん、今夜の晩御飯は大丈夫ですか」
「ええ。作り置きがあるし、彼も自炊経験者だから手がかからないの。ただ寂しがり屋だから早々においとまするけどね」
ちょうどミネストローネを口にしていた万衣子は思わず咳き込んだ。
さらりとのろけられた…というか、あのアメフト出身でけっこう強面の義兄が寂しがり屋。
いや、物静かでおっとりとした口調の人だけど。
その情報、義妹が知っていいことなの?
口にティッシュをあてて、げふんげふんと咳をしながら万衣子はかなり動揺した。
「万衣子は相変わらずおぼこいわね~」
「ね゛えぢゃんは、だ゛ま゛っでで…」
そんな姉妹のやり取りを梅本はまたにこにこと笑いながら観ていてた。
「とりあえず明日からリモート勤務で話がついたのよね」
ガラスのカップに詰めたティラミスもあっという間に平らげ、梅本の淹れたコーヒーのおかわりを飲みながら姉は今後について話し出した。
万衣子の転職先は大貝さつきの紹介で決まったもので、ある程度事情も話してあったため、今日突然休みをとることも難なく出来た。
もともと万衣子の仕事はリモート勤務が可能な内容の為、既に何度か経験している。
ただ、機器を取りに行けないだけだった。
会社との話し合いの結果万衣子はしばらくリモート勤務と決まり、大貝が仕事場へ出向いて機器一式を預かり、さらにそれを姉が運んできてくれたというわけだ。
多くの人に迷惑をかけている事には本当に申し訳ないと思う。
そして、たくさんの人に助けられている自分は幸運に恵まれている。
しかし、甘えてばかりではいられない。
自分が解決しなければならないことだ。
「ごめんなさい。こんなことになっちゃって…。私が突然居候してしまって梅本君疲れるよね」
「いや、まったく構わないけれど、逆に先輩大丈夫? 俺もいきなり強制的に連れ込んじゃったし」
「…それは。あの」
梅本は心底心配していた。
万衣子は目を泳がせ、続きを口ごもる。
姉も、眉間にしわを寄せて見つめてきた。
「あのね。あまりにもうめもとくんちが快適過ぎて、このままでは駄目な人間になりそうって感じで…」
「ぷはっ!」
二人が同時に吹き出した。
「ぎゃははは。よかったわ、よかったのよね、幸正君」
「ははは、はははは…」
いつまでも二人は腹を抱えて笑い続けた。
冷蔵庫の中は姉との共同作業で出来上がった作り置きがみっしり詰まっていて。
快適なお布団とたくさんの人の厚意に包まれて、心はほかほかしている。
なんてありがたいことだろう。
万衣子は再び心に誓った。
きちんと。
終わらせないと。
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