第2話 最悪

「おい、欄っ! 欄っ!」


 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


「⋯⋯うぁ⋯⋯っ⋯⋯?」


 視線をずらせば、いやと言うほどにわかる。痛いのは、当然で真っ二つにならなかっただけマシだってこと。

 

「大怪我してるじゃねぇか。死んだらどうするつもりだった!」


 怒鳴りつける声が頭を響く。

 

 死んだとて、代わりがきく。だからこんな馬鹿げたことを私は選んだ。たとえ、それが他の誰であっても私はそうした。私は、誰かを庇うなんてどうかしてる。


「どうもしない、ですよ。いくらでも、死ねる人間だからこうするのは当然です。田合さんこそ行動を慎重にしたらどうです。庇ってなきゃ、死んでたかもしれないって。ちゃんと理解していますか?」


 私だって好き好んで怪我したいわけじゃない、ましてや、死ぬのも望ましいとは思っていない。痛いものは痛い、苦しいものは苦しい、つらいものはつらい。私だって仮にも人間だ、紛い物だとしても。


 真っ二つにならなかっただけマシだ、ズタズタで見てられるものではないけれど。


「おまえなあっ! 大概にしろよ。ふざけんな」

 

 周りには天井の一部が崩落した結果、瓦礫と破片が床に転がっている。たまたま腐っていたのか、はたまた、怪異の意思か。田合さんのいた場所を主にして天井が落下していた。


 庇っていなければ、どうなっていたか考えるだけでゾッとする。間違いなく運が良くて下半身の喪失、運が悪ければ死んでいたかもしれない。


 だから、廃墟なんてろくでもない。


 それに私が死なない保障なんてない。実のところ、最近は能力の限界を感じている。


 それでも、死ぬことよりも怖いことがあるから、成し遂げなければならないことがあるから。


 絶対、死なないと嘘で騙らないとならない。


「ふざけてなんかない、これでも、大真面目。脱出する方法を考えましょう。言い合いしてる時間が惜しい」


 私が冷静でいられる余裕はそう長くない。その間に打開策をみつけなければとらわれ続けるかもしれない。それでは意味がない。


 私が死ななくても、田合さんは死にうる。最悪、田合さんだけでも、ここから逃さなければならない。それが今優先すべき事項。


 ほんとは怪異を無力化することが第一優先だったけれど、今はそれどころじゃなくなった。田合さんのせいだけれど、私にも非はある。


「そんなこと言ってる場合か! じっとしてろどけてやっから、動くなよ」


 田合さんは私を押し潰している瓦礫をのけようとしている。

 

「そもそも動けるわけないでしょ?」


 余計な言葉が口をついて出る。私は馬鹿でどうしようもないクズだ。


 ほんとは言わなきゃいけないことを、隠す選択をしていることも、なにもかも。負うべき責ばかり、気にして誰もいない未来に縋っている。



 まあそれはさておいて、不死ゆえに身体がどうなっても、実は構わない。放っておけばそのうち治る、痛いし、苦しいけれど。


  

 問題は、認識が徐々に蝕まれること、それゆえに気づけなくなる。さっさと解決策を打った方が良い、思考に費やし物事をすべて解決できる手段は、もう探してはいられない。



 数十分は経ってしまっただろうか?




「何してる?」


 修復した足で歩きながら、壁や床に近づいて確認作業をしている背後で声がする。


「この建物はやっぱり、電波を遮断する傾向にあるようでして、とはいえ、まったく通じないというわけじゃない。なので、レンレンに段取り通り開始してもらおうかと。思いまして」


 レンレンの存在は有利にも、不利にもなるけれど。選んでいられるほど選択肢は、決して多くない。


 問題は外部といかにして連絡をとるか、レンレンを連れてくるのは、どうしても避ける必要があった。本人のためだとか心配、なんて綺麗なものではない。連れて来たら、難易度が跳ねあがるリスクの高さを考慮しただけ。


 我が身かわいさとでも言っておこうかね。


「は? 無理っだつったろうが? お前は馬鹿なのか?」


 いちいちみなくとも、馬鹿にしているだろうことは、想像に容易い。確かに現在の私という生き物は無能だ、なんの能力もない役立たず。


 それでも、できることは全部試して、私が居てもいいと思える理由が欲しい。頭を使え、足りない頭を。



「『人喰う家』から、出られないのは人間だけかどうか試してみますか? 失敗すると中々の痛手ですけど。怪異にとって、内部情報が外部に知られては困るというなら。この策は無駄に終わりますけどね」


 振り返って問いかける。


「意味ねぇなら止めとけ」


「では、内部情報を一切、記載されていなければ、どう判断するんでしょうね? もしかしたら、うまくいくかも知れないでしょう、賭けてみますか?」


 怪訝そうな表情がにらみつける。


「そもそも、内部情報記載してなきゃ、うまくいっても意味ねぇだろ?」


 ──果たしてそうだろうか? 目的は?

 

「指示だけなら、別に内部情報なんて、不要だと思わない? 何故、内部情報を記載する必要があるのですか?」


 確かに得られるにこしたことはなかった、けれど、すでに敵意むき出しの『人喰う家』の前では無意味だ。命を賭けてまで得てなんの意味があるのか?


 完璧な解決は不可能。元からそんなものはなかっただろう。あくまでもそれは、あるかもしれない程度の希望的観測に過ぎない。


「失敗したら? どうするつもりだ」


「おもしろい冗談ですね、田合さんからその言葉が出てくるだなんて。ここに入る選択をしておいて今さらでしょ? 失敗? すでに失敗ならしているんだから、何度失敗しようと、大差ない」


 出られない状態からの、その程度の失敗なんてかわいいものだ。


「まてまて、元から入る予定みたいなもんだったろ?」


「入る予定みたいなもの、であって、入る予定ではないですけど? 意味の履き違えするのやめません? 人の話を最後まで聞こうとしないから、こうなるんだよね。前にも⋯⋯、いえ。それは置いておくとして」

 

「馬鹿にしてんだろ」


 絶賛不機嫌中と顔に書かれている。


「まさか? それより最大二回がチャンスだと考えておいてくださいね、失敗すると0回なのもお忘れなきようお願いします。さてと準備は済ませてちゃっちゃっと⋯⋯田合さんあんまり動き回らんといてくれます?」


 この人はたぶんばかだ。死にかけたのはもう忘れているのか、頭がお花畑なのか。勝手に動き回られて怪我されたらめんどくさい。


 そう、人は些細なことで、簡単に命を落とすし、死んだらそれっきり。やり直しはきかない死んだらそれまでだ、たった一度の命。


「んだよ、指図すんのか? おまえは動き回ってんだろ。自分は棚にあげるのか?」

 

「棚にあげとると? 命は一度っきりの癖によう言うわ。指図なんかしとらんし協力せぇへん、言うんやったら、まぁそん時は自分だけ助からんくても文句言うのなしでお願いしますよ? 協力する気がおありなら、携帯さっさと出してくださいな」


 めんどくさい、わかりきっているくせに、そういうのは嫌がらせなのか、なんなのか。どうでもいいからさっさとしろ。なんで庇ったのか今さら後悔している。


 こんな人物でもそれなりに人望があるから、きっといなくなると私以外にとっては困る、私が困らないという理由のみでは見殺しにするのは色々面倒。


 あー、そうか、面倒ごとを押しつける相手がいなくなると、私は私でこまるらしい。


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