第1話 無謀
「家、って聞いてたんだけど?」
足をとめて、見渡す。見渡しの良い場所とはいえない。どちらかと言えば見渡しにくく、見つけづらい。入りくんだ住宅街の中にある。
そう、『人を喰う家』『人喰うた家』という怪異。噂や都市伝説だったはず。しかし。ここはどうみても廃墟、それも一軒家などではなく、マンションの類い。
「俺も、そない聞いてた」
田合さんの声色に、嘘はないように思う。
「私、要ります? 要らない気がしてます。色々と」
私には死なない特性を除けば、無価値な存在だ。というより、特出すべき能力がない。むしろ足手まといにしかならないだろう。
「俺だけで行け、と?」
ほかに使える人間ならいるだろう。別に私のくる必要はないという意図で言った言葉が、曲解されていく。
「いや、そういうことではないけれど。田合さん、少し考えてみましょう。なぜ人を家は食べるのか?」
従来、怪異を解く必要はない。能力や手段があればの話だ。今いる人は、一般人の田合さんと無能の私。従来のセオリーでは、太刀打ちできないことだろう。
「知らねぇよ。化け物だからじゃねえの」
「無機物が、食べる必要あります?」
生き物なら、ともかく建造物が。
何かを食べるその意味は?
「あるかもしれねぇだろ。あるから、そう呼ばれてんだろ?」
めんどくさいと声が訴えている。
「食べるは何かしらの比喩。そう考えると、たとえば、一度入ったら出られないとか。そう仮説すると、気軽に入ったらまずいとは思いませんか?」
一番わかりやすく、誰もが想定しうる可能性を提示する。こういう時の田合さんが何らかの行動をとると、ろくな結果にならないから。
「突き破ったら出れんだろ」
おいっ、脳ミソ。どこに詰まってんだ、脳ミソはよぉっ!
「どうしても行きたいなら、ひとりでどうぞ。私は勘弁してほしい」
ごめん被りたい。永遠に閉じ込められたくはない。死んでも死んでも出られないとか、どんな地獄ですか。
「旅は道連れ言うやろ?」
旅じゃないし。第一、意味違うから絶対に。というか、思いやりを持ってもない人間に言われたくない。
「ぐぇっ⋯⋯道連れにせんといてもろえますか⋯⋯放せっ! こんクソ野郎!」
何故こうなったのか教えてほしい。クソ野郎もとい田合さんによって強制的に連行された。
話し合いは必要だと思いませんか?
一番の敵は味方なんてのは、こういうことではないだろうか。薄情にも建物の中へ中へと連行されて、外の景色は遠ざかってしまった。
「おい、いい加減自分で歩けよ」
不機嫌にそう言ってくれる、私が不機嫌になりたいぐらいやが?
「その辺に捨て置いていけば? 何か起きても、救けませんからね」
私は田合さんを救けたりしないと、誓おう。
「はいはい。どうぞ自由にすりゃあええわ」
地面に私をおろして、言葉を吐き捨てていく。まったく、信用に置けない上司だ。道連れもとい生贄だろう、これでは。
「まったくもって、自由もクソもあったもんじゃない。協調性とやらはないんですか?」
やあ、愛しの地面。久しぶりじゃないか、と。私は独り言でも、始めてしまいそうだ。
「どの口が言いやがる?」
そうでしょうとも。
「この口ですよ。口が他にあったらまさしく化け物でしょう。なんの収穫もないなら、話しかけないでいただいてもよろしいですか?」
地面といっても土ではない人工物にかかった、砂を指でいじりつつ声を発する。いじるというよりは指でこねくりまわしている、さらさらした砂だけど。
ここから動くつもりはない。建物に入ることに同意していないから。せいぜい、勝手に頑張ればいい。私の知ったことじゃない。
「おいっ、真面目にやれや。知らんからな、俺は先々進んで散策するから!」
吐き捨てるように叫び背を向けて、何処かへ向かっていく。が、今はそれはちょっと、うん。
確かに怪異は解く必要はない。けれど、ある程度知ることが今の私たちの、最善策であるはず。むやみやたらに散策するのは、下手に動くのは、よろしくない。
「⋯⋯⋯⋯ん?」
ふと、疑問がもたげる。
『人喰う家』はほんとに字面は人喰う家なんだろうか? こういう時、普通、屋敷ということが多い。それこそ化け物屋敷とか幽霊屋敷とか。
たとえ、新しい怪異であったとしても、その辺はセオリー通りであることが多い。もしくは○○家の■■や■■の○○家といった名称が普通だ。
つまり、いえ=家ではないんじゃ。『人喰う家』ではなく、『ひとくういえ』もしくは『ヒトクウイエ』なのでは?
もしくはニュアンスだけが残っているけれど、本来の名称とは違う可能性がある。基本的に怪異に名を与える場合、怪異の性質、特徴を表していることが一般的だ。
だとしたら。
微妙に音が変わった可能性がある。その正体はいくつか候補が、あるけれど。問題はどうするべきか。そのためには消去法で、ひとつずつ推測を潰していくべきだ。
仮にほんとに『人喰う家』だった場合も考慮しなければ。ともかく動くべきだけれど。対処法がないことの方が致命的問題だ。
無能の私には何もできない、それが問題だ。
「おいっ、欄。出れねぇんだけど」
上の階から顔を出して何の役にも立たない情報の報告を寄越してくる。大変目障り、耳障り。
「そうですか。言った通りになったわけですね。そんな微細なことはどうでもいい」
私にだって、不機嫌になる権利ぐらい、あるだろう。
「よかねぇよ」
怪訝な声が突き刺さる。
「踏みとどまるよう、私、警告したんだけど? 可能性として、出られなくなることも、話としてあげましたよね。聞かなかったのは田合さんでしょう?」
怪異の定義は、今までいくつか、あげてきたけれど。今回は人のよくないそれ。が、元凶だといえるだろう。
「今聞いてるのは打開策だろっ。過ぎたこと言ってんじゃねえよ」
あまりにむちゃくちゃな暴論に。素晴らしい、と手を叩きたくもなるが、なぁ。
「打開策なんてあるわけないでしょ。過ぎた問題ですか。それなら連れてくるべき、人を間違えてますもんね。後輩S、後輩N、レンレン。この三人から選出すべきだったと思いますよ、私ならそうする」
無能、台頭の私よりは断然、述べた三人の方がいい。これは紛うことのない事実。過ぎた問題だというなら、私だってそのくらいケチをつけたい。
真面目にというなら、なおのことだ。私は別に不真面目に言っているわけじゃない。どう足掻いても、あの頃とは勝手が違う現状では、こうやって仮説を立てるほかにできることは、ない。
「うるせぇな。ぎゃあぎゃあ言ってんじゃねえよ」
「私を殺したい、とか? でなきゃ選出するメリットなくない?」
もはや、乳母捨て山感覚で来ている可能性が浮上してきた。味方ではなく、敵なのでは。
「おいっ、てめぇ。俺をなんだと思ってやがる!」
逆になんだと思っているように見えるのか教えてくれよ。
「ついに目障りな奴を捨て置こう、としてる上司」
その可能性が高くなりっぱなし。使えない人間をもっとも捨てやすい方法は、怪異の餌食にしてしまうこと。証拠が残らずに済むから。
「お前ほんとっ、人聞き悪い言い方するのな。んなことして得するとでも?」
それはそっちではと私は思った。
「得はしなくても、損はしない。或いは、損失をもっとも低く抑えられる、のではないですか?」
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