専門家 調査
案件:『廃墟●●マンション』
駅前は比較的新しい建物が建ち並び、明るい印象を受けていた。住宅街、特に今向かっている方向はそうではないらしい。古い建物と新し目の建物が入り乱れている。
市立■■学園駅から住宅街の方向へ、向かって歩いている最中。ふと、疑問が首をもたげた。
「まさか、行くつもりじゃないですよね?」
不安がとぐろを巻く。
地面にさす影は、いっそう濃くなったような気がして、足が重みを増す。
『廃墟:●●マンション』、についての実地調査、それが私達の今回の業務内容。
あいにく、これといった情報は掴めずにいて、はやくも、暗礁に乗り上げていた。
ただし、現場に踏み入れないこと。
これは引き受けた(厳密には引き受けされられたわけだけど)段階で、念押しされた注意事項。一介の調査員にできることは元からそんなもの。
「あ? お前バカか? 行かずして、調査とは言えねぇだろうがよ。とは言っても廃墟●●マンションじゃなくて『人喰う家』の方だがな」
前を歩いていた先輩が、足を止め。平然と、そう言ってのけた。無駄にがたいがいいだけのバカ、頭は筋肉でも詰まっているらしい。
まあ、元から先輩の頭脳に、期待はしていない、今に始まったことじゃない。数合わせで決まった組み合わせみたいなもので、本来、私達は。この手の、案件に関わることは、よほどのことがない限りない。期待されていない、それが実情だ、別にそれでいいとも私は思っている。
が、目の前の先輩はそうではないらしい、ほんといい迷惑だ。
「バカはそっちでしょ。私達の業務にないことをするだなんてね。やめてもらえます? いい迷惑です。毎回、始末書やらそういうの私が⋯⋯。ともかく! 一度戻るべきですよ」
指示をあおぐべき、そう、私達末端のクズはそうだろう。いなくなっても、気にする人間もいやしない。生きていたいのなら、命令や指示を待つことこそが正解だ。
現場で独断行動することは許されていない。
「どうせ、今まで何の進歩もしてねぇんだろ? だったら現場で得る他に、道はないんだわ。今まで何人送って調査したのか、知らへんけど。少なくとも、この程度のことは何度も報告されとるっちゅうこった。俺らが持ち帰ったとて、今までと変わらんのやったら、現場入る他ねぇだろよ」
先輩の言い分は筋は通るようで通らない。今まで何度か調査するように複数の人間に『この案件』が回っている。要は、納得できる結果が得られなかったのか、もしくは、人員の消失が発生した。
だから現場、『廃墟●●マンション』に踏み入れないことが注意事項として存在するんだろう。
「命あっての物種、言うんはご存じで? 第一、『人喰う家』を、調べよったら、なんになると? 対処法すら持っとらん人間が、こないなことしてなんになる、言うんです?」
なぜだか、住宅街へのこの道は、人通りが少ない、それも気になる。
人は無意識に不浄のもの、穢れ、そういう類いのものを嫌う。それらを勘や直感と呼ぶが、案外それはバカにできないものだ。
それはそうとして、『人喰う家』に、行こうとする心理が理解できない。言い分はわからないでもないけれど。無理やり止めるのはおそらく私には難しい、体格差から鑑みても、無理に引きずってでも帰るなんてことは不可能だ。
放置、知らんぷりをする、これは私の立ち位置から難しい。先輩は一応肩書き上は、こんなでも上司だ。放って帰ったとバレたら、たぶん、私の立つ瀬がない。つまりついていく以外の選択肢は、元よりないわけだ。
「人に仇なす奴は徹底的に許さへん、って教訓があんのやから当然やろ?」
まず、そもそも人に仇なすという定義に、今件が当てはまるか、どうかもわからないではないか。何の根拠を持って言うんだこの先輩は。短絡的で困るなぁ。
「根拠は? 人に仇なしとるって考えの根拠はなんです? というか、いい加減、足を一旦止めてもろてええです?」
足を止めるどころか、ずんずん進む、先輩に。いい加減、腹が立ってくる。話し合いをちゃんとしていないのに。
それに先ほどから、やたら道が薄暗く感じる、まだ日中だというのにだ。気のせいなどではない、明らかに暗さを感じる、これは良くない兆候だ。
「ん、ああ。うん、悪ぃな。たぶん、ついてもうたわ。『人喰う家』になあ」
先輩の隣に立って見上げると、確かにそれらしい建物が見える。
外観から時代を感じる少し古い、マンションの玄関は明らかにオートロックではない。壁は褪せていて汚れが目立つ。窓から中がまったく見えないことからも、長い期間、放置されていたんだろうとわかる。
それに『人喰う家』の周りが、異様に薄暗く、空気がいびつだと感じる。
それから、この『人喰う家』で、失踪事件が数度起きているらしい。『廃墟●●マンション』、と、この『人喰う家』どちらも、同一のもの、類似案件。
おそらく元々、同一のものと上は判断して、あえて、案件名を『廃墟●●マンションの調査』としたらしい。
「家、って聞いてたんだけど?」
周りを再び見渡す。見渡しの良い場所とはいえない。どちらかと言えば見渡しにくく、見つけづらい。入りくんだ住宅街の中にある。
そう、『人を喰う家』及び『人喰うた家』という怪異。噂や都市伝説だったはず。しかし。ここはどうみても廃墟、それも一軒家などではなく、マンションの類い。
「俺も、そない聞いてた」
先輩も同様に、『人喰う家』に対しての質問に答えた。まるで『廃墟●●マンション』ではなく、『人喰う家』に来るのが、最初からこの土地にきた目的だったみたいな。
私達は自己意思だと思い込んでいただけで、自己意思ではなく『廃墟●●マンション』こと『人喰う家』に呼ばれていたらしい。
「先輩まさか、入らないですよね?」
勘弁してほしい。こういったことは、この手の案件には、よくあることといえば、まあそうなる。実際にそういう事態に出くわしたのは初めてであり、あまり良い兆候とは言えない。
「ここまで来たら、行くに決まってんだろ?」
いつの間にか道の向こう、『人喰う家』へと先輩が歩きはじめてしまっている。うっかりしていた、この先輩は、悪い事態を引き起こしたり招く行動をとるという定評がある。
「いやいや。そもそも、ここが『人喰う家』だと断言する理由は?」
直感していたここは『人喰う家』だ。けれど、あくまでも推測でしかない。だのに、この先輩は間違いないと決めてかかっている。
「見てみろよそこの看板汚れてっけど『●●マンション』と読めるだろ? つまりここは『人喰う家』だ」
待て待て、それは理由にならない。
仮説だ、『廃墟●●マンション』=『人喰う家』は。それに『人喰う家』に入ると、行方不明になるため場所は不明であるとも、噂では語られている。
「先輩、『廃墟●●マンション』と『人喰う家』が同一だとする根拠は? 『人喰う家』は場所すら不明であると、噂、都市伝説として語られてますよね。で、あれば『人喰う家』が『廃墟●●マンション』と同一であると定義することは不可能です。ただの憶測で行動すべきじゃない」
『人喰う家(仮)』厳密には『廃墟●●マンション』の真ん前に立っている、先輩。私と先輩の間には道路が阻むようにある。
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