第4話
「悠樹? どこだよ、帰ろうぜ」
声をかけるが返事は返ってこない。確かに悠樹はおふざけが過ぎることはあって、でも、こういう悪質なことはしない奴だ。
悠樹は面白いことをモットーに生きてきた、最近は、心霊スポットと聞くと後先考えない、悠樹は両親が過干渉気味で悩んでいるらしい。僕にはわからないけど、進学がどうとか成績がどうだとか口うるさいとよく愚痴っていた。
だからこんなことばかりしたがる。
正反対だと思う、僕の家は両親が僕に無関心だからだ。時々、悠樹は家出して、僕の独り暮らししている部屋に転がり込んでくる。
「おい、悠樹。冗談で済まないぞ」
──コツッコツッ。コツッコツッ。
隣の部屋から聞こえているような気がした、悠樹かもしれない。急いで見に行きたいと思う、けれど、この部屋をちゃんと見てからにしなければという思い葛藤する。
もし違ったら?
違ったら、無駄になってしまうかもしれない、きっと気のせい。冷静でいようとする心が踏みとどまらせる。
トイレにも浴室にも誰もいない、当然の事実に胸を撫で下ろす。悠樹は居たら返事するに決まっている。
ほんとにそうだろうか?
大和が転んだ時、いくら集中してたとはいえ、悠樹は無反応だった。らしくない、あいつはそんな奴じゃない。
口では馬鹿にしたりからかうことはあっても、気をつけろよ、だとか、大丈夫か? と内心では心配して声をかける。
「なあ、もうおまえの勝ちでいいからさー」
懐中電灯のライトをあちらこちらに向けても誰も見当たらない。相変わらず、古いし、汚い。
もとは白かったのかもしれないけれど、見る影もなく、白い部分なんて見つける方が難しい。
無意味そうな落書きが点在している、きっとマナーのない奴らが立ち入って荒らしたんだろう。
──ギィーーッ。ガタンッ。
風が吹いているわけでもないのに勝手にドアが閉まった。懐中電灯を向けてゆっくり玄関ドアへ向かう、ほんとは駆けたかった、走り出したかった。そうしたら、なんとなく負けだって気がしたから、ゆっくり歩いて向かう。
鍵がかかっていたわけではなく、普通にドアは押せば簡単に開いた。
どうして勝手に閉まったんだろう?
外を見渡しても誰もいなかった。気づいてないだけでほんとはすきま風が吹いていたのかもしれない。
続いて、2部屋目のドアに手をかけ開ける。
「悠樹居るんだろ? 返事しろよ」
何かがうごめく気配がしている、もちろんそんなものは目視する限りそんなものはない。落ち着こう、そう思うのに心がざわめいてしまう。
足音を聞いたせいか、あるいは、ドアが勝手に閉まったからだと自分自身にそう言い聞かせる。
懐中電灯を向け、ゆっくり部屋の中ほどへ向かう。
──チカッ。チカッ。チカッ。チカッ。
電池がもうないのか懐中電灯のライトが明滅して、不安を煽り立てている。
──チカッチカッ。チカッチカッ。
歩く度に、明滅の頻度は増しているような感覚がしてくる。
──チカッ⋯⋯チカッ⋯⋯ブッーーン⋯⋯。
そう表現する他ない、電池が切れたのか真っ暗闇に囚われる。スマホがあるから大丈夫だ、と言い聞かせてみる。
見えなくなると、脳が補おうとするのか、悪い想像が頭に過って勝手に不安になる。
部屋の中央にて、誰かが無表情で三角座りしている妄想。誰かが僕の周りをぐるぐると歩く妄想。良くない妄想だ。
ポケットに押し込んでいたスマホを取り出して、スマホのライトをつけるまでに時間がかかる間そんな妄想に支配されていた。
──コツンッコツンッ。コツンッコツンッ。
足音だと思っていた音。
「おい、悠樹? 何してんだよ」
それは、ベランダの窓を一定の間隔で悠樹が叩く音だった。その顔は無表情。
「おい、悠樹?」
近づいて肩を引っ張り話しかけようと試みるもびくともしない。むしろ勢いよくはねのけられて僕は床に尻もちをつくはめになった。
──コツンッコツンッ。コツンッコツンッ。
相変わらず、無表情の悠樹が一定の速度でベランダの窓を叩いている、アンドロイドみたい。不気味で仕方ない。
──コツンッコツンッ。コツンッコツンッ。
「なあ、帰ろうぜ。悠樹」
──コツンッ。コツンッ。コツンッ。コツンッ。
「どうしたんだよ? こんなとこさっさと出よう」
──コツッ。コツッ。コツッ。コツッ。
声をかけていると、その速度がとうとつに増した。最初は軽い音だったのに。
──ガンッガンッ。ガンッガンッ。
叩くなんて可愛いものじゃない。叩き割るんじゃないかって思うほど強い力がこもっている。顔は相変わらず無表情、それなのに明確な怒りがあるような感じだ。
──ガンッ。ガンッ。ガンッ。ガンッ。
「悠樹、どうしちゃったんだよ!」
──ガンッガンッ。ガンッガンッ。
落ちたスマホを、片手に部屋を飛び出そうと全速力で駆ける。ヤバいヤバい。きっと手遅れ。ただの直感だった。置き去りになんてしたくないけど、普通じゃない悠樹の様子に気圧された。
ドアを体当たりしながら飛び出し、そのままドアの向こうを見つめながら、廊下の床にへたり込んだ。
どのくらいそうしていたんだろう。朝陽先輩の声がして我にかえった。
「湊、どうした?」
朝陽先輩がそう言って駆け寄ってきた、どうやら、他の部屋を見終えたらしい。うまく言葉にならず、しどろもどろになりながらなんとか口にする。
「まずいですって! やめた方がいいですっ」
中の状況を見に行こうとする朝陽先輩に、そう言って止めようとする。いくら親友だとはいえ、悠樹には悪いけれどもう無理だと思った。
「俺、様子見てくる。放って帰るわけに行かねぇだろ?」
確かにそうだけど、などと口に出せなかった。もう二度と中には入りたくない、ここで待っていよう。薄情だと思うけど僕には限界だった。
「あれ、大和は?」
待っている間、ふと、朝陽先輩といたはずなのに見当たらないことに気づいた。後輩の大和がいない、どうしよう? 朝陽先輩はまだ戻ってこない。
大和は後輩だ、一年生で途中から転校生としてやってきた、悠樹のお気に入り。両親の離婚に伴い、大和は父親と、県外から親戚のいるこっちへ来たらしい。
やけに朝陽先輩は遅い、いい加減戻ってきてもいいはずなのに何してんだろ。
起き上がって大和を探すことにした。
懐中電灯を切らしたため、あくまで玄関のドア越しに呼びかけるだけ。
「どこだ? 大和」
まずは階段を横切って、3部屋目、応答はない。
「おい、大和? 返事しろー」
その隣4部屋目、無音。
「大和? おーい」
さらに隣の5部屋目、まったく反応はない。
非常にまずい、悠樹の時と同じだ。急にいなくなった見つからない。このまま帰ると教師だけじゃない、悠樹の家族や、大和の家族からも責められる。
それに、廃墟に不法侵入したとなれば怒られるだけでは済まない。
そもそも、建物から外に出るドアが開かないから閉じ込められたままで、僕らは出られない。
──ガチャッ。
ドアの開く音が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます