第4話 キャパシティーオーバーと夢
月曜日の朝、あの分かれ道に立っていた。
空を見上げると遠くに雨雲らしきものが浮かんでいて、傘を取りに帰ろうかと思った矢先に背中を叩かれた。
「おっはよー!てっきり先に行ってるものかと思ってたけど、待っててくれたんだ」
「まだ自転車治らないから」
「そっかそっかー」
といいながら二人並んで歩き出し、僕は相槌を打ちながら進んだ。
強い日差しなんて忘れてしまうほどに心の中は彼女で埋め尽くされていって、気持ちのいい風の吹く登校を楽しんでいる。
高校に到着する時、校門付近からは彼女と少し離れて歩いた。先日思い出した小学校の記憶で交際していると勘違いをされ、からかわれるというのは今思うと相当くるものがある。
もし、いまそんなことになれば、どうしていいのかわからない。
嫌な想像の膨らみと同じくらいの距離を作っていると、彼女は振り返って「なんか遠くない?」と聞いてきた。「そんなことない」と言って、今度は彼女を追い抜かして歩くと「待ってよー」とすぐに追いつかれてしまう。
それでもなんとか教室に辿り着き、変な所を目撃されてないことを祈りながら本を開く。
「なんの本読んでるの?」
視線を本から外して上に向けると、興味津々そうに本を覗き込む彼女がいた。
「吾輩は猫である」
「猫だったの!?」
「タイトルだよ...」
そんな掛け合いを見られていたようだ。
休み時間になった途端、クラスの友人が聞いてきた。
「いつの間に彼女作ったんだよ、俺達の非リア協定は遊びだったのか?」
「そんな協定に加入した覚えはないし、彼女でもない」
「いくらなんでも誤魔化せないぞ?朝一緒に登校してたろ」
あまりにもグイグイとくるもので、現実逃避に本を開いた。しかしその本を取り上げられてしまい、結局軽い経緯を話すことになった。
「〜という訳で、偶然同じ通学路ってだけだ」
言ってはいけないと脳みそから信号が発信されている情報を除き説明をしてみたが、納得しないままなんとか去ってもらえた。
彼女はたまに視線を送ってくるものの、大勢の前で大胆な接触はしてこないようだった。
そんなことを考えているとあっという間に一日は終わってしまう。
「かーえーろー」
周りにお花を散らしながらこちらに歩いてくる彼女を見て僕は焦った。
人がまだ沢山いる教室でのコールが誰に向けられたものなのかと、大衆の視線は僕へと集中する。
「あの二人って付き合ってるのかな」
「朝一緒に登校してるの見たって聞いた」
「似合わねー」
いくら聞こえないようにしても耳に入ってくる言葉は、嫌な想像の具現化だ。
良くないと分かってはいるが耐えきれず、僕は一人走って家に向かった。
後ろから「おーい」と、高校を出てすぐまで聞こえていたが、聞こえないふりをして走り続けた。
もう追いついて来ないだろうと速度を緩める。息が切れ汗を流し、ほとんど死にかけになってしまった。つまりは体力が無いのだ。
あの分かれ道の手前で力尽き、止まって息を整える。すると幻聴が聞こえた。
「待ってよー!」
幻聴の方を振り返ると、何かが全力ダッシュで向かってきている。
今は合わせる顔がないと思い、また走り出した。のだが、ここで運動音痴が出てしまう。
顔面からコケた...。
後ろから「えぇ!大丈夫?」と言う声が聞こえる。
立ち上がれそうになく、諦めてその場に座り込むと彼女があたふたしながらハンカチを出して、出血している箇所を優しく拭ってくれた。
「どうして一人で走ったの?陸上部でも目指してたの?」
「...」
なにも言える訳が無かった。なんて説明したらいいかも分からないし、彼女に直接「付き合ってると勘違いされることに耐えきれなかった」などと言えば、いくら彼女でも僕に構うことは無くなるだろう。
それが寂しいと、悲しいと感じている自分に少し驚きつつも、残ったぬるい気合いを出して立ち上がる。
「走りたかっただけ。それと、ごめん」
「そうゆう時あるよね、わかる。で、なんで謝るの?」
これ以上は何も言えず「またね」と言って分かれ道を進んだ。
彼女に悪気があった訳では無いし、ただ一緒に帰ろうと声をかけてくれただけなのは分かっている。けれど、あの時の視線にプレッシャーのようなものを感じてしまい、僕はそれに耐えられない。
家に着いて傷の事を母親に心配され、逃げるように自室へ籠もった。
次の日、学校を休んだ。もちろんズル休みだ。
彼女に合わせる顔がないし、教室でのことを思うと起き上がれなかった。
色々と考えたいたせいで夜はあまり寝られず、休むと決めた後、いつも登校する時間になってようやく睡魔が訪れてくる。
そのまま眠りに落ちてしまい、それから短い夢を見た。
誰の視点かは分からないが、あの分かれ道をずっと見ている。するとそこに彼女が歩いてきて、角で止まる。そしてある方向を見ながら立ったまま動かない。
このままでは遅刻してしまうだろう、誰を待っているのだろうか、そんなことを考えていると彼女は見ている方向に向かって歩き出した。それは高校の方角とは真逆の、つまり僕の住む家がある道だ。
そこで目を覚ます。
「今日、待たずに行ってくれたかな」
顔を手で覆いながら後悔に悶て言葉を漏らす。
「全然来ないから家まで来ちゃった」
そうだよな、転んだ時のように気にかけて心配してくれたんだろうなと、その気持ちを素直に受け取れないことに心が締め付けられる。
「顔の傷は大丈夫?」
こんなにも心配してくれるのかと、思い始めた所でふと、幻聴の聞こえる方に目をやる。
「やっと起きる気になった?もし仮病なら途中からでも授業出る?」
「まだ夢の中みたいだ...」
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