第55話 ノヴァの覚悟

「ノヴァ、どうしてここに……!」


 戦場に現れたノヴァに愕然とするマルス。

 命がけで逃がしたはずなのに、どうして戻ってきてしまったのだろう。

 焦りが胸を満たしていく。先ほどまで明鏡止水のごとき心境で自分の死を受け入れていたというのに、心が乱れてしまう。


「マルス様……良かった、無事でよかった……!」


「ノヴァ、危ない!」


「ギュイイイイイイイイイイイイイイイイッ!」


 現れたノヴァめがけて、『神災』によって産み落とされた異形が襲いかかる。

 ノヴァのところに駆けつけようとするマルスであったが……それよりも先に、彼女が跨っている巨狼が動いた。


「ガウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!」


 高々と吠えながら、巨狼が爪を振るう。

 異形がまとめて引き裂かれて、残骸が地面に散らばって黒い染みとなる。


「この力……間違いない、『フローズヴィトニル』か!」


 圧倒的な戦闘能力を目の当たりにして、マルスが唸った。

 フローズヴィトニルはかつて『滅獄の魔女』に率いられていた怪物の筆頭格。単独で一個師団を壊滅に追いやれるほどの戦闘能力を持った殺戮兵器である。

 マルスにとっては宿敵の一匹。何人もの同志の命を奪った因縁深い怪物だった。


「フローズ……何ですか?」


「あ、いや……」


「この子の名前はリコちゃんですよ。さっき名付けました」


「リ、リコちゃん……?」


 不思議そうに首を傾げるノヴァに、マルスが顔を引きつらせた。

『フローズヴィトニル』というのはマルス達が名付けた呼称。まさか、本当の名前がそんな愛らしいものであるとは思っていなかった。


「リコちゃん……『黄昏リコフォス』ちゃんです。良い名前ですよね?」


「ま、まあ、そうですね……リコフォス。それならばまあ……」


 言いながら、マルスがノヴァのところに駆け寄った。

 色々と衝撃的な再会ではあったものの、そんなことを気にしていられる状況ではない。


「ノヴァ、どうして戻ってきてしまったんだ……それにその狼、もしかして【創造】の権能を使ってしまったのか……!?」


 マルスが近づいても、巨狼が動く様子はない。尾を振って周囲にいる異形を牽制している。

 未来の世界であれば、『滅獄の魔女』に近づく者には容赦なく牙を剥いていたというのに……マルスを敵として認識していないようだ。


「これほど強力な魔物を生み出して……いったい、どれほど君の心を削ってしまったというんだ……!」


「言いつけを破ってごめんなさい、マルス様……だけど、私はどうしてもあなたの傍に来たかったんです……」


「馬鹿な……今からでも遅くはない。逃げてくれ……!」


 マルスが命を捨てる覚悟で戦うことができたのは、己の死がノヴァの生存につながると考えていたからだ。

 ノヴァを逃がせないのであれば、全ての前提が覆ってしまう。


「君を守れないのなら、俺が戦う意味が無くなってしまう……君に死んでほしくないんだよ。お願いだから逃げてくれ……!」


「マルス様……私はマルス様の婚約者です」


 懇願するマルスに、ノヴァが決然と言いながら巨狼の背から降りてくる。

 ノヴァが降りたのを見計らい、巨狼がしなやかに体躯を躍動させて周りの異形を蹴散らした。


「レオーネ様……いいえ、お義母様から教わりました。『夫と妻は馬車の車輪のようなもの。どちらか片方でも欠けたら成り立たない。生きるも死ぬも同じである』と。ここで戦うことがマルス様の使命であるというのならば、私だって共に戦います。あなたが逃げない限り、私が逃げることもあり得ません!」


「ノヴァ……」


 マルスがゴクリと唾を飲み込んだ。

 ノヴァの目には揺るがざる決意の色が浮かんでいる。

 出会った時の弱々しい小動物のような目とは明らかに違う。

 家を背負い、領地と領民を背負った貴族夫人の目。いつの間にか、母親と同じ目になっている。


「あなたが命を懸けるというのならば、一緒に私の命を懸けましょう……どうか、好きなように使ってくださいませ」


「ッ……待て!」


 マルスが叫んだ。

 ノヴァがやろうとしていることに気がついたのだ。


「いいえ、やめません……これが私の覚悟。私の愛です」


「ッ……!」


 マルスは止めようとした。ノヴァを気絶させてでも、阻止しようとした。

 だが……できなかった。

 ノヴァの身体から放たれる神聖な力……まるで『聖女』のように侵しがたいオーラを目の当たりにして、心を奪われたように動きを止めてしまう。


「お願い……マルス様の力になって……!」


「あ……!」


 ノヴァの小さな身体から放たれる青銀色のオーラが凝集する。

 マルスの目の前でそれは一本の剣の形へと変化して、実体を帯びていく。


「聖剣……」


 マルスが思わず、つぶやいた。

 生み出されたその大剣は聖女であった頃のアリアが作った物とは違う。形状も異なるし、放たれる力の性質も違っていた。

 しかし、それでもその剣は美しかった。

 アリアが作った聖剣に少しも劣っていない……まさしく、神の加護を集めたがごとき剣だった。


「マルス様……あ……」


「ノヴァ!」


 ノヴァの身体を覆っていた青銀色のオーラが消える。

 力を無くした痩身が倒れるのを、マルスが慌てて抱き留めた。


「……おねが…………いき、て……」


「……任せろ」


 マルスが頷いた。

 ノヴァが腕の中で意識を失う。

 聖剣を生み出すためにノヴァがどれほどの力を使ったのだろう。どれほどの代償を支払ったのだろう……想像もできない。

 しかし、ノヴァは覚悟を見せたのだ。

 己の心を削り、命がけでマルスへの愛を示した。


「ならば……俺に同じことができずしてどうする……!」


 ノヴァは言った。『夫婦とは車輪である』……と。

 ならば、マルスもまた覚悟を示さなくてはならない。愛を示さなくてはいけない。


「神の奇跡によって生み出された災厄を斬り、お前への愛を証明しよう!」


 マルスが聖剣を掴んだ。

 初めて握ったはずのその剣は驚くほど手に馴染み、マルスのために創造された剣であることが掌から伝わってくる。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


「征くぞ!」


 マルスは巨狼にノヴァのことを任せて、咆哮を上げる『神災』めがけて地面を蹴ったのだった。

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