第13話 ノヴァの過去
十歳の誕生日。
その日はノヴァ・ブリュイにとって、大きな転機になった一日である。
ノヴァは両親と一緒に街に出かけていた。
誕生日ということもあって街にあるレストランで食事を摂り、おもちゃ屋でクマのぬいぐるみを買ってもらい。
そして……馬車で帰宅する最中だった。
ノヴァと両親は領地にある屋敷を目指して、日が沈んだ夜の峠道を走っていた。
『遅くなっちゃったわね。ノヴァ、眠くない?』
『うん、平気だよ。お母様』
大好きな母親の隣で、ノヴァが楽しそうに微笑みながらクマのぬいぐるみを抱きしめた。
帰りが遅くなって日が暮れてしまったが……子供にとっては、いつもより帰りが遅くなるだけでもイベントである。
狭い馬車の中で両親と一緒、夜道を走っている。
そんなちょっとした非日常に胸をドキドキと弾ませていた。
『なんだ、この揺れは!?』
『キャアッ!』
だが……そんな楽しい気分も長くは続かなかった。
突如として馬車が激しく揺れて、大きく傾いたのである。
『おい、どうした!?』
『旦那様……申し訳ございません』
父が御者台に向かって叫ぶが、返ってきたのは理解不明な謝罪の言葉である。
『私にはこうするしか……女神よ、許したまえ……!』
『なっ……!』
『キャアアアアアアアアアアアアアッ!』
次の瞬間、天地がひっくり返った。
急転直下に襲い来る大きな浮遊感。馬車が逆さまになって座席から宙に投げ出され、クマのぬいぐるみが吹っ飛んでいく。
父が愕然とした顔になり、母が悲鳴を上げながらノヴァのことを抱きしめてくる。
『ガッ……!』
『あ……』
数秒後、大きな衝撃がやってきた。
グシャリと馬車が潰れる音。木材の破片が降りかかるのをノヴァは他人事のように見つめていた。
『ノヴァ……ノヴァ……』
だが……それらがノヴァを傷つけることはなかった。
痛みの代わりに感じるのは生温かい水が服を濡らす気持ちの悪い感触。目の前にある母の顔が真っ赤に染まっていく。
『ノヴァ……おねがい、あなただけは……かみさま……』
『おかあさま?』
『おねがいします……おねがいします……』
祈るような母の声がどんどん小さくなっていく。
ノヴァが激しい不安に駆られて、小さな掌で母のドレスを掴んだ。
もっと強く抱きしめて欲しい、いつもの優しく穏やかな声をかけてもらいたい。
父の声は聞こえない。母の胸に遮られて姿も見えない。
「……おかあ、さま…………」
自分を抱きしめる母親の体温が徐々に失われて、冷たくなっていく。
目の前が暗いのは夜だからか、それとも馬車の残骸に埋もれているからだろうか?
ノヴァの意識がどんどん遠ざかっていき……やがて、闇に沈んだ。
○ ○ ○
その後、意識を取り戻したノヴァがいたのは街にある病院だった。
後から聞かされたことであるが……ノヴァと両親が乗った馬車は峠道で崖から転げ落ちてしまったらしい。
御者の運転ミスの可能性が高いが……御者の姿は崖下にはなく、少し離れた場所で死んでいた。
御者の手にはナイフが握られており、自らの喉を刺して死んでいたとのこと。自分のミスが原因で主人が乗った馬車が転落してしまった……それを悔いての自殺である可能性が高い。
『辛いだろうけど……何があったか話してもらえるかな?』
会話ができるくらいに体調が回復したノヴァを憲兵が訊ねてきた。
馬車の中での出来事を根掘り葉掘り聞かれたノヴァであったが……彼女の傍らに優しい母の姿はない。頼りになる父の姿もだ。
『お母様はどこ? お父様は?』
『…………』
ノヴァがそう訊ねると、憲兵は憐憫の表情になって黙り込んだ。
結局、ノヴァが両親の死を知らされたのは病院を退院してからである。
ブリュイ子爵家の当主代理になった叔父夫婦に引き取られて、彼らを後見人として育てられることになった。
それが地獄の始まり。
三年間にわたる、虐待の日々の入口だった。
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