第11話 剣と乱れ

「フンッ! フッ! ハアッ!」


 小さな波乱を起こした朝食が終わり、マルスは屋敷の敷地内にある鍛錬場へやってきた。

 鍛錬用の模擬剣を手にして、ひたすら振るう。


(何故だ……どうして、俺はこんなにも心を掻き乱されているのだ?)


「フンッ!」


 何もない空間に向けて剣を振りながら、マルスは乱れた心を鎮めようとする。

 考えがまとまらない時には剣を振るのが一番だ。

 昔からやっていたことの反復。剣を振っているだけで雑念が消えて、思考がクリアになっていく。


(まずは確認だ。俺の目的は『魔女を倒して世界を救うこと』。そのためにやるべきことは『ノヴァ・ブリュイを殺すこと』だ。ならば……俺はどうして、それができない?)


 剣を振りながら、自問自答する。


(殺せない。つまり、殺したくないということだ……何故?)


「フンッ!」


(魔女の色香に惑わされたか……否、色情に流されるほど俺の覚悟は脆くない。妖しげな術でもかけられて洗脳されたか……否、奴にそんな力はなかった。人を操るような能力があるのなら未来の世界でも使っていたはずだ)


「だったら……どうして、彼女を殺せないっ!?」


 また、剣を振るう。

「ブウンッ!」と模擬剣が勢いよく風を斬り、一つの結論が頭に浮かんだ。


「決まっている……俺が彼女に死んで欲しくないからだ」


 そう……殺せないというのならば、殺したくないと考えているに違いない。

 当たり前。迷ったり悩んだりする必要がないほどシンプルな回答である。


(どうして、死んで欲しくないのか……これも考えるまでもないことだな。彼女がとても『滅獄の魔女』に見えないからだ)


 未来の世界において、『滅獄の魔女』とは何度となく殺し合った。

 魔物を使役する能力を持った魔人。彼女が率いる軍勢と命を削って戦い、その中で多くの仲間を失ってきた。

 踏みにじられ、滅ぼされた故郷。守ることができなかった村や町。魔物に食い散らかされた人間達の亡骸。

 あの地獄のような光景を生み出した『滅獄の魔女』とノヴァ・ブリュイが同じ人間であるとはとても思えなかった。


(そういえば……俺は魔物を殺したことは数えきれないが、人を殺した経験はほとんどなかったな……)


『ほとんど』とあえて付け足したのは……治療不可能な怪我を負った戦友がそれ以上苦しまないよう、介錯をしたことが何度かあるからだ。

 ヴォルカン侯爵家はグロスレイ王国で最強たる武門の一族。治安が良く、その領内には盗賊や山賊の類はほとんどいない。

 未来の世界では魔女と魔物の対処で精いっぱい。人間同士の争いも少ないため、マルスも人を斬る機会はなかったのだ。


(そうだ……俺の剣は国と人々を守るためのもの。罪無き少女を斬るためのものではない。ましてや、天使のように清らかな彼女を殺すことなど……)


「フハアッ!」


 意図せず、思考が変な方向に行きそうになった。

 雑念を振り払うべき、強い斬撃を放った。


(そうだ……ノヴァ・ブリュイは今のところ、魔女でも悪人でもないように見える。演技である可能性もゼロではないが……それはこれから見極めれば良い)


「それでは、これからどうする?」


(殺せないのであれば、殺さなければ良い。ノヴァ嬢が魔女にならないように監視を続けるのだ。万一、魔女になってしまったのであれば斬る。そうでないのであれば………………彼女が幸福になれるように手を貸すのだ!)


「フウ……結論は出たな」


 マルスは素振りを止めて、剣先を下ろした。

 いつの間にか全身汗だくになっている。

 どれだけ時間が経ったのか日が傾いており、マルスの足元には長い影が伸びていた。


「参ったな……やり過ぎた」


 昼飯すら食っていない。

 いくら鍛錬が習慣であるからといっても、完全にやり過ぎである。


「素振りをしていると心が洗われるが……時間を忘れてしまっていけないな」


「あ……終わったんですね、マルス様」


「ぬおっ!?」


 急に声をかけられて、思わず声が裏返る。

 振り返ると……少し離れた場所。訓練の合間に休憩するための椅子にちょこんと座っている少女の姿。


「ノヴァ嬢……どうしてそこに……!?」


 いつの間にか背後にいたノヴァに、マルスが顔を引きつらせた。






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