第25話 『あなたの文字は、いまもそばに』


陽菜が眠ったあとの静かな夜。

結月はソファの横に小さな布箱をそっと持ってきた。


それはずっと、押し入れの奥にしまい込んでいた“自分だけの宝箱”。


パチンと金具を外すと、中には――

古びた便箋、柔らかな封筒、そして少し色あせたペンの跡が、静かに重なっていた。


(……あの頃、毎週のようにやりとりしてたなぁ)


結月と涼は、大学のころ数年間、遠距離で付き合っていた。

会えるのは月に一度くらい。

だから、お互いに週に一通、手紙を書いて送りあっていた。


開いた便箋の文字は、今より少し不器用で、けれど一生懸命で――


「結月が笑ってくれるなら、それだけで一週間頑張れる気がする」

「“大丈夫”って言われると、本当に大丈夫な気がするんだよ、不思議だよね」

「来月、会えたら、コーヒーじゃなくて紅茶を入れてみて。君の入れる紅茶、好きだから」


(……あの頃から、わたしの紅茶、好きって言ってくれてたっけ)


指でそっとなぞった文字は、今の涼と同じように、やさしくて、まっすぐで、どこかくすぐったい。



そして、その手紙たちを一通ずつ、ゆっくりと「思い出ポーチ」へと入れていく。

柔らかな布に包まれるたびに、手紙のぬくもりがよみがえる気がした。


そのとき――ふと、便箋の奥に、小さなハガキが挟まっていた。


【結婚式の前日】

「明日から、君の“いちばん近く”にいる人になります。

怒っても泣いても、ずっと一緒にいるから。よろしくお願いします。」



翌朝。

朝ごはんの後、涼がリビングで新聞を読んでいる隣に、結月はふわりと座った。


「……これ、覚えてる?」


差し出したのは、あのハガキ。


涼は目を丸くし、しばらく見つめてから、ほっと笑った。


「懐かしいな。……まさか、まだ持っててくれてたんだ」


「うん。昨日、“思い出袋”を作ったの。陽菜の絵を入れるやつ。

それで、自分用にも……って思って、開けたらこれが出てきたの」


「そっか……俺、けっこう真面目なこと書いてたんだな」


「ふふ、あなたの文字、いま読んでも、やっぱりまっすぐで、やさしい」


涼は少し照れたように笑いながら、コーヒーカップを両手で包み込んだ。


「そういうの、忘れないでいてくれるのって、うれしいね。

じゃあ、また書こうかな。最近、手紙なんて書いてないし」


「……うん。手紙もらうの、好きだよ。いまでも」



その日の午後。

《雑貨製作場》の「記録と保管」ページに、新たなアイテムが追加されていた。


『過去と今をつなぐポケット』

『夫婦文通セット(便箋+封筒+透明タグ)』

“Your words still live here.”

(あなたの言葉は、いまもここで生きている)


結月はそのタグに手を添えながら、小さくつぶやいた。


「ありがとう、昔のあなた。

いまのわたし、ちゃんと幸せだよ」

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