第13話 『やさしい香りをかたちにして』



月曜の朝。

いつもと同じリズムで始まる朝ごはんの時間――のはずだったが、食卓の空気が少しだけ明るかった。


「ママの和柄の袋、また売れたんでしょ?」

陽菜が、トーストをかじりながらうれしそうに言った。


「うん、昨日の夜、もうひとつ注文が入ってたの。今度はロサンゼルスの人みたい」


「ろさ……?」


「外国の街の名前よ。向こうでは“FUROSHIKI”って言って、お弁当を包んだり、小物を持ち運んだりするのに人気が出てるんだって」


「へえぇ……!」


陽菜は尊敬の眼差しでママを見上げた。

横では、涼がコーヒーを飲みながら笑っている。


「静かに人気が出てきてるな。“結月ブランド”」


「やめて、照れる……でも、もっと色々試してみようとは思ってるの」



その日の午後。

家事をひと通り終えた結月は、白い本を開き、《酒類製作場》のページをめくった。


(今度は、お酒じゃなくて――お酒みたいな“飲みもの”)


心に思い描いたのは、

大人がほっと一息つけるけれど、アルコールではなくて、香りと雰囲気で満足できるような一杯。


ほんの少しだけレモンバーム。

果樹園で育てた白ぶどうと、ローズマリー。

あとは、ほのかに甘くてすっきりしたベース――そんな素材をイメージすると、

木のカウンターに、小さなガラス瓶がすっと現れた。


中身は、淡い黄金色の液体。

香りはワインにも似ているけれど、口に含むとすーっと広がるハーブの優しさが際立つ。


(……これは、“香りを飲む”っていう感覚かも)


試しに小瓶に詰めて、冷やす。


ラベルは貼らず、代わりに小さな手書きのタグだけをつけた。


『Herbal Essence Drink(non-alcohol)』

“やさしい気分を、ひとくち。”



その夜。


夕飯後のくつろぎ時間、

テーブルにその小瓶を置いて、涼にそっと差し出す。


「また何か作ったの?」


「ノンアルだけど、お酒みたいに飲めるやつ。よかったら感想を」


「……これはまた、雰囲気あるな……。うわ、香りがすごい。リラックスできる……」


陽菜も興味津々で鼻を近づける。


「飲んでもいいの?」


「ちょっとだけならね。大人向けだけど、強くないから」


ふたりで少しずつ味わって、最後には「これ、売れるよ……」と涼がぽつり。


「売るなら、“飲みもの”って書かないとね。“香りシロップ”とか、“大人のハーブドリンク”とかにすれば、きっといけると思う」


「おしゃれな名前がいいなー。“月のしずく”とか?」


陽菜の発案に、思わずふたりで笑ってしまう。



その夜、寝室で本を閉じながら、結月は静かに思った。


(この本の力で、大きなことをしたいわけじゃない。

でも――ちゃんと届けたい。私の気持ちを、ていねいに)


いつか、“香りを贈るお店”ができたら。

夫と娘に見守られながら、そっと誰かの暮らしに寄り添えるような、

そんな物語が続いていくといいな――





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