第12話 『はじめての注文と、これからの話』
日曜の午後。
庭先の洗濯物が風にゆれているのを眺めながら、結月はソファに腰かけてスマホを手に取った。
フリマアプリの通知が、控えめな音で鳴っていた。
(まさか……)
恐る恐る画面を開くと、出品していた和柄の小さな手提げ袋に――「♥いいね」のマークがついていた。
しかも、英語のコメントでこんなメッセージが添えられていた。
“This is so lovely. Reminds me of my trip to Kyoto.
I’d love to use this for my lunch box.”
(すごく素敵ですね。京都旅行を思い出します。お弁当に使いたいです。)
(……え……)
胸の奥が、ふわっと温かくなった。
(知ってる人に――見つけてもらえた)
ほんのり赤みのある藤色の和柄と、ちいさな手縫いのタグ。
「日本らしさ」が強すぎず、でも確かにそこにあるように……と、悩んで選んだデザインだった。
すぐに「ありがとうございます。心を込めて作りました」と英語で返事を打った。
そのあと、ぽん、ともう一つ通知が届いた。
**「購入済み」**の文字。
(えっ……ほんとうに……)
⸻
夕方。
お茶の時間、テーブルにマグカップを並べながら、結月はそっと口を開いた。
「……フリマで、売れたの。和柄の袋」
「え、ほんとに?」
「うん。外国の人みたい。京都のこと思い出したって……“お弁当に使いたい”って言ってくれた」
涼は少し驚いた顔をしたあと、にっこり笑った。
「やっぱり結月のセンス、海外でも通じるんだな」
「いやいや、たまたまだよ。でもね……なんだか、うれしかった。
“映える”でも、“有名だから”でもなくて――
その人にとって、“思い出とつながる何か”だったんだと思う」
「……わかる。なんか、そういうのがいちばんいいな」
⸻
しばらく無言で紅茶を飲み合っていたあと、結月はぽつりと言った。
「これから、どうしようかなって、ちょっと思ってて……
いろんな物をつくって、少しずつ広めていきたい気持ちもあるけど、
“秘密の本”のこと、全部使っていいのかなって……」
「……そっか。難しいところだね」
「法律のこともあるし、たとえばお酒なんかは売れないし。
でも、“おいしい気持ち”とか“嬉しい気持ち”は、誰かに届けたいなって思ってて」
涼はテーブルの縁を指先で軽くなぞりながら、ゆっくりと話し始めた。
「――無理に“大きくする”必要はないんじゃないかな。
伝わる人にだけ、届けばいい。
でも、それを届けるには、ルールの中で工夫がいるってことだよね」
「うん。お酒も、“ハーブシロップ”としてなら出せるかも。
甘酒や発酵ジュースみたいにして……」
「それだ。そうやって、味や香りはそのままに、“名前と形式”を変える。
結月のものづくりなら、そういう“やさしい変化”がきっとできる」
「……ありがとう、涼。なんか、吹っ切れた」
結月は深く息を吸い込んだ。
本の力に頼りすぎないこと。
でも、本の力を“誰かの気持ちの支え”にすること――それは、悪いことじゃない。
⸻
夜。
陽菜が寝静まったあと、結月はひとり、衣服製作場へ足を運んだ。
出品予定の「新作ランチクロス」の試作をするためだった。
今回は、生成り色の麻に、紺の組子模様。
使う人が「ちょっとだけいい気分」になれるような、そんな布使いにしたかった。
「次の注文、来るといいなあ」
声に出したその瞬間――
白い本が、ふわりとページをめくったように微かに光った。
(……まだまだ、この世界は広がるんだ)
⸻
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