姫騎士ヴィクトリアの戦場

虎馬チキン

1 プロローグ

 大小様々な国がひしめき合い、そこかしこを魔物が闊歩し、そのパワーバランスが良い感じに釣り合って、概ね平和な時代が続いていた西大陸。


 半年前、そんな西大陸に、海の向こうから強大な侵略者が攻めてきた。


『殺せ! 奪え! 踏みにじれ! 偉大なる皇帝陛下がそれを望まれる!』

『『『ハッ!』』』


 広大な北大陸の全土を支配下においた超大国、テューポーン帝国。


 百万人を越える兵士、圧倒的に高性能な武具、幾人もの一騎当千の英雄達に、それすら超越する化け物ども。


 そんな怪物国家が利益を絞り取るための植民地を求めて海を渡り、この西大陸に進出してきたのだ。


 そして今──


『おおおおおおおお!!!』


 そんな帝国軍が誇る英雄の一人、『略奪将軍』と呼ばれる軍服を着込んだ髭面の大男が、帝国式の最新鋭装備を使って敵対者と戦っていた。


 魔術の杖の超改良版『魔銃』を束ねた回転式機関砲『ガトリング』と呼ばれる兵器。


 この大陸に渡ってから何百何千という将兵を蹂躙し、彼らの守ろうとした女子供を好き勝手に凌辱してきた圧倒的な力。


 それを許されるほどの暴力の化身が──何もできない。


『なんなのだ、貴様はぁあああ!?』


 敵は連射される魔術の雨を剣一本で斬り払いながら近づいてくる。


 あり得ない。秒間数十発の中級魔術の雨だぞ。

 下手な上級魔術より殺傷力の高いこの攻撃を、そんな簡単に………!


『ぐぁああああ!?』


 やがて完全に距離を詰められ、敵対者の剣が彼の両腕を斬り飛ばした。


 率いていた屈強な部下達は、討ち取られるか捕らえられるか逃げるかで壊滅。


 地雷や大砲のような兵器もまるで効かなかった。


 最後に残ったガトリングを撃つための両腕も失った今、もう抗う術は無い。


「はぁ……」


 戦う力の全てを奪われて崩れ落ちた男を見て、敵対者は落胆のため息をつき──



「女を犯すことしか考えてない下衆に屈辱の敗北をしてお持ち帰りされて監禁調教されて肉○器にされて孕まされて屈辱と絶望の中で肉欲に溺れた生活がしたい」



『……………………なんて?』


 地面に蹲る将軍は、自らを討ち破った強敵が口走った言葉が一瞬理解できず、脳がバグるのを感じた。


 あれ? もしかして西大陸の言語、間違って覚えた?


「確かにお前達は強かった。私以外だと我が国の最精鋭でなければ相手にできないだろう。だが、私に比べれば遥かに弱かった。ゆえに、どうしてもこう思ってしまう」


 ──拍子抜けだ。


「この程度なのか『略奪将軍』ドゲスティエール・バンデッド。数多の国を滅ぼし、数多の男達を虐殺し、数多の女達を攫って地獄を見せたという怪物よ」


 冷たい目で、抑揚の無い声で、一切の感情を感じさせない氷のような無表情で、その女はドゲスティエールを見下ろしていた。


 抜群のプロポーションに、あまりにも整い過ぎた怜悧な美貌。

 真っ白な肌、黄金の髪。


 先ほどまでは感情を捨てた歴戦の戦士にしか見えず、必ずや自分のものにして、その澄ました顔を屈辱と絶望で歪ませてやると欲望の炎を燃やしていたのだが、不思議と今は180度違った感想しか浮かばない。


「貴様なら、この私の『餓え』を満たしてくれるやもと思ったのだがな」


 ナイツ王国第三王女にして、王下騎士団団長。

 『姫騎士』ヴィクトリア・D・M・ナイツ。

 齢十八にして、ナイツ王国最強の座に君臨した女傑である。


「さらばだ。欲望に染まった悍ましき怪物よ」

『いや、欲望の悍ましさなら貴様も大して変わらな……ぎゃあああああ!?』


 問答無用!

 ヴィクトリアは容赦なく騎士剣による一撃をドゲスティエールに叩き込んで気絶させる。


 殺しはしない。

 これからは帝国の情報を搾り取るために尋問の日々だ。羨ましい。


「ひ、姫様ぁ! 姫様がやってくださったぁ!」

「姫騎士様万歳! ヴィクトリア様バンザーイ!」

「ありがてぇ……! ありがてぇ……!」


 陥落寸前だった砦に籠もっていた兵士達が歓声を上げ、何割かは女神でも見るように拝み始めた。


 それを見て、民衆の前で裸に剥かれて慰み者にされ、興奮が隠せずに本性がバレて、皆に罵倒されて更に気持ち良くなる自分を想像してしまったヴィクトリア。


「…………」


 お腹の奥がキュンとなるのを堪えながら、ヴィクトリアは敵軍の残党を掃討。


 砦の兵士達に「私が来るまでよく耐えた」と労いの言葉をかけておいた。


 十割が女神を見る目になった。

 やめろ。そんな目で見るな。


◆◆◆


「ヴィクトリア。まずは帝国の悪鬼の討伐、見事であった」

「光栄です、陛下」


 ナイツ王国王城、謁見の間。

 玉座に座る『国王』ガヴァリエーレ十五世は、臣下と民草を守るために脇目も振らず飛び出していき、強大な敵を討ち倒して帰ってきた騎士の鑑のような娘を前に、まずは称賛から入った。


「しかし、王族がホイホイと城どころか王都の外に飛び出していくのは褒められたことではないぞ」

「申し訳ございません。命令を待っていては手遅れになると判断し、独断で動きました」


 それはそうだろう。

 彼女が団長を務める王下騎士団は、ぶっちゃけ官職にあぶれた貴族の次男三男の受け入れ先だ。


 出撃命令が下されることなどまず無いお飾り騎士団。

 だからこそ、どうしても騎士になりたいとワガママを言ったヴィクトリアの入団を許した。


 それが蓋を開けてみれば、こんなことに……。


「帝国の力は想像を超えておりました。私が行かねば今頃は……」

「ヴィクトリア。今はお前の浅慮な行動を叱責する時間だ。話をすり替えるのは感心せんぞ」

「……申し訳ございません」


 可愛い娘の小癪な策に、王は「まったく……」と思いながらも少しだけ頬を緩めた。


「では鞭打ちでも投獄でも、処罰はお好きなように」

「うむ。ならば城での謹慎一ヶ月に処す。その間は部下の教育に専念せよ」

「……寛大なお言葉、深く感謝申し上げます」


 とか言いつつ、結構不満そうにしてんじゃんと王は思った。


 誰かのために戦えないのがそんなに辛いか。

 本当に騎士の鑑のような高潔な精神だが、もう少し我が身を大事にしてほしい。


 ……なお、お父さんは娘の歪み切った性癖を知らない。

 ヴィクトリアにも分別というものがあるので、誰にも話していないのだ。


 ドゲスティエールの時は、ちょっと期待と落胆が大き過ぎて口が滑っただけなのだ。


「以上だ。下がれ」

「失礼いたします」


 玉座に背を向けて立ち去るヴィクトリア。

 ……ドレスアーマー越しだというのに、その胸や尻に邪な視線を送る貴族達の多いこと多いこと。


 さすが、王がその美貌に惚れ込んで娶った妾の子と言うべきか。

 お父さんは「オホン」と一つ咳払いして猿どもを正気に戻し、次いでため息をついた。


(胃が痛い……)


 あんな男の情慾を煽る体で戦場になんて出たら、官能小説のような末路しか辿らないだろうに。


 戦場に出てくるのは、大半が恐怖と興奮で理性のリミッターが外れた獣達なのだから。


◆◆◆


(鞭で打たれたい裸で牢屋に入れられたいむくつけき男に飼われたい徹底的に尊厳を踏みにじられたい○○○に○○○を○○○して○○○されたい)


 一方、お父さんの心配をよそに、謁見の間を去った変態娘は。


 ドゲスティエールが期待させるだけ期待させて期待外れに終わったせいで持て余してしまった性欲を、貴族達の舐めるような視線で刺激されてしまい、頭の中が煩悩で破裂しそうになっていた。


(ああ、くそ……! あの日から日増に欲求が増していく……!)


 思い出すのは数年前。

 そういうことに興味を持ち始める年齢になった頃、うっかり地下牢に迷い込んで、ノリノリで敵国の女スパイをイジメる父を目撃してしまった時のことだ。


 しばらくガッツリ食い入るように覗き見して、戻ってからもあの光景が頭から離れず、いつしかあれを思い出しながら自分で自分を慰めるように……。


 おい国王。テメェのせいじゃねぇか。


(もう限界だ。いっそこの場で全裸になって尻を突き出していれば下衆の一人や二人くらい簡単に釣れ…………ダメだダメだダメだ。私は誇り高き王家の血を継ぐ者だぞ!)


 際限無しに膨れ上がる欲望に、ヴィクトリアは鉄の意志で蓋をしてポーカーフェイスを保つ。


 一つ断っておくが、彼女は決してイカレポンチの類ではない。


 ちょっと性癖が歪んでいて性欲が強すぎるだけで、その性格は民を守り、臣下達の先頭に立ち、どんな困難に見舞われようとも国を守るという強い意志を持った姫騎士の鑑だ。


(静まれ……! 我が闇の人格よ……!)


 だからこそ辛い。

 大き過ぎる衝動を抱えているのに、なまじ精神力が強すぎるせいで破裂できない。


 王族としての責任感と、我慢できないほどのドス黒い欲望。

 その板挟みになった彼女が出した結論こそが「精一杯頑張った末に、どうしようもない強敵とぶつかってやられてお持ち帰りされたなら仕方ないよね!」である。


 だから、彼女は王族でありながらワガママを言って騎士になった。


(しっかりしろ……! いつか敗北するその時まで、王族として、騎士として全力を尽くすのだ……!)


 なお、ヴィクトリアは無駄に騎士としての才覚に満ちていたらしく。


 不純極まる動機で剣を取ったという罪悪感を振り払い、それでも私は精一杯やったという言い訳を成立させるために、一切の妥協なき全身全霊の努力で圧倒的な才覚を磨き上げた結果、軽く人間の領域を超越するレベルで強くなってしまった。


 どこまでも性癖と性格と立場と能力の折り合いがつかない。

 ヴィクトリア・D・M・ナイツ、あまりにも悲しい生き物だ……。

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