駅前のマクドナルドにて

《ここまでの話》

黒猫レヴナントが喫茶Paradisoから姿を消した。

偶然出会った黒人の、声帯の無いろうあ者のおばあさん、「ミセス・ウィークエンド」の占いに従って、「私」たちは猫を探し始める。

魚釣り、ペットボトル・ロケットの打ち上げ、ニトリでのバグ技じみた行為――色々あった末、占いが示す「すべき事」はこれで完遂した。

黒猫は見つかるのか。そして端々で見え隠れする、ミセス・ウィークエンドの本当の姿とは。


主な登場人物

・私(語り手) 

Y市の高校一年生。新作ゲームにうつつを抜かし、年末の中間テストで散々な結果を残した。

・ケイ(長良 景子)

Y市の高校一年生。「私」のクラスメイト。くせ毛気味の黒髪ショートヘア。ちっこい。いつもやる気の無いジト目と平坦な声をしていて、何を考えているのか分かりづらい。

・サキ

Y市の高校一年生。「私」たちのひとつ隣のクラス。良く下校時に二人に置いていかれる。長い金髪をポニーテールにしている。スラッとしていて、朗らかな笑顔と目の持ち主でクラスの人気者。喫茶店Paradisoの店主の娘で、忙しい時は店の手伝いをする。喫茶店で黒猫レヴナントを飼っている。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 私は駅前のマクドナルド前にいた。路上に面した開放型のオーダー・カウンターで、ホット・コーヒーとソーセージ・マフィンを注文して、右隣にある階段を上がって二階に足を運ぶ。

 私は奥まった場所にある席に座った。ソーセージ・マフィンを齧っていると、LINEの通知でスマホが震えた。サキちゃんからだった。今日も大事を取って学校を休むらしい。

 私が昨日と同じように、無理をしないよう彼女に伝えると、そのすぐ後に、またケイから三国志のスタンプ(モブキャラが「ウム!」と力強く頷いてるやつ)が届いた。

 食べ終えると、まもなく約束の時間だった。


 どんな話をされるのだろうか。私はホット・コーヒーにフレッシュと砂糖を入れ、紙カップをかき回しながら考えた。

 ミセス・ウィークエンドには聞きたいことが山ほどあった。彼女はそれに答えてくれるのだろうか。仮にそうだとして、私はそれに納得出来るのだろうか。

 あと、こんな時間にマクドナルドに一人でいる高校生が、一体周囲からどのように見えるのだろうか。



――分からなかった。分からなかったが、私はある事実に行き当たった。

 私はミセス・ウィークエンドを疑っている。一連の出来事は全て彼女の計画した事で、私たちは彼女によってかき乱されている、と。


 目を閉じると、昨日の授業中に調べていた事が、瞼の裏を縦横無尽に駆け巡る。

 私の中で膨れ上がったミセス・ウィークエンドに対する猜疑心は、散発的な思いつきや無理やり結びつけたこじつけの域を脱して、いよいよ私の思考に直接“つながる”に至った。

 展開される思考の連なりに、それは既に何の違和感も無く入り込んでいた。


 単なる思い込み。偶然の産物。全ては単なる不幸の連鎖に過ぎない。そうと言い張る自分がいる一方で、もう一人の自分が声高に主張を繰り返す。

 つまり、黒猫レヴナントを何処かに隠したのも、そのせいで精神的に参ってしまったサキちゃんが体調を崩したのも、まさにミセス・ウィークエンドが企んだ陰謀である、という主張。分かっていない事は、どうしてそんな事をするのか、という事だけだ、と頭の中に声が上がる。


 私はどちらの手を取って決着を宣言すれば良いのか、分からなかった。思考が何度も同じ軌道をぐるぐる行ったり来たりする――およそ、堂々巡りだった。

 むしゃくしゃしてコーヒーを一口啜ると、喫茶Paradisoのコーヒーとはまるで違う味がして、その違和感に思わずむせそうになった。


 10時きっかりに、ミセス・ウィークエンドは姿を現した。私は彼女をしっかり見据えて、その一挙手一投足を注意深く観察した。

 彼女は両手でトレイを持ちながら、入口付近に姿を見せた。しばらく立ち止まって私の姿を探していた。

 やがて私を見つけると、口元に微笑を作って私の座る二人がけのテーブルの対面に座る。


 相変わらずサイケデリックな柄セーター(もちろん、胸元にソラールの紋章入り)だった。

 彼女は冬だと言うのにシェイクを頼んでいる。


――胡散臭かった。

 が、よく考えたら私も似たような事するなと思い至る。

 先入観で判断すべきではない。これからもっと大きな判断が待っているなら尚更だ。私は小さくかぶりを振った――冬の日にこたつで食べる「雪見だいふく」の素晴らしさを、脳裏に思い描きながら。


【お待たせしました】


 席に着くなり、ミセス・ウィークエンドはタブレット端末の画面に映る文章を私に見せて、そう伝えてきた。私が両手を使って、手話での「おはようございます」をやってみせると、彼女は目を丸くしてスマホにメッセージを打ち、私にその画面を見せる。


【驚きました! おはようございます、そしてありがとうございます。サキさんに教わりましたか?】


 私は彼女の目を見ながら頷いた。続けて、LINEで彼女にメッセージを送った。


【この前、N東公園に行く時、サキちゃんにバスの車内で少しだけ教えてもらいました。それと、コミュニケーションはLINEでやればいいのではないでしょうか?】


 Paradisoで彼女が占った時とは違い、私たちはLINEのIDを交換している。わざわざお互いのスマホ画面を見せ合いながらやり取りするのは、ちょっと煩わしい。

 すると、ミセス・ウィークエンドは肩をすぼめて、私にLINEを送った。


【確かにそうですね。昔からの筆談の名残りでこのクセも抜けませんもので。そうしましょう】


 私は自分のスマホを机の上に置いて、彼女の表情と文章の両方をすぐに見られるようにした。またLINEの通知が鳴る。


【さて! 聞きたいことは山ほどあると思います。そして、私の方も伝えたいことがたくさんあります。ですが、お話を始める前に断っておきたいことがあります。すんなりとは受け入れられない“提案”でしょうけど――宜しいですか?】


 私は文章を確認しながらも、ミセス・ウィークエンドの表情の変化を観察する。彼女の目が物語る情報を見逃したくなかった。彼女の口角の角度や口の開き方が示す“兆し”をひとつ残らず受け止めたかった。

 ミセス・ウィークエンドは私の返答を待つ間、伏し目がちに私を見つめ返した。まるで私を試すような視線だった。

 私はスマホでメッセージを返した。


【大丈夫です。多分】


 私はまず、相手の話を聞くつもりだった。そうしておいて、出方次第では、例のネットに書かれていた事を使って、追求するつもりだった。

 ミセス・ウィークエンドの次の言葉はこうだった。


【あなたは霊的な存在を信じますか?】


……なるほど。すでに計画は仕上げに差し掛かろうとしている、という訳か、と私は思った。

 色々な捉え方が出来る言い方だった。色々な話の持って行き方もあるだろう。

 宗教への勧誘?

 もっともらしい情報による“はぐらかし”?

 それともいよいよ私も呪われる?

 サキちゃんとは違う手法で、私を絡め取ろうとしている?

……邪推に身を任せているとラチがあかなかった。それに何だか下らない、と思った。

 もっと価値のある話をすべきだ。とにかく今は話を聞くべきだった。


【信じるか……と聞かれれば、とりあえず信じてはいません】

【それは何故?】


 私は返答に少し困った。


【いるわけないし、いたら困るから】


 私がそう答えると、矢継ぎ早にLINEにメッセージが送られてきた。


【ご立派な一般論をどうもありがとうございました】

【お次は見たこと無いから? 実証されていないから?】

【やれやれ! 、あなたと話していると、まるで服を来て歩く「一般論様」を相手しているようです! たいそうご立派ですね! 言うならば、法人登録されて人格を与えられた一般論様。そんな手合を相手にしている気分ですよ!】

【ちょっぴり聞き方を変えて、もう一度聞きましょう! 幽霊はいると思いますか?】


 私は少しむっとした。何もそこまで言わなくても、と思った。表情や態度に出てしまっていても不思議ではなかったが、それを確認する余裕はあまりなかった。


【いないんじゃないですか】

【会ったことがあるのに?】


 私はどうすべきか迷い、少し文章を送るのが遅れた。


【どういう意味でしょうか】

【そこは「何故知っているのか」だと思いましたが、そうきましたか! 大丈夫ですよ。決して、あなたを攻めている訳では無いのです。これは単なる確認です。あなたがどう心得ているのか知りたいだけなんです。まずはそれを私が把握しなくては、どう話すべきか、その道すじが分からないのですよ】


 文章が長いし、送られてくるスピードが凄く早い。

……そういえば、いつの間にか私は自分のスマホ画面しか見ていなかった。

 慌ててミセス・ウィークエンドを見ると、彼女は折りたたみ式のソフトキーボードを使っていた。ブルートゥースのやつ。入力速度が早いわけだ。


 純粋にずるかった。私は負けじと指のタップで応戦した。


【さっき、あなたは「聞いていた通り」と言いましたけど、そんなデタラメな事を誰に聞いたんですか。】

【少し説明の順序が変わりますが、まあ良いでしょう。正直に言います。あなたのに聞きました】

【井之頭五郎? あの子、割と意味なく嘘つきますよ】


 私がケイのLINEでの名前を挙げて様子を窺うと、首を横に振られる。


【ノー。彼女ではありません。ナナミさんですよ】

 それは去年死んだ友達の名前。


――いや、まだだ。まだ分からない。落ち着こう。こんな事はまだ“読み合い”の範疇だ。私の事と去年の火災事故の事を調べ上げて、被害者のリストと私を照らし合わせれば、このような“ハッタリ”も可能だ。

 映画とかでも良くある。

 例えば若くして誰か身近な人を亡くした人間が、死んだ人が忘れられなくて、占いとか降霊術とかに興味を持ってちょっと試してみる、みたいな展開。

 私がそれを試したかもしれない、とカマをかけているのかも。私は“かます”事にした。


【誰ですか? 私の友達にそんな名前の人はいません】

【短い時間でしたが、彼女からは全部聞きました。あなたが小さい頃、初めて抜けた乳歯は左上の奥歯。中々抜けなくて炎症を起こしたので、歯科医だったナナミさんのお父様に施術して取ってもらいましたね? それと、少し前に撤退したショッピングセンターで、あなたは小さい頃、ナナミさんとゲームソフトを買いに行きましたね? それから売り場では、どちらがどちらのバージョンのソフトを買うかで喧嘩しましたね? まだまだ教えて貰ったことは、たくさんありますよ】

【嘘ついてすみません、幽霊と会った事あります】


 即、お手上げだった。先程から緊張で貼っていた肩の力が勢い良く弱まった。

 ごめんなさい、完敗です。グッド・ゲーム、gg。


【宜しい! まあ正直に言いますと、実はこれで知っていることはほとんど全てだったんですが。いかんせん彼女とは、“ごく短い間一度だけ”お会いしただけでしたから、あまり一人に多くの時間とMPを割けなかったもので】

【お会いした? MP?】

【ちゃんと説明しますよ。まずは始めの一歩からです。最も、おかげで導入の大部分は省略出来ました。】


 ミセス・ウィークエンドはここまでメッセージを送り、それから少ししてこう追加した。


【見ての通り、私は霊能力者です】


 私がスマホの画面から、ミセス・ウィークエンドの顔の方に視線を移すと、彼女は片方の口角を上げて、にやりと笑っていた。海外のドラマならここでブラックアウトして次回に続く――そんな劇的な瞬間の再来だった。

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