奇妙な指示と、突然の再会

 YC駅前のビル火災――それは当時、全国ニュースになる程の大きな騒ぎだった。


 去年の10月、Y市における中心街であるYC駅前の4階建てのビルから火の手が上がった。全焼だった。逃げ遅れた6人が死亡し、27人が重軽傷を負った。

 死亡した6人のうちの一人は、私が良く知っている人物だった。

 家が近く、物心ついた頃から一緒にいた友達。

 当時、父親は街の歯科医師で、母親は私たちが幼い頃に病気でこの世を去っていた。その父親との外出中に立ち寄った、4階にあるレストラン――そこが彼女の最後の場所になった。私と同い年で15歳だった。


 家族内の唯一の生き残りとなった父親は、事故以来姿を消した。家もいつの間にか売り払われていた。噂では遠く離れた北の方、彼の実家がある場所で、ここにいた時と同じように歯医者をやっているらしい。


 おびただしい瓦礫、僅かに燃え残った一画、ふらふらと宙を漂うすす。健在だった頃の名残。かつて“何らか”であった物の成れ果て達――敷地に残されたそれらは、数週間かけてすっかり片付けられ、黄色いフェンスがその悲劇を覆い隠すように囲んだ。

 その効果はで、生き残った人々は誰が言うでもなく、その中央を目印に献花を供えた。

 それは犠牲者を悼む供養塔だった。胸のざわつきを抑える鎮静薬。生々しい痛みを伝える為の代替物。

 この街の歴史書に記される事になる、1ページ分にも満たない単なる


 当時の私はそう言った熱心な人たちとは違い、ほとんど何もしなかった。何もする気が起きなかったから。

 そのかわりに私は時々その場を訪れては、お供え物やお供え物をする人たちの肩越しに黄色のフェンスを見つめていた。その向こうにあるであろう空っぽの敷地を想像しながら。向こう側には、まだ何かが隠されているのではないか、という薄っぺらな期待を胸の内に隠しながら。



 喫茶Paradisoから歩いておおよそ15分、私たちはニトリに到着した。

 大きな河川沿いの国道に建てられた立派な二階建ての箱物。大きくて小綺麗な駐車場を横断して、私たちは入口前で待機する。


 サキちゃんがミセス・ウィークエンドにグループLINEを送ると、はやくも返信が来る。三人とも自分のスマホとにらめっこしてそれを確認し、店内に入っていった。


 私もケイもここに来るのは始めてだった。サキちゃんは喫茶店の調度品を買いに何度か利用したことがあるらしい。

 広々とした店内をぐるりと見回す。日曜日という事もあって、至るところに買い物客がいた。私は早速、仕事に取り掛かる事にした。


 ミセス・ウィークエンドの指示はいくつかの段階に別れていた。まず前提条件として、私がこの儀式の一部始終を行う。あとの二人は私がこれから行う事を、知ってはいけないらしい。

 こういった儀式には秘密が伴う――もっともらしい理由だったが、イマイチ納得はいかなかった。


 第二に、指示はひとつずつ私の個人LINEの方に送られてくる。

 私が完了の報告を入れると、また次なる注文が送られてくる。その繰り返し。

 なぜ私がやるのか、その理由についてはどこにも説明がなかった。


……まあいいや。今更、だしね。


 という訳で、サキちゃんとケイにはウィンドウショッピングでも楽しんでもらうことにして、私だけがこの不明瞭な儀式に参加する。


 最初の指示。店に入って右手側、一番奥にある壁掛け時計のコーナーまで移動しろ。

……私は指示通り、時計コーナーまで歩いていった。壁面を見ると、色々な種類の時計が掛けてある。

「着きました」と私がメッセージを送る。すぐに次の指示が返ってくる。


 指示その2。「猫のシルエットの壁掛け時計」があるから、それの長針と短針を12時きっかりに合わせる。

――勝手に弄っちゃって大丈夫かな? 私がどうしようか迷っていると、追加の文章が送られてきた。


【心配しないで大丈夫。その店の店長と私はちょっとした知り合いです。今日の事も言ってあります。彼女とはしょっちゅう一緒にマインクラフトを遊ぶ仲です。彼女、家具店で働いているだけあって、拠点を装飾するセンスも良いんですよ!】


 見透かされたようでちょっと不気味だったが、許可は取ってあるらしい。とはいえ、他のお客さんに見られると流石に気まずい。

 私はきょろきょろしながら、やや高い位置に掛けてある猫の時計を、つま先立ちで取り外した。それから長針をいじって12時ちょうどに時間を合わせ、すぐに時計を元の場所に戻す。

 私がLINEで報告すると、また新しい指示が来る。


 指示その3。寝具売り場にあるベッドのいずれかで横になる。

 それから小声で良いのでKANの「愛は勝つ」の最初のサビを歌う。

 もちろんその前に台所用品のコーナーでステンレス・ストローをふたつ取ってきて、それを左右の手に持ったままにするのを、忘れずに。


「もちろん、忘れずに」かぁ。

……なんだか皆さんご存知、みたいな言い方をされた。

――宜しい、分かりましたとも。


 ここからはスピード勝負だ。私は早足で台所用品のコーナーに向かい、ステンレス・ストローを探して手に取った。それから勢いを殺さないまま寝具コーナーに向かい、慎重にベッドを吟味する。

 やはり隅にある、あのベッドが良さそうだ。お客さんの往来もほとんど無い。

 私は自分の観察眼を信じて、仰向けに横たわった。

 両手に持ったストローは台紙付きのパッケージだったので、潰してしまわないように親指と人差指でつまむように持って胸の前でかざした。

 私は小声で歌い出す。


「よ~ぞら~に、りゅうせいを~」


 自分でも聞いたことがないほどの震えあがった歌声だった。体温が上昇していく。焦点が定まらない。視界が歪み出した。耳鳴りもする。


「ど~んな~に、こんなんで~」


 喉の奥がイガイガする。ストローを持つ指先が小刻みに震えるのを止められない。


「さいごに、あいは、かつ~」


 歌い終えた私は、全身をバネのようにして勢い良く飛び起きる。まるで灼熱のベッドから転げ落ちるようだった。


……なにはともあれ、やり遂げたのだ。私はストローを元にあった場所に戻して、ミセス・ウィークエンドにLINEを送った。


 指示その4。時計を一切見ずにレジカウンターまで行って、店員に今何時か訊く。偶数分だったら「ありがとうございます」、奇数分だったら「Have a nice day!」と元気よくお礼を言う。


 頼むから、偶数であって欲しかった。私はレジカウンターに向かった。レジにお客さんは一人も並んでいない。今がチャンス。私は青い縁のメガネをかけた50代くらいの女性に時間を訊ねた。

「今ですか? 今は、13時30分です。ええ、どうも――あら、ずいぶんと大きな声。元気あっていいねえ。って大丈夫? あなた顔真っ赤! 目もぐるぐるしてるし、涙出てるわよ? 具合でも悪い?」



 指令その5。二階に上がる。

 ……私はそうした。


 二階はショールームになっていた。居間や食卓、キッチンといったシチュエーション毎のレイアウトがいくつも展示してあり、それぞれ異なったテーマやコンセプトで家具が配置されている。

 ひとつずつ見て回るのは楽しそうだったが、そんな余裕はもう無かった。私は二階に上がる途中のエスカレーターで、既にミセス・ウィークエンドに向けて報告のLINEを送り終わっていた。指令は次で最後だった。


 最後の指令。食器棚のどこかにミセス・ウィークエンドが“ある物”を隠した。それを取ってくる。

 私が“ある物”の正体を訊こうとLINEに文字を打ち込んでいると、その途中で彼女からメッセージが来た。


【それはあなたが良く知っている物です。一目見ればすぐに分かります。あなたがそれを見た時、展示物にはまず見間違えません。これは確信を持って言っています】


 私はショールームの奥にあるキッチンコーナーで、いくつかの戸棚を開けて回った。

 大理石を模した格式高そうな石の台……ハズレ。

 木目調の温かみ溢れる台……ハズレ。

 ホワイトカラーで統一された、匿名性の高いクールな台……ハズレ。


 私は次第にムキになっていった。そんなだから、キッチンコーナーを徘徊して棚という棚を物色して回る怪しい人物、という客観的な視点は、やがて私の頭からすっ飛んでいった。


 それが見つかったのは9台目のキッチンだった。こげ茶色の調度を備えた、シックなデザインのキッチン。私がダメ元で頭上の戸棚を開けると、それは突然見つかった。

 それはセフィロスだった。

……アミーボのやつ。彼は戸棚の天板にテープで固定されて“逆立ち”の格好だった。


 信じられなかった。私はいったん扉を閉め、一息ついてからもう一度ゆっくり開けた。

……やはりセフィロスがいた。片翼のやつ。

 愛刀の正宗を逆手に持ち、クールなポーズを決める“それ”。挑発するように俯き、不敵な笑みを私に向けるソルジャークラス1st。


 色んな意味で、展示物と間違えるはずもなかった。私は両目を手で覆い、助けを求めて天を仰いだ。当然のように誰も助けてはくれなかったので、私は大きなため息をついた。


ちょうど2ヶ月前の私自身と同じように。

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