December's Sky

 ペットボトルロケットは思っていたより早く出来上がった。

 はじめは私とサキちゃんが顔を並べて説明書を見ながら、あーでもないこーでもないと中身の薄い確認作業を繰り返しているばかりで、一向に物事が進まなかった。

 遅々として始まらない作業。過ぎていく時間。たまに聞こえてくる小鳥のさえずりも、私たちの間抜けさを強調する伴奏のひとつに過ぎなかった。


「説明書、貸してよ」

 横で暇そうにあくびを繰り返していたケイが、ある時点でそう言った。

 私たちが物惜しげに説明書を寄こすと、彼女は一度だけそれをじっくり読み込み、やがて私たちに仕事を振り分ける。

 ケイはまず、二本のペットボトルのうち一本の頭頂部と中央部をカッターとハサミで切り出した。随分慣れた手つきだった。サキちゃんがそれを指摘すると、ケイは相変わらずのダウナー具合で淡々と言った。

「ペットボトルロケット、作ったことなんて無いけど――こう見えて手先はそこそこ器用なんだよね」

 それが終わるとケイは切り取った頭部ともう一本のペットボトル、それからビニールテープをサキちゃんに手渡した。ロケット本体の作成、それがサキちゃんに課せられた仕事だった。私にはもうひとつの切れ端である、中央部の方をロケットの「羽の部分」に加工する役割が与えられた。

「これを縦に切ってふたつに分けてよ。そしたらこれ、ペットボトルだから曲がってるじゃん? これをさ、踏んだり反対に曲げたりして、なんか良い感じに真っ直ぐっぽくしてよ」

 私は言われた通り、踏んだり反対に曲げたり、プラスチック素材の頑固さを罵倒したりしながら何とかそれっぽい形にする。

 出来上がったものをサキちゃんに納品し、彼女がロケット本体にビニールテープで付けていく。それからロケットの先端にゴム栓のひとつを、ビニールテープでこれでもかと言うほどぐるぐる巻きにして固定した。真上に飛ばす関係上、先端にオモリが必要らしい。最後にプラスチック・ストローを胴体部に装着して本体は完成。


 私とサキちゃんはちょっとした達成感を抱きつつ、の元に報告をしにいく。

 我らがちっこい主任は広場の中央にいた。すのこ椅子と空気入れも一緒だった。椅子の中心、板と板の隙間の箇所には、ペンチで切って真っ直ぐ伸ばされたハンガーが、垂直に固定されている。どうやらこれが発射台らしい。

 サキちゃんが完成したロケットを主任に手渡すと、彼女はゴム栓を下の飲み口にあてがって、サイズを確認する。ゴム栓にはいつの間にやら小さな穴が開いていた。ケイがキリを使って加工したのだろう。さすが主任、仕事が早い。


 主任のOKサインが出た。私は公園の水飲み場に行って、ロケットのタンクに水をいれる。蛇口を捻って注入量を注意深く見守る。説明書によると、量は3分の1くらいが適正との事だった。時々、ペットボトルの飲み口の縁に当たった水が、容器を伝って私の手を濡らした。12月の寒空の下では殺人的な冷たさだった。私は水からの襲撃を受ける度に目をぎゅっとして耐え、自分の最後の仕事を全うした。


 燃料を蓄えたロケットが、その側面に付けたストローを通じて発射台のハンガーに固定される。最後に、空気入れの針を最後部に刺して準備完了。

 空気入れは当然、主任が操作する。私とサキちゃんは数メートル離れた位置で、我が社の社運をかけた一世一代の仕事の行く末を、固唾を呑んで見守った。

ケイの手によって少しずつ空気が送り込まれていく。


――5回目の試行。何も起こらない。

――7回目の試行。ケイが少し渋い顔をした。ポンプを押し込むのに力が必要になってきた。

――10回目の試行。ケイの眉間にシワが寄る。だいぶ力仕事になってきた。

――11回目。……意外と手強い。どのくらい高く飛ぶんだろう?

――14回目。……まだかなあ。


 15回目、かなり固くなったであろうハンドルを押し込んでいる途中、ケイが何か確信を得たかのように言った。

「ボン・ボヤージュ」

 抑揚の薄い、気の抜けた口調のそんな決め台詞と共に、ハンドルが一気に押し込まれた。


 破裂音と共に勢いよく空を駆る、ペットボトルロケット。きらめく水のカーテンに押し上げられ、どこまでも高く、悠然と空に飛び立つそれを、私たちはどこまでも見続け……


……いや、正直に言います。そこまで感動的なものでは無かった。

 正確な描写はこうだ。

 ロケットは四方にやたらめったらに水を撒き散らしながら、10mばかり真っ直ぐ飛び上がり、あんまり感傷的な余韻を残す暇も無くその上昇を終えると、単調な様子ですぐに落下体制に入り、そのままふらふらと近くの地面に落ちて跳ねた。飛び上がる間際の迫力こそあったが、それ以上のものは無かった。


「なんか……意外とタンパクだったね……」

 私の隣でサキちゃんが言った。私は「まあ、一瞬だったし」と同意する。

「……あと5年早くやってたら、もっとはしゃげたかも」

「我々は大人になりすぎたのかもしれない。きっと冷めた大人に、ね」

 サキちゃんはこのような妙な事を言いだした。

――あれ? そういえば「妙」といえば……

「サキちゃん。私たちロケットにあの「妙」の字、貼り付けたっけ?」

「あ」

……やり直しだった。


 サキちゃんはロケットを拾い上げ、例の紙をビニールテープで貼り付ける。私はまたしても水飲み場まで小走りで行って水をタンクに入れる。

「もう一度お願いします、主任」

 戻ってきた私は、ロケットを恭しく差し出して主任にそう打診した。彼女は発射時のポンプを押し込む体勢のまま静止している。


 ケイはびしょ濡れだった。元々生気なんて欠片も宿っていない彼女のジト目が、より一層の空虚さで、この世のどこでもない場所を見つめている。

 そう、ケイは逃げ遅れた。発射時に生じた水しぶきのほとんどが、彼女の頭に降り掛かったのだ。

 風向きのせいか、はたまたロケットの出来のせいなのかは分からなかった。哀れ彼女は犠牲者となった。だがしかし、そんな彼女は私に虚ろな目線を送って、発射台にロケットを再びセットするよう合図したのだ。彼女はこの仕事を再び引き受けた。あんな目に遭ってでさえ――


 そうして再発射されるペットボトル・ロケット――

 二度目の打ち上げも滞り無く完了した。何なら、さっきより少し高く飛んだ。

 そのロケットの姿は、なぜだか妙に哀愁を誘った。そして歴史は繰り返す。

 現場における全責任を背負しょって立つケイは、さっきより水分含有率がかなり高くなった。

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