占いと、その結果
占いの準備が整うと、またおばあさんはサキちゃんと手話を交わした。サキちゃんがすぐさま、私たちにその会話の内容を伝える。
「私の事は『週末婦人』って呼んで欲しいって!」
……また情報が増えた。元敏腕料理人。耳が聞こえなくて喋ることが出来ない。最近の趣味はマインクラフトのレッドストーン回路について考えること。ソラールの太陽紋章が刺繍された、サイケデリックな色合いのセーターを着ている。そんな黒人のおばあさんに、またしても情報が付与された事になる。
ケイはさっきからずっと眉をひそめっぱなしだった。新たな事実が追加される度に首を右に左にかしげていた。特に「週末婦人」の解釈には相当悩んでいるようで、彼女のジト目の虚ろ具合が一層強くなった。やがて合点がいったのか、ケイはぽつりと言った。
「……ミセス・ウィークエンドって呼んでほしいんじゃね?」
それは何かを試すような口ぶりだった。私にもその理由は分かる。そしてこの発言は、いよいよ私たちを本格的に困惑させた。その呼び名はあまりに“格好つけ”が過ぎたのだ。ただでさえ情報が渋滞を起こしている今、簡単に肯定したくなかった。「どうすんだこれ」という、焦燥感が背筋に這い寄った。仕方がないので、サキちゃんが皆を代表しておばあさんに名前の由来を尋ねることにした。返答は「もったいぶっていて、格好がつくから」だそうだ。
……大変よろしかった。という事で以後、おばあさんのことはそう呼ぶことにする。
さて、ミセス・ウィークエンドはというと、私たちにタブレットを向けて、こんな内容の文章を見せた。長かったので、読むのに一苦労する。
【これから実践するのは、古代文字を使った占いです。これは本当に特別で神聖なものです。馬鹿げたカビ臭いカードは使わないし、酔っぱらいが決めたようなルールで行われる手相見でもないし、ましてや時の支配者が散々ありがたがってきた反吐が出る、スノビズム全開の数秘術なんかとは違って、より的確なまじないなんです。ルールは簡単。心の底から探し物が見つかることを願って――今回の場合はいなくなった黒猫ですね――、私に質問をしてください。そうしたら私が霊的な託宣を受けてから、その質問者にこの袋から石を取り出してもらいます。簡単でしょう?】
情報の洪水だ。初めて聞いた単語すらある。まるでありとあらゆる絶叫マシンに、休み無しに次々と乗せられている気分だった。そんな訳で、私たちの判断力も良い感じに鈍っていた、ゆえに、特にこれといった抵抗感も無くこの占いに参加するハメになる。
必然的に質問者はサキちゃんになった。まず名前と誕生日を教えろ、との事だったので、サキちゃんは手話でそれを伝えた。
【誕生日は12月16日で間違いないですか?】
ミセス・ウイークエンドが見せたタブレットの文章にはそう書かれていた。サキちゃんは頷いた。そんなに重要な情報なのかな? と、私は思ったが話の腰を折るのも嫌だったので黙っていた。
【よろしい! それでは質問をどうぞ】
その文章を皮切りにサキちゃんはぺこりと頭を下げ、手話でミセス・ウィークエンドに質問をした。内容は「どうしたら猫が見つかりますか?」というもの。するとミセス・ウィークエンドは顔と両の手を天に向け、白目を剥きながら10秒ほど静止した(ケイが「もう帰りたい」と小声で言った)。気のせいか、妙に肌寒い。きっと「しらけ」が現実の温度に取って代わったのだろう。
それが終わると今度は机の上の袋を取って、その入口をこちらに向けた。ミセス・ウィークエンドが人差し指を一本立てる。中から石をひとつ取れ、ということだろう。サキちゃんは指示通りに手を入れて、選んだ石を机の上に置く。石には細長い線が組み合わさって出来た印が刻まれている。
ミセス・ウィークエンドは身を乗り出し、思い切りそれに顔を近づけ、印を凝視した。その両目はこれ以上ないほど大きく開かれている。それが終わると、今度は地図に目を移す。これが二度繰り返された。
次に彼女はサキちゃんに追加でふたつ、石を取り出すよう要求した。異なる印を刻まれた石がひとつずつ増えていく。最後にミセス・ウィークエンドはまた白目を剥いて天を仰いだ。ケイはこの一連の流れを、私が見たことないほど無機質なジト目で眺めていた。サキちゃんに至っては半泣きだった。
占いの結果はタブレット端末に書き込まれた。こんな内容だった。
【猫が見つかるまで、やらなくてはいけない事がいくつかあるようです。手始めに呼び水の用意が必要です。すなわち、特定の猫を特定の場所に呼ぶ為のおまじない――そこから始めるべきです。皆さんは『燈火岬』をご存知ですか? そう! ここからおおよそ4kmほど東にある、地元で有名な岬です。そこで20cm以上のカサゴを釣ってくるのです】
……なんでそういう結論に至ったのか、これっぽちも分からなかった。占いとは得てしてこういうものなのだろうか。私には理解できなかったが、何か凄い力を感じた。見えざる力場のもたらす神秘のパワー、宇宙的真理が放つエネルギー、超次元的な相互作用が生み出す運命の力。私はいっそこの場で白目を剥いて、カサゴの唐揚げみたいな表情で床に倒れてしまいたい気分になった。
……さて、これをどう受け止めるべきか。私たち3人は話し合った。確かに現時点で猫の行方についての情報は皆無。来る日も来る日もビラを撒き続け、ポスターを張り続け、店主さんはものすごい速さで町じゅうを駆け巡り続け、やがて喫茶Paradisoは経営不振に陥る――そんな可能性だってある。ケイもサキちゃんもおおむね同じ意見だった。この占い師を信用して良いのか、からかわれているんじゃないか、それとも大真面目にやってくれているのか……っていうか用意してた皮のケースとジッポライター、使ってなくない? 等など、キリがなかった。
私たちは時間をかけて意見をぶつけ合ったが、なかなか結論は出なかった。するとそれを見かねたのか、ミセス・ウィークエンドはひとつの提案をしてきた。つまり、別の特殊スキルを特別に見せるので、それを判断材料にして欲しいとの事だった。なんと黒猫レヴナントの意識にミセス・ウィークエンドが直接つながり、彼に声をかけるというものだった。いよいよ何でもありだね、と私は小さく呟いた。ケイは「それ出来るなら最初からソレやればいいじゃんね」と、不服そうだった。
【もちろん相手は猫ですから、返事は言葉ではないでしょう。それでも構わないのであれば黒猫に今、一番かけたい言葉を考えて、それを教えてください】
ミセス・ウィークエンドはそう締めくくった。
今度は私が質問役をやることにした。この新しい試みには条件があった。まずその交信とやらは、MP的に(!?)一日一回が限度ということ。そして短い時間しか繋がれないので、手短な文章が好ましいこと。了承した私はスマホで文章を作り、両隣にいる二人と念入りにそれを確認しあってから彼女に見せた。
私がミセス・ウィークエンドにそれを見せると、彼女は目を閉じて俯いた。さっきの仰々しい表情とは打って変わって、穏やかなものだった。交信はものの五秒かそこらで終わった。ずいぶん呆気ない。ミセス・ウィークエンドが目を開けると、タブレット端末に結果を記し、それを私たちに寄越した。このようなものだった。
【変わった事を尋ねるものですね。彼もちょっと呆れてましたよ。返事は『ニャァー』です。ずいぶんと長い鳴き声でした。さて、参考になりましたか?】
私たち三人は顔を合わせあって立ち上がる。そして釣りの準備をするために、私とケイは一旦自宅に帰ることにした。
「今からなら、
Paradisoの雑居ビル前で私はケイとサキちゃんに言った。すると二人は揃って同じタイミングで首を傾げる。私は付け足した。
「えっと、日が沈む前後の魚が釣れやすい時間帯のこと」
私が釣り用語の解説をすると、今度は二人分の納得の表情が返ってくる。私は気になって質問した。
「……ところで二人は釣り、やったことあるの?」
「無い」とひどく平坦な声が回答がひとつ。「無いよ!」と、テンションが上ってややアッパー気味な声がひとつ。
……と、なると経験者は私だけ。大丈夫かな、と私は思った。とはいえ、やらざるをえない。これはチャンスかも知れないのだから。
私は二人に用意して欲しいものを伝え、ケイと一緒に駅へと向かった。
自宅に戻った私は、釣り道具一式を急いで用意する。釣り竿、リールとラインのチェック、仕掛け、折りたたみ式のビニールバケツ、小型の白いクーラーボックス、キッチンの冷蔵庫にある保冷剤――どれも問題なさそうだった。着替える時間が惜しかったので、上着だけを着古した薄茶色のダウンジャケットに着替える。最後に紺のニューエラの帽子を被って準備は完了。再び玄関扉を開けて、私はParadisoにとんぼ返りする。
はやる気持ちを抑えて電車に揺られていると、頭の中にさっきのやり取りが浮かんでくる。
「レヴさんは今年で九才でしたよね?」
私はそう問いかけたのだ。そしてその返事は「ニャァー」。彼は肯定する際に短く鳴き、否定する時は長く鳴く。私たちが質問して彼が答える。いつも同じ。決まったやり取り。もう何十回と繰り返された出来事。そしてレヴさんはいつだって正しい。
――だから占いを信じてみることにしたのだ。黒猫レヴナントは今年で八才。九才ではない。誕生日会もささやかながら開いた。年老いたと言うには早すぎで、若者と呼ぶには遅すぎる。そんな悩み多きお年頃なのだ。
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