第28話「勇気のステージ」
文化祭前日の放課後、星見ヶ丘学園はどこか浮き立つようなざわめきに包まれていた。
校舎のあちこちで、飾り付けや大道具の搬入が続き、
普段は静かな音楽室も、今日はリハーサルの音と人の気配でいっぱいだ。
窓の外には西日が差し込み、
楽譜や台本、カセットテープ、
それぞれの“想い”が、机や椅子の上に散らばっている。
──詩音の勇気。
控えめな足音で、詩音が音楽室に入ってくる。
ピアノの前にそっと腰かけて、指を静かに鍵盤に置く。
手は少し震えていた。
今まで、自分の声や音を誰かに聴かせることが、ずっと怖かった。
だけど――
みんなのカセット、本音のリレーを受け取った今、
胸の奥で小さな灯りがともりはじめていた。
(私は、みんなと音を重ねたい)
詩音は、呼吸を深く整え、最初のコードを奏でる。
その音は、
静かで優しく、けれど確かに“自分だけの音”として空間に響いた。
──千紗の勇気。
千紗はリハーサル用のマイクを握りしめていた。
昔から「応援役」や「裏方」が多かった自分――
けれど今日は、ステージの真ん中で“自分の言葉”を届ける番。
詩音のピアノの音に耳を澄ませ、
カセットに吹き込んだ想い、
手紙に込めた小さな願い、
全部を胸にこめて、歌い始める。
最初は声がかすれるけれど、
詩音と目が合った瞬間、思わず微笑みがこぼれる。
(ひとりじゃない。
詩音の隣で、やっと本当の自分でいられる)
歌声は、教室いっぱいに広がっていく。
──晴人の勇気。
晴人は、ステージ袖でギターを調弦していた。
部活でも、家でも、いつも「しっかり者」の顔をしていた自分。
けれど本当は、
迷いも不安もたくさん抱えてきた。
(弱さを見せてもいいんだ。
それも俺の“音楽”だから)
自分のカセットを思い出しながら、
心のままにギターを鳴らす。
音は、やさしく、力強く、
そしてどこか涙のような色を帯びていた。
──純の勇気。
静まり返った図書室の片隅で、純は台本を握りしめていた。
(もし誰にも届かなかったらどうしよう……
それでも、一歩だけ踏み出したい)
ふらふらと舞台袖へ向かい、
ステージの明かりに目が慣れるまで深呼吸を繰り返す。
マイクの前、ページを開くと手が少し震える。
でも、みんなのカセットが胸の奥で響いている。
「……これが、私の詩です」
その声は、
柔らかく、でも真っ直ぐに
観客席の隅々まで届いていく。
──舞台の上で、四人が揃う。
ピアノ、ギター、歌、詩。
それぞれの音が、重なり合い、
静かなアンサンブルが生まれる。
途中でふと、
詩音と千紗が視線を交わし、小さくうなずく。
晴人が、純の詩に合わせてギターをそっと鳴らす。
純は、みんなの音に包まれて、怖さが溶けていくのを感じる。
その瞬間、
個々の勇気がひとつの音楽になった。
観客席の最前列――サブキャラやモブ生徒たちも見つめている。
美術部員は背景画を見上げ、
演劇部の後輩は先輩の声に涙ぐむ。
バンドメンバー、図書委員、新しい一年生。
みんなが、“誰かの音”に心を重ねている。
*挿入歌(四人のハーモニー+合唱)
♪
怖かった一歩も みんなとなら踏み出せる
声が震えても 君と重ねて歌える
ひとりきりじゃない この音のなかで
私たちは 自分を信じていける
勇気のステージ 今、はじまる
心の音が 未来を照らす
♪
最後の音が静かに消えたとき、
四人の心には、もう“迷い”ではなく“誇り”が宿っていた。
その勇気はきっと、
明日の文化祭本番、
さらに多くの人の心へと、
優しく、力強く響いていくのだった――
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