第11話 その怒り、俺が半分持ってやる (嶺視点)
正直に言おう。
俺は感情的なやつは苦手だ。
自分のところにやってくる患者と日々淡々と向き合いながら、変わらない落ち着いた毎日を過ごせること――それが俺の理想であり、信条だ。
信条と言えば、もう一つある。
それは「理性的で在ること」だ。
感情や感性っていうものは、まあ悪いものではないんだろう。
時には直感とやらが大切になる時もあるのは分かっている。
だがそれに引っ張られすぎると、人生の大切な選択を間違いかねないこともある。
それが自分の人生でなく患者の人生なら――尚更だ。
否、もう既に何かを間違ってしまったのかもしれない。
だからもう俺は二度と間違わない。
失わない。失わせない。
精神科の医師が他の科の医師たちから軽んじられることがあるのを知ったのは、実際に大学病院勤務になってからのことだった。
肉食動物、ニホンオオカミ、精神科医師。
全く自分がどこにいってもマイノリティにならざるを得ないのは、
我ながら皮肉めいた運命だと思う。
でもそれにも慣れた。
感傷的になっても仕方がないのだ。
理性で飲み込んで、淡々と過ごす。
そして常に選択を間違えないこと。
そうやって一人で仕事をしてきた。
仕事だけではない、人生の大半をそのように割り切り、飲み込むことで、俺は生きてきた。
仙晶市がバディ制度を進め始めたのは知っていたが、まさか自分に白羽の矢が立つとは正直思っていなかった。
そもそもあれは警察内でのみ適応の制度なのだと思っていた。
警察内でのよりスムーズな捜査の情報共有や事件介入のために進められていた制度なのだと、報道ではそのように扱われていたし、
それじゃあそうなのだろうと思い込んでいた。
そこまで興味のある話題でもなかった。
だが今回自分の病院から三名バディ制度に引っ張り出されたことで
一つ気付いたことがある。
これはつまり、
「警察への監視の目」なのだと。
第三者組織との繋がりを密に持たせることで、外から警察官を観測しておける一つの「目」としての役割も持たされているのだと。
最もなぜそのようなことをする必要性があるのかは、俺には理解の範疇の外側なのだが……。
実際バディの状態や捜査動向などについて、俺には市議会への報告義務が課されていた。
しかも雪香には極秘で、とのことなのだ。
これが監視ではなく一体なんなのだろう。
俺の病院から警察とバディを組まされた他のやつらが、どんな状況なのかは知らない。
それぞれ全員に、バディの仕事内容については固い守秘義務がある。
だが俺のバディである雪香――彼女に関しては、明らかに「何かある」という印象を受ける。いや、受けざるを得ない。
そもそもニホンジカと大型草食動物で埋め尽くされている仙晶市警察機関に、
肉食動物を採用しているのがまず異例だろう。
実際に彼女が赴任してきた時は、
「市で初の大型肉食獣警察官」としてちょっとしたニュースにもなった。
実際に雪香に会ってみて、その上の組織に対する疑念のようなものはますます広がった。
彼女は警視庁で捜査一課にいたというではないか。
これは報道などでは伏せられていた情報だった。
誰が?何のために?警視庁と深く関わりがある者、そして警視庁との繋がりが必要なほどの何かが今――仙晶市にあるのか?
だから俺は最初必要以上に彼女を警戒した。
あまり深くかかわるべきではないと思った。
そもそもそんな立場の女とバディになってしまった時点で、俺からすると貧乏くじを引かされたと言っても過言ではない。
厄介ごとの巻き添えはごめんだ。
なるべく静かに任務を終えて、元の淡々とした、一人の生活に戻りたい――。
それが俺の本音だった。
だが一方で、当の本人は俺が思っている以上になんというか…ざっくばらんなやつだった。
いわゆる「人たらし」に近いというか、
女性なのだから「小悪魔」というべきか。
そもそも初対面の相手に敬語の一つも使わない、距離感が近い。
それも何かの作戦なのか?と思っていたが、指摘をすると素直に感情をあらわにしながら怒り出す。
かと思えば仕事の話になると急に神妙な顔になって口をつぐむ。
元捜査一課にいたのだから当然といえば当然だが、そういうところはやはり「刑事」なのだと妙に感心した。
一見若い見た目にも関わらず、
俺と同じ歳だというのにも驚いた。
彼女が元居た場所は首都圏だ。
肉食動物、しかも彼女のような女性が捜査一課にいたというあたり、やはり首都圏での「感覚」とうか、そういうものは俺のいるこの場所とはだいぶ違うのだろう。
彼女はこの街に漂う差別的な空気、自分に向けられる視線、その一つ一つ全てに対して怒りを隠さなかった。
その怒りは体験の新鮮さゆえか、それとも俺が知りえない何かがあるのか、鋭く燃える激しささえも感じる。
そしてその怒りは、恐らくかつての俺が抱えていたものでもあったはずなのだ。
少しずつ置いてきたもの、
感じないようにしてきたこと、
胸の奥にしまいこんできた感情。
その全てをあまりにもあけすけに無防備に剥き出しにして、彼女は怒り続けていた。
この街の「仕方ない」で片付けられてきた理不尽な常識の全てに、彼女はたった一人で対峙しているように見えた。
だからつい言ってしまったのだ。
「お前のその怒り、俺が半分持ってやる。」
「……バディなんだろ。」
その時のあいつの表情は忘れられない。
……今にも泣きだしそうな、そんな顔をしていた。
「しまった」と思ったのが本当のところだ。
踏み込み過ぎたと。
でも一度言ってしまったことは取り消せない。そして取り消すつもりも…恐らく俺の中にはもうない。
俺は自分の愛した、淡々とした落ち着いた日々を捨て去る覚悟をその時に決めた。
いつも本当にありがとうございます!
お時間を割いて読んでいただけることを、心より嬉しく思っております。
次回いつも通り7/9(水)21:00~更新です。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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