異世界コンビニ

@u-rayhjm

第1話

蝉の声が降り注ぐ8月、伊勢家は帰省の準備で賑わっていた。「快、早く荷物詰めて!」母さん――伊勢和の元気な声が朝から響き渡る。

「分かってるよ、母さん」階段を降りると、妹の咲が今にも泣き出しそうな顔で立っていた。「お兄ちゃん、私のコーム知らない?」お気に入りの櫛が見当たらないらしく、相当焦っているようだ。こういう時は落ち着いて対応するに限る。大抵の場合、妹は櫛を洗面台の棚に置きっぱなしにするので、見つけるのは造作もない。いくらお気に入りでも、もう少し丁寧に扱えばいいのにといつも思うが、それを口にすると拗ねてしまうので、結局いつも探してやっている。

妹の櫛を見つけ出してやると、僕は昨日のうちにまとめておいた荷物を鞄に詰めた。それが終わると同時に、「出発するぞー」と父、伊勢誠の間延びした声が聞こえる。自分の荷物を車に積み込み、乗り込むと、まもなく車が発車した。心地よい揺れに誘われ、僕はすぐに眠りに落ちた。

「起きて、お兄ちゃん!」咲に揺り起こされて目を覚ますと、そこは母の地元、氣仙市間村の町民会館だった。ここから車を降りて階段を登れば祖父母の家に着くのだが、母はさらに上の階段を登っていく。この上にある間(はざま)神社にお参りするためだ。この神社の神主の家系に生まれた母は信仰心が強く、祖父母への挨拶よりも先に、この村の神である“はざまさま”にお参りするのが常なのだ。

お参りを終えて帰ろうとすると、鳥居の外に祖母が立っていた。「お帰りなさい」にこやかに迎え入れてくれる祖母に、咲が「おばあちゃん、ひさしぶりー!」と抱きつく。続いて父が「ご無沙汰してます」と挨拶を交わす。ひとしきり再会を喜び合った後、祖母が「さあ、家に行こうか。スイカ買っておいたからね」と階段を降りていく。妹は「スイカ♪スイカ♪スイッカ♪」と上機嫌だ。

祖父母の家の引き戸をガラガラと開け、居間へ入ると、作務衣姿の祖父が麦茶を飲みながら新聞を読んでいた。新聞を下ろすと、「おかえり」と一言。しばらく祖父に近況を報告していると、台所から「スイカ切れたわよー」とカラリとした祖母の声が響く。それに祖父が「分かった」と応じる。

縁側に座り、出された一辺が巨大すぎるスイカに辟易しながらも食べきると、祖父が近くにコンビニができたという話を始めた。総人口が1000人も行かないような辺鄙な村によくコンビニができたなと思ったが、口には出さなかった。祖父が言うには品揃えがとても良いらしい。

コンビニヘーコーマートでの異変

「とりあえず行ってみよう」そう思い立ち、大体の場所を聞いて一人で出発した。妹もついてきたがったが、無視した。教えてもらった通りに道を進んでいくと、一軒のコンビニがあった。店名はコンビニヘーコーマートと言うらしい。バイト募集の張り紙を見つけ、この村にいる間だけでもバイトしてみるのもいいかもしれない、などと考えつつ店内に入ると、店員が「いらっしゃいませー」と挨拶をしてきた。

特に返すこともなく商品棚に目をやると、僕は違和感を感じた。その正体は、陳列された商品だった。近くにあったポテトチップスを手に取って観察すると、**「ポテトチップス エルフハーブ味」と大きく書かれているではないか。他の商品も見てみると、「魔女連盟謹製 万能薬」や「ドラゴンの鱗もスパッと切断 ドワーフナイフ」**など、おかしなものがずらりと並んでいる。

「なんだこの店は……」そう思いながら店内を見渡すと、さらにいくつもの奇妙な点が目に飛び込んできた。子供のような大きさのおっさんがいたり、銃刀法に引っかかるであろう剣を持った赤髪の女性がいたり、猫耳のコスプレをした女性が真剣な顔で猫缶を吟味していたりする。そして、よく見れば、先ほど挨拶をしてくれた店員も、異様に耳が長い。

「まさか、こんなことって……」

僕は混乱しながらも、レジの奥で何かを磨いている長耳の店員に声をかけた。「あの……ここって、普通のコンビニですか?」

店員は顔を上げ、にこやかに答えた。「ええ、もちろんですとも。この世界では、ですがね」

その言葉に、僕の頭は真っ白になった。世界?この世界ってどういうことだ?僕が知っている「普通」とは、あまりにもかけ離れた光景がそこにはあった。信じられない思いで再び店内を見回すと、僕の視界の端を、小さな妖精が光の粒を撒き散らしながら横切った。


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