三章

第11話 最終局面

 時は遡って、四月七日——日曜日。

 シラベは痛む身体を庇いつつ(フレアクト中は明らかに骨折していたのだが、解除後は尋常ではない筋肉痛だけが残った)、寮内を巡っていた。

 今は部屋の一つに訪問していたところ。


「——ということで、私と勝負してくれないかな! もちろん二人とも本気で抵抗してくれていいよ」座布団にあぐらを組んだシラベはフフンと得意げに胸を張っている。「あくまで、誰かに殺されるくらいなら、私に負ける方がお得かもってだけの話だからね」


 シラベを部屋に上げた二人——一年五組のクラスメイト二人は、それぞれに視線をやった。悩んでいる様子。


「別にあーしら、シラベさんのことを信用してないわけじゃないんだけどさ。人柄も良いし、嘘ついてる風には見えないし」

「そうなのだ。シラベさんが今してくれた話と理念を、その特殊なフレ数に照らして、十分信頼に値する——とは、思うのだ」

「ふうん?」シラベは頂いたクッキーをポイポイと口に放り込みつつ。「でも返事はあんまりよくなさそうな感じだね?」


「いやさ」ルーズソックスの方の女の子は椅子に足を組んでいる。「もうあーしとトドロんは、この勝負からは降りてんのよ」

「なのだ」ベッドで毛布にくるまっている方がうんうんうんうんと激しくうなずく。「吾らはもう四月中、寮、校舎から出るつもりがないのだ」

「となるとさ、別にそんなに焦ってシラベさんの庇護を受ける必要は無いじゃんね?」

「だって寮内校舎内は『フレアクト禁止』。そして、フレアクトして殺さなければフレが稼げないから殺す意味が無い。ならば、寮、校舎から出ない限り、殺されることはないはずなのだ」


「それなんだけどさ……私が前に同じ話をした子たちも言ってたんだよ。同じことを」

「まーそうだろうね。じゃあその子たちにも断られたんだ?」

「うん。それで……」


 携帯を見る。その二人に送ったはずのメッセージに既読は付かない。


「昨日あの二人に殺されちゃったみたい。それぞれちゃんと300のフレにもされた」


 シラベはユワとレンリの手口を二人に話した。

 二人は「考えておく」とだけ返す。とはいえ神妙な様子。


「うん。二人とも気を付けてね。クッキーありがとう」


 シラベは次の部屋へと向かった。





**





 四月八日——月曜日。の、最後のコマ。担任からの連絡事項が伝えられるホームルーム。


「さて、ミチルさん」担任は、真っ直ぐ力強く、ミチルを指名した。「もう逃がしませんよ。今日こそはミラーを覗いていただきます」

「あら、まあ……」


 シラベは──いなくなったフブの席の向こうにして、ナギの席の向こう──対岸に座するミチルの方を見た。ミチルは今日も扇子を手に、凛と澄ました様子で席に座っている。


「仕方ありませんわね。そろそろ潮時でしょうし」


 ぴとぴとと丁寧に扇を開きつつ、渋々といった様子で前に出た。もうたったの九人しかいない教室を渡り——ミラーを受け取って、覗く。

 シラベは無意識に少し身構えていた。生唾を飲む。

 なにせミチルの落ち着きようは最初から──テロリストがヒルギを襲った新入生歓迎会のときから──おかしかった。

 先行組であるクルミが知り合いと言うのも一つ。

 ミチルも先行組なのだろう。


 ミラーを覗くのを先送りにしたのは——下手に目立てば「ターゲット」にされかねないから、だったのかもしれない。思い返してみれば、ナギも初めミラーを覗くことを渋っていた。実際にはフブ、ユワ、レンリが一晩でナギに並んだので、ナギが目立って狙われることはなかったものの。そういえばナギと話す仲だったというのも、先行組としてクラス合わせ以前に顔を合わせる機会があったから、なのかもしれない。


「はい、覗きましたわよ」


 ミチルはミラーを担任に返す。

 何の声も上がらなかった。





 ウツセ・ミチル──総獲得フレ数【140,506】





 十四万と五百六。

 当然の一位。

 それ自体は許容できる結果だったのだ。

 最悪の場合そうなるだろうな、という──もちろん、誰の予想をも超えた大きな数字ではあったが──ある種の既定路線。予想の範疇。


 だから。

 クラスの全員が驚いたのは、次に聞こえた音に対して。

 シラベに関しては二度目。それ以外のほとんどの生徒にとっても二度目。


 空間そのものが平手で叩かれたかのような。

 落雷を思わせる。

 火薬の閃きが。


『バンッ────!!!!』


 総員の目を覚ましたのだ。


「──え」


 シラベは音の在り処に目を向けた。前方一席飛んで窓際の最前列。

 白髪に金瞳の女の子は立ち上がって、右腕を真っ直ぐミチルへ向けて伸ばしていた。

 軽い音を立てて跳ねたのは薬莢。硝煙の元はその右手に握った拳銃。


「あら」


 銃口の線上には開いた扇子がある。

 扇子は──無傷。破けないどころか一切の傷を付けず、銃弾を弾いている。

 ミチルはその手に持った扇子を僅かに下ろして、銃撃手に向ける視線を明らかにした。


「命知らず」凍てついた、視線を。


 途端ざわつく教室内を駆けたのが桃色髪に糸目の女の子だ。その両手にハンマーを握り、ミチルの背後から振り下ろす。しかしミチルはそれも容易く躱し、それどころか背後に回り腕を捻り取った。すぐさま首にも手をかけ締め上げつつ、銃撃手の方向へ向けて盾とする。


「ぐっ──あ」桃色髪の彼女は藻掻くが敵わない。

「その手に持ったものを下ろしなさい、ホンジョ・レンリ。わたくしはもういつでも、この女を殺せますわよ」


 ミチルはごくごくフラットな声で警告した。ここまでは想定通りだと言わんばかり。

 そう、想定通りだったのだろう。ここまでは。

 しかし、その次は。改めて顔を上げ、拳銃に目を向けたミチルが浮かべた表情は。

 『驚き』だった。

 『しまった』の表情。


「——!」


 シラベが直面した何度目かの命の瀬戸際だった。

 シラベが間に合わなければ、一人、あるいは二人、死ぬ。

 咄嗟に立ち上がり手を伸ばした。拳銃に向かって伸ばしていた。こういうとき手を伸ばす人間であること、自分がそうであることに、シラベは、そうだよね! と納得した。

 しかし手が届く距離ではない。


「──マリアッ!」


 思い切り糸を引く。


『バン、バンッ──…………』


 二発目、三発目の弾丸は、それぞれ高い天井を抉り削った。弾は埋まったらしい。


「……?」銃手は不思議そうに自分の右手を見る──魔法の糸が巻き付いている右手首を。


 シラベはもちろん、ミチルも、教室の他の人間も、担任の教員すらも。今の銃撃だけ、二回目の射撃だけはあり得ない、とそれぞれの表情で語っていた。

 一際。他の誰よりも目の前の現実を疑っていたのは。

 今ちょうどミチルから解放されたばかりの彼女──ショウジョウ・ユワである。

 ぺたんと座り込んで、ケホ、ケホと息を戻しつつ。


「レン……くん……?」


 何かの間違いではないか。手違いではないか、と。縋るように。

 しかし彼女は今はシラベに目を向けていた。


「あなた、誰?」依然として銃を右手に握ったまま、きょとんとして尋ねるのは——。


 前髪を流した白銀のショートカット。金の三白眼。クラス一の長身にして、パリのランウェイを歩いたって際立つであろうスタイルの良さ。

 女子校なら王子様、歌劇団なら男役。

 あらゆる女の子より可愛い女の子にして、あらゆる男の子より美麗な女の子。

 その名はホンジョ・レンリ。

 レンリの右手首と、シラベの右手は、一本の真っ白な魔法の糸で繋がれていた。


「だっ……だれ!? 私はマホロバ・シラベだよ!」

「シラベって言うんだ。こんにちは、シラベ。今日も可愛いね」

「えっありが──じゃなくて!」ハッとして首を振る。「違うよ。いま、なんで撃ったの?」


 普段のシラベなら自分が殺人を止められたこと、それ自体に驚き、喜んでいるところ──実は今も内心では「私すごくない? やるじゃん私!」と興奮しているのだが──今回ばかりは感情よりも理性が優先された。


「撃った? ああ……」レンリが目をやるのは、今は天井に向いている──その手に握った——拳銃である。「撃ったけど、それがどうかした?」

「だから……」


 シラベはちらりとミチルを伺った。


「ミチルちゃんを撃つのは……分かるんだよ」


 ミチルは目を閉じ微笑んだ。構わないから続けて、という仕草。相変わらず余裕である。


「だってミチルちゃんさえ殺したら、レンリさんとユワさんの勝ちが決まるから──というか、そっか──ミチルちゃんを殺さなきゃ、レンリさんとユワさんは『二人』で勝てない。出場枠が実質一つになっちゃったから」

「うん」レンリが緩く微笑むと、垂れていたはずの目尻が上がる形になって、いきなり妖艶な雰囲気になる。ドキリと跳ねた自分の心臓にシラベは驚いた。「そうだね、最初はそうだったよね」

「最初は?」


「状況が変わったということでしょう」口を挟んだのはミチル。「わたくしを殺せそうになかったから、ユワさんを殺す方針に切り替えた。わたくしを殺せない場合、一番の敵はユワさんですから」

「……?」気持ち振り返ってミチルの方を見るレンリは、ピンときていない様子。「アタシはそんなに難しいことは考えてない」


 ミチルの眉がピクリと揺れる。


「では、どういう?」

「アタシはユワのせいであなたのことを撃てなくなった」

「ですから代わりにユワさんを──」

「ユワはアタシの『足手まとい』になった」


 シラベの視界には映っている。ぺたんと座り込んだユワの顔が。

 レンリを見上げる彼女の目元から零れ落ちた。

 涙が。


「だから撃った。それだけ」


 ふつ、と。シラベの腹の内で火が付く。

 弱いものだ。煮えるだなんてほど遠い。激しいものではまったくない。

 しかし確かに、シラベは「怒り」を覚えた。


「私って、相変わらず……」シラベは、まったく、自分は馬鹿な人間だと思った。


 彼女たちはいずれも三人殺した殺人鬼だ。同情の余地なんて全く無い。裏切られて殺されそうになった程度では、相応の報いにまだまだ足りない。


 ──でも結局。

 私はそれを直接見ることはなかったわけだし。

 結局のところ直接目にしたことだけでしか判断できない。

 私って自分勝手だから。


「今のはちょっと信じらんないな!」シラベはむっと額に力んで、左手でレンリをビシリと指差した。「自分のことを好きって言ってくれた人を『足手まとい』とか言えちゃう神経は! 分かんない!」


 振り返るレンリは少し驚いた様子。それから、ちょっと唇を尖らせて他所を見る。


「……怒られちゃった」かと思うと、ここまで曲げていた右の肘を伸ばし、引き金を引いた。「ばんっ」


『バ──キンッ!!』


 三度目の射撃とほとんど同時に、シラベの机に勢い良く突き立てられたのは金の剣だ。刀身の鏡面で銃弾を弾く。


「……ビックリした」シラベはぱちくりと驚いて、突如として出現した彼女の剣を見た。「シリウスのせいで机が壊れちゃった」


 ポンッと剣から変身したシリウスは、ばたばたと両腕を振り上げる。


「いやかっこよくはあったけど。机の板を壊しちゃだめでしょ」


 シラベが言うのにシリウスは、腕を組んで足元を見下ろした。シラベにはその仕草が、まるで自分が考え込むときの素振りに似て見えて、ちょっぴり微妙な気分になった。


「まさかシラベ、アタシがあなたを撃てるってことに気付いてなかったの?」レンリは色気のある微笑みを浮かべる。「面白い子。可愛いね」

「えっありが──じゃなくて!」シラベはもうっと頬を膨らせる。「ダメだよ、そんな簡単に人を撃ったりなんかしたら! 取り上げるから!」


 引っ付く糸がレンリの銃に落ちてきて、瞬く間に釣り上げた。シラベ側に引かれる糸も相まってレンリは手放さざるを得ない。天井にはマリアの姿がある。


「ああ──」

「ふん! 後は——」


 見上げつつ、レンリは呼ぶ。


「——コメット」彼女のふれどーるの名を。


 誰かがドアを叩くような音。次の瞬間には教室の窓ガラスが一斉に吹き飛んだ。

 窓のすぐ外側で爆発でも起こったかのように破裂する。


「──!?」シラベは窓の方から咄嗟に顔を背けた。


 けたたましい破砕音すらも一瞬で搔き消して、怒涛の突風が吹き込んできた。

 唸りを上げて机の列を壁までなぎ倒し、ノートも本も撒き散らす。

 気付けばレンリに繋がれていた糸が切れている。マリアの糸すら切り捨てる強風。

 腕を前に構えつつなんとか見上げれば、豪風はレンリを中心に渦巻いていた──否──嵐は彼女の左手のうちわから巻き起こっていた。

 大きな葉を模したうちわ。


 ──フレアクトじゃない……ふれどーるの力だけでこれ!?


 しかしシラベはすぐに焦点を移した。レンリの背後の——ガラスを巻き込む竜巻に構わず、ハンマーを振り下ろした──ユワに。


「し……ねっ!」ゆるふわな桃色髪はぐしゃぐしゃに乱れていた。


 レンリは振り返りつつうちわを振る。あくまで軽く、ふわり、と。それだけでユワは向こう側の壁に叩きつけられた。千切れたカーテン、剥がれた掲示物に塗れてしまう。

 それでもなお彼女は震える手でハンマーを握ろうとしていた。


「ユワを、捨てるって、言うなら——」細い目を僅かに開けば、血走った眼が明らかになる。「殺してやる。一緒に死んでやる」


 レンリは微笑んだ。もしかしたら彼女はそれ以外の表情を知らないのかもしれない。


「ふふ。足手まといどころか——」


 レンリの右手にくるくると拳銃が降ってくる。鋭い風に負けてマリアが手放してしまった拳銃。


「──『邪魔』だよ、ユワ」


 三度、銃声。これもまた弾かれた。シラベが構えた剣の刀身によって。

 危ういところ、シラベはユワの前に飛び込んだのである。


「ちょっと、本気で、信じられないんだけど」シラベはそろそろちゃんとムカついてきた。「そんなに簡単に人に撃っていいものじゃないと思うんだけどな?」

「アタシもあなたのことが信じられないよ」レンリは首を傾げる。「どうしてユワを庇ってるの? ゲームのルールを理解してる?」

「人が死ぬゲームなんてないよ」

「……?」レンリは微笑んだまま。「でもこれは、誰がどう見ても、ゲームでしょう。人を殺したらスコアが増える。スコアを競う。それのどこがゲームじゃないっていうの?」


 ──そうだ。

 それは、そうなんだ。

 私たちみたいな、ただ可愛いだけの女の子が。

 殺して、殺されて。

 そんな感じになっている。

 どうしてなんだろう。


「……ともかく! 私あなたのこと嫌いだからね」シラベは目元をキリッとレンリを睨む。「もう絶対にメルヘンだよ。判決も下しちゃうよ」

「ううん、勝つのはアタシ。だって一番可愛いのはアタシだから。当然アタシが勝つ」

「ん!? いやっ! 一番可愛いのは私なんですけど!」

「もちろんシラベも可愛いけど、ね」言ってウインク。


「えっ──じゃなくて!!」シラベは赤面を誤魔化してレンリに剣の切っ先を向けた。「宣戦布告だ! 私は絶対あなたに勝つよ、レンリさん!!」

「対戦ってこと?」レンリは拳銃を下ろし、うちわを彼女自身の額に当てた。「シラベ。うん。マホロバ・シラベ。覚えたよ、よろしくね」


 流した瞳がシラベを覗き見ている、うちわの裏側から。


「安心して、シラベ。どうせアタシはを殺すから」


 彼女の微笑は口の端だけを覗かせると、悪巧みにニヤリと笑っているように見えた。


「じゃあまた」


 次の瞬間、レンリは渦巻く木枯らしに姿を消した。





 そこには荒れた教室と、唖然としたクラスメイト。

 そして当事者三人が残される。


「……ねえ」


 初めに発声したのはシラベの後ろ、シラベが庇った女の子だ。


「ああ、えっと」シラベは優しく微笑んで振り返る。「大丈夫だった?」


 振り返るのと同時に、彼女の右手のナイフがシラベの首筋に突き付けられた。

 感謝の言葉を聞けるかなと思っていたシラベは、想定と真逆の反応を受けて、およよっと冷や汗を浮かべる。


「お前、いま」ユワの立ち姿は生まれたての山羊のよう。「ユワのレンくんにメロついただろ……」

「えっ、メロッ……」シラベはまあまあどうどうと両手を上げてほんのちょっぴりずつ距離を取る。「いや、うん。私、レンリさんにときめいてなんてないよ。安心して」

「いいえ」とミチル。

「いいえ……?」


「今のシラベさんは明らかに発情していましたわね」

「言葉遣いが下品じゃないかなミチルちゃん!」

「発情してたんだろうが……」ユワのナイフが再び迫り来る。

「はっ……つじょうなんて、してないってばっ!」シラベはじりじり引きながら赤面して訴える。


「まったく、わたくしという者がいながら、酷いですわ」

「私とミチルちゃんに何の関係があるっていうの!?」

「あらあら、もう少しアピールしなければいけないようですわね」

「浮気者……」ユワはナイフをぐっと引いた。突き出す前の溜めである。


 シラベは両腕を前に構えた。シリウスとマリアも近くに現れて備える。

 しかしユワはそのまま脱力して腕を下ろした。ナイフが軽い音を立てて床を跳ねる。


「浮気者が……」


 シラベはふと気付いて、理解した。ユワがナイフに持ち替えた理由を。

 ハンマーは握れなくなってしまったのだ。

 ユワの左腕はもうずっと脱力して、力通わず棒のようにぶら下がっていた。


「ユワが、誰のために」


 彼女は直接あの風を向けられた。ガラスを叩き割り、教室中の机を薙ぎ倒した、あの突風を。


「殺してきたと思ってるの」


 よろめいたユワ。シラベは咄嗟に彼女の肩に手をやる。

 触れてみれば彼女もやはり、当然、ただの女の子だった。


「なんで……」


 ユワはシラベの胸に頭を置くと、そのままうえうえと泣き始めてしまう。


「なんでユワがレンくんに攻撃されなくちゃいけないの……」

「えっ……その……」シラベは少し迷ったが、結局はユワの背を撫でた。「とりあえず、保健室に行こっか……」





 ユワを預けて保健室から出てくると、ミチルだけでなく、他にクラスメイトが二人、シラベを待っていた。


「こちらの方々がシラベちゃんにご用があるようで」


 シラベが見れば、二人の手にはそれぞれのふれどーるが握られている。


「あーしら、シラベさんの話に乗るよ」ルーズソックスのギャル——キレイ・ヒエンは隣の女の子を見る。「ね、トドロん」

「もちろん、本気で抵抗はするのだ」猫耳の付いたパーカー——カザン・トドロは両腕をぷるぷると震わせながらファイティングポーズを取っている。「お覚悟を……!」


 シラベは頷いて、二人と共に校舎の外に出た。





 ホンジョ・レンリは彼女たちの手段を──このゲームでは現実兵器も有効であることを──示した。校舎内でのフレアクトが禁じられていようとも怪我なり気絶なりさせて校舎外へ運べばいいだけなのである。後は極力ドラマチックなステージを演出してフレを稼ぎ、しかし殺してしまえばいいだけ。

 それ以前に、もはやフレの獲得云々という領域でも無くなってしまった。なにせレンリはユワに三度も引き金を引いたのだ。


 状況は出揃った。

 フレは学外で集められるのだから、クラスメイトのメルヘンキルにこだわる必要はない。

 クラスから排出される代表は二人。

 桁違いのミチルは不意打ちの銃弾すら躱して見せた。もうほとんど内定したようなものだ。

 残り一枠。

 残存メンバーはミチルを除き八人。

 もう全員、それぞれの活動支援金に手を着けてしまっている。今月中の退学は叶わない。校則に違反しても出場資格を失うだけ。五組の名簿から自分の名前を消す方法は存在しない。


 拳銃もナイフもありの、殺し合い。

 本来ならば降りることは叶わなかったデスゲーム。

 ゆえに、五組の彼女たちは幸運だった。





 夕陽も落ちて街灯が付き始める時間帯。シラベが正門をくぐると、ライトアップの始まった噴水の縁にミチルの姿があった。足を組んだまま左手を小さく上げる。


「お帰りなさい」


 その膝にはやはり扇子が置かれていた。

 シラベが思い返してみれば、ミチルが扇子を──おそらく、彼女のふれどーるを──手放しているところは見たことがない。自衛だったらしい。


「待っててくれたの? ありがとうー」シラベの声には多少の疲労がある。


 ミチルはしゃらんと優雅な仕草で立ち上がった。表情はもちろん爪の先まで気が遣われたお嬢様仕草。シラベと立ち並んで歩き出す。

 シラベはやはり不思議に思った。先ほどの足を組んで座る様子は様になっていた。立派なストリートのお姉さんである。しかし動くとなればパッとお上品な仕草に移る。

 どちらが素なのだろうか。


「日に何度もフレアクトすると疲れるでしょう」

「あ……えっと。そうだね。でも多分ミチルちゃんが思ってるよりは疲れてないよ。戦闘らしい戦闘は一回しかしてないから。ヒエンちゃんとトドロちゃんだけかな」ぐぐっと伸びをすれば身体がバキバキ鳴る。「あとの三人はもう、お願いしますって感じ」


 ヒエンとトドロ以外の三人も、後で遅れて合流してきたのである。


「五人、減りましたわね」

「うん。これで後は四人」


 ユワ、レンリ、ミチル、そしてシラベ。


「退場するのはあと二人」ミチルは前で手を緩く合わせ、慎ましやかな微笑を浮かべる。「実はわたくし、シラベちゃんがイチ推しでして」

「推し?」


 そんな言葉を使うシチュエーションだったかな……。


「もう最終局面、ここからは直接お手伝いをさせてください。連絡をくれたらいつでもどこでも飛んでいきますわよ」

「お手伝い……」


 ミチルは自販機に向かっていたようで、缶コーヒーを二つ買った。


「ほっ」と片方をシラベに投げる。

「わ」飛んだ距離は数十センチだけだったのだが、虚を突かれたばかりに、シラベは大袈裟に反応してしまった。

「ナイスキャッチ」ミチルはクスクスと笑っている。

「……ありがとう」


 学園の前庭、その脇のベンチに腰を下ろした。噴水のライトアップが黄から紫に遷移する。


「ねえ」シラベは、たった百円のどこにでもある缶コーヒーを、しかし物珍しいものに感じて、なんとなく眺めていた。「ミチルちゃんは、どうして私によくしてくれるの?」

「え?」もうチビチビと飲み始めていたミチルが目を上げる。「どうしてそんなことをお尋ねに?」

「うーんとね」シラベはミチルのフレ数を思い出した。


 十四万。並大抵の数字ではない。

 一体何をしたらそんな数字に到達できるのだろうか。

 何をしたら——。

 何人殺したら。


「どうしてミチルちゃんみたいに凄い人が、私を気にかけてくれてるんだろうって思って」


 シラベの隣に座る大量殺人鬼は、フフっといつもより少しだけ高く口角を上げた。


「そんなの、友人だからに決まっているでしょう」


 シラベは目をぱちくりとさせた。

 友人だから——友達だから。手を貸す、と。彼女はそう言った。

 まるで普通の女子高生のように。


「入学式で不安なところに声をかけていただいて嬉しかったですし」

「えっ、そうだったの?」

「わたくし自分から話しかけるのが苦手なのもあって……」ミチルはすっと顔を逸らし、声を少し小さくする。「お友達ができるか心配だったのです」

「そっか」


 なるほど確かに、私でもそんな心象なら話しかけられた子のことが好きになっちゃうだろうな、とシラベは思った。

 分かるには分かる。

 でもそんな、些細なことで。


「ミチルちゃんって、私にフブちゃんとよく話すよう勧めてくれたよね」

「はい」

「それだけじゃない」シラベは確かに聞いた。遅れてきたカズラは『ミチルさんに捕まっていまして』と言っていたのだ。「私とフブちゃんが話す時間を作ってくれた」

「そんなことがあったかしら」ミチルはとぼけるがわざとらしい。


 入学式でたまたま隣の席で、なんとなく話しかけたのが右側の子だった。


「あれがなくちゃ私、フブちゃんとカズラちゃんに殺されてたと思う。私、ミチルちゃんに命を救われてる」


 そんな偶然で、私は生き残ってる。


「ありがとう」

「いいえ」


 ミチルは目を落とした。喉の奥で何かを飲み込んだのは、内心の躊躇の表れ。


「そのせいで……シラベちゃんのお父様は亡くなってしまいました」


 シラベは、相変わらず知りすぎてるね、と思いつつ。


「フブちゃんと仲良くなれたおかげでマリアを任せてもらえた」シラベは虚空に笑いかけた。すっと現れたマリアがゆっくり上下する。「そのおかげで、ユワさんが撃たれるのを助けられたよ。弾が貫通してたらミチルちゃんにも当たってたかもしれないし」

「けれど——」

「というか、そんなの気にしなくていいよ!」シラベは立ち上がると、ミチルの正面から手を差し伸べた。「私は私の前で起こる殺人を全部止めるから! きっと収支はかなりプラスになる!」


 ミチルは初めポカンとして見上げていたが、すぐまた上品に微笑んでシラベの手を取った。


「ありがとうシラベちゃん。それとすみません、人の命に収支だなんて言い方をさせて」

「? 別にいいよ!」

「……シラベちゃんってその辺りちょっとドライですわよね」


 ミチルと並び、寮までの帰路に戻る。


「とはいえ正直に言いますと」ミチルは歩きながら夜空を見上げた。「今となっては下心もあります」

「下心」シラベは自分の胸を見下ろした。視界が埋まった。「下心……」

「ええと」ミチルは苦笑する。「わたくしは、『アリス』を倒したいのです」


 シラベはピンと背を伸ばした。

 そうだ、クルミちゃんもそんな感じのことを言ってた気がする。


「それには仲間が必要でしょう? でもみなさま、端から諦めているのか、アリスを倒そうとまでは思われない様子で。その点、シラベちゃんは見込みがありますから、是非とも成長したいただきたいと思っています。そうして一緒に戦ってくれたらな、と」


 シラベは腕を組んで考えた。何かが引っかかった。何か……。


「みんなでヒルギ先輩を倒す……?」

「はい」

「それは……」むむむと首を捻る。「それは、なんか違う……それじゃ主人公っていうより、敵役みたい……」

「ま」ミチルは扇子で口元を隠す。「つまりシラベちゃんは『主人公になりたい』?」


「そうだね! 私はこの世界の主人公になりたい!」シラベはぐっと拳を握る。

「それならば、確かに」ミチルは優しく微笑んだ。「ミツルギ・ヒルギは、倒さなければなりませんね」





 自室の扉を引き開いたシラベは首を傾げた。


「あれ」


 中から明かりが漏れ出ている。


「どうかいたしましたか?」

「いや、なんでもないや」部屋の内側に半身を入れつつ。「じゃあおやすみ、ミチルちゃん」

「はい。おやすみなさい。また明日」


 ミチルを見送ってから。シラベは改めて自分の部屋の中に目をやった。静かに靴を脱いで立ち入る。ワンルームなのでここからもう中は見えていた。

 シラベは電気代に敏感なタイプの人間だった。電灯は消していく習慣が付いている。


「あの……なんだか……?」右手に金の剣を顕現しながら、半歩ずつ進んでいく。「美味しい匂いがするんですけど……」


 果たしてスガリのベッドには一人の女の子が座っていた。


「あ、おかえり」


 肌着一枚で滑らかな身体の線が露わになっている。膝に乗せたスマホで動画を見つつ、タオルで肌着の下を拭う。左腕には固定具がぐるぐる巻き。


「ご飯できてるけど、片手だから勝手が違ってさぁ。味が悪くても容赦してぇー……」


 シラベが見れば部屋の中央に丸テーブルが設けられていた。白米とお味噌汁、焼き鮭とじゃがいも、冷奴、キャベツの漬物……。

 湯気が上っている。


「なるほど」


 シラベの脳内にいくつかの選択肢が浮かんだのだが、最優先は冷めないうちにご飯を食べることなので、他の選択肢たちは議論以前に敗北した。

 座布団に正座して手を合わせる。目を閉じていざ尋常に。


「いただきます」


 温かい味噌汁、焼き鮭の香ばしさ、ふんわり炊けたご飯、冷奴の涼しさ。


「お口の中で……」シラベは涙をこぼした。「祝祭が始まってるよ……」

「しゅく……なんて?」桃色髪の女の子は目を上げる。「えっ泣いてる」

「美味しすぎる……」シラベは手を合わせた。「ごちそうさまでした」

「えっもう食べ終わってる。お粗末さまでした」

「うん。すっごく美味しかった。ありがとう。じゃあ次だね」


 シラベは足を崩してテーブルの向こうの人物に尋ねた。


「なんでここにいるの? ユワちゃん」


 桃色の髪に糸目のゆるふわ女の子──ショウジョウ・ユワ。


「そりゃあ……」ユワは体を拭き終わって、お湯の張られた容器にタオルを戻した。「ユワ、もうユワの部屋には戻れないからさぁ。レンくんに殺されちゃうでしょ?」

「なるほど、それもそうだね。じゃあ次──私、カギはかけてたよね?」

「ふれどーるを使えば鍵は内側から回せるんだぁ」ユワはどこか得意気に言う。「だってこいつら、どこにでも出てこれるんだし」


 ユワの側に現れたのは自立する振り子時計だ。時計盤が頭、振り子部分が身体のようなデザイン。目も口もないが手と足は生えている。紐と球だけで作られた簡単な手足。


「ああ、でも安心して? もう電子錠は注文したから。取り付けは明日になるけど、今日はコイツが見張っててくれるよ」


 時計の針がくるくるっと回る。それからまた現在の時間に戻る。


「見張り? なんで?」

「んん? だってレンくんに殺されちゃうじゃんか。あっそうだ、窓を開けるのも禁止だからね。レンくんは風の通るところならどこにでもパッと出てこれちゃうんだぁ」

「ふむ……それで私の部屋に……」


 ユワはしょぼんと肩を落としたところから、ひっそり上目を覗かせる。


「だからここに置いてほしいんだ。ご飯作るから──」

「うん。置く」食い気味に。「もう置きまくりだね」

「やったぁ」


 ユワは手を合わせて喜ぶ──ことは叶わず、あいててっと左腕を庇った。大丈夫かと様子を窺いに行ったシラベの手をぐいと引いて。


「えっ——」

「ん」


 その頬にキスをする。微かな時間、ほんの僅かに掠めるような、いじらしい口づけ。

 シラベはその瞬間にこそ呆然としていたが、後からこのキスを何度も思い返してしまう。本当に触れたのか、夢だったのではないかと疑うような一瞬。

 彼女もまた──レンリとは別種の──魔性である。


「ユワ、シラベさんに保護してもらいたいんだ。ただ——」


 シラベの耳元で囁くのはただの可愛いだけの女の子のはずだ。


「レンくんが敗北するところは見届けたいから、その後で、ね」


 しかし彼女の囁き声には、タールのような黒いドロドロの感情が滲んでいた。





「って感じなんだけど」


 暗い部屋の中。シラベはキッチンの縁に腰を預けつつ、携帯で通話していた。あくまで小声で。


「大丈夫かな」

『大丈夫ではありませんね』


 相手はミチルである。

 視線の先ではユワがすーすーと寝息を立てている。左腕をクッションに乗せているのだが(血行を良くするためだろう)、寝相が悪いのかすぐに外れてしまう。そのたび彼女のふれどーる──名をミュゼと言うらしい──がクッションを引いたり腕を押したりして位置を直していた。シリウスとマリアが手伝おうかーみたいな雰囲気で寄っていっているところ。


『シラベちゃんとユワさんは本来ならば殺し合う立場でしょう?』


 シラベはちょっと考えてみた。シラベとユワは殺し合う立場……。


「ほんとだ!」考えるまでもなかった。残り一枠を奪い合う関係だった。

『生きている偶然に感謝するならもう少し自分の命に頓着していただきたいところです』

「いや! 普段ならちゃんと考えたんだろうけど……その、ちょっと祝祭が……」

『祝祭……?』


「そう。美味しかった」シラベは至福の時間を思い出す。「あんな料理が毎日出てくるなら死んでもいいかも」

『……ええと』電話口の向こうはどこか呆れた様子。『ユワさんの作ったご飯まで食べたのですか? 作る場面を見ていたということ?』

「え? ううん。帰ってきたら置いてあったから」


 ミチルから『ええぇ……』と困惑と落胆の中間みたいな声が出る。


『それなら逆に信用できますわね……』

「あんなに美味しい料理を作る人が悪い人なわけないから?」

『毒が盛られていたらこうしてシラベちゃんとお話もできていないからです』

「ご飯に——毒を!? なんて酷いことを考えるの、ミチルちゃん!」


『いえ、その、結構ありがちなんですけれど……』

「まあ……なるほど、それは確かに」シラベが冷蔵庫を覗いてみれば、もはや小さな市場かというくらいになんでも揃っている。ユワが買い揃えたらしい(デリバリーだろうが)。魚肉ソーセージを一本抜き取って食む。「というか私いま、ユワちゃんのことをどうにかしようと思えばできちゃうもんね」


 シラベはこそっとユワの様子を確認しにいった。確かに眠っている。ほっぺがむちむちだ。指で押してみた。むちむちしていた。唇も小鳥さんみたいで可愛い。押してみた。薄くてあまり跳ね返らなかった。ユワは苦しそうに呻く。


『とはいえ確証が欲しくはありますね。そうでなければシラベちゃんも怖いでしょう?』

「怖くはないけど……確証って、裏切られない確証ってこと? そんなの取りようがあるの?」

『シラベちゃんがフブさんに勝ったとき、なにか、まるで記憶を読んだかのようなことを仰っていませんでした? フブさんとマリアさんの望みを見抜いていたような』

「あっ……ああ。私のフレアクトって相手の過去を見ることができて……」


 言いつつ、ん? と眉をひそめる。


「なんでミチルちゃんがそんなことを知ってるの?」

『……』


 十秒ほどの沈黙。


『それは都合のいいフレアクトですね。そちらを使いましょう』


 ──無視されたんだけど。


 もうミチルがシラベのストーカーをやってるくらいじゃないと説明のつかない領域である。


『それでユワさんの記憶を読めば、嘘を付いていないか、本心なのか、分かるでしょう』

「……ん、いや。寮内でのフレアクトはダメだよ」

『今は誰もシラベさんのことを見ていませんけれど』


 ミチルが言っているのは、つまり——。


「ここでフレアクトする分にはバレないってこと?」

「ユワさんが起きて目撃されたらまた別でしょうけれど。学園へ報告される前に殺さなければならなくなりますね」

「えっと……メルヘンなオーラみたいなのとか、出てないんだ? そういうのを検知? とかされちゃうのかと思ってた」

『出ていますが、抑えようと思えば抑えられます。シラベちゃんに関しては、まだ抑えるまでもありません。ふれどーるたちの反応に紛れるくらいでしょう』

「むむっ……でも、分かった」


 シラベはミチルのアドバイス通りにフレアクトしよう——として。


「あ、そう言えば」


 発動条件を思い出した。閻魔帳を使うには相手の身体をメルヘンしなければならない。一応シリウスに「髪の毛とかじゃダメかな」と尋ねてみたが、シリウスは首を横に振る。最低でも腕か足くらいは必要なようだ。


「ごめん、無理だったや」

「ああ、いえ、すみません。問題ありません。確証ではありませんが……多少は信頼できるかもしれない、という証拠を、他に見つけました。——総フレ数獲得ランキングをご覧になって」


 シラベは言われた通りにファイルを開いた。少し前に二十四時を回って更新されたところ。

 そこに表示されたショウジョウ・ユワの総獲得フレ数が。

 【0】になっている。


「えっ?」シラベは携帯から目を離して、すぐ傍のユワを見下ろした。眠る彼女は難しい表情をしている。悪夢を見ているのかもしれない。骨折しているのだから当然と言えば当然だ。「ゼロ?」


 シラベは時計のふれどーるを見た。健気にユワの腕を押す彼を。

 総フレ数をゼロにする方法は一つしかない。シラベも入学してすぐに授業で習ったところである。


「ふれどーるとの契約を、破棄したんだ」

『ええ。シラベちゃんに取り入り、殺すつもりなら、ここまでする必要はありません。本当にこの勝負からは降りるつもりでいるのでしょう。しかしレンリさんが負けるところは見ておかないと気が収まらない。そのつもりでシラベちゃんの傍に来た』

「ちょっと待って? ユワちゃんって、三人殺して、900稼いだんだよね」シラベはむむっと眉間に皺を寄せる。「それが、ゼロ?」

『ユワさんにはレンリさんに勝てない確信があるのでしょう。しかしこれでレンリさんがユワさんを狙う動機は無くなった。状況は実質、レンリさんとシラベちゃんの一対一になりました。流石にこの催しの勝利法を誰よりも早く理解、実行した人間なだけありますね、英断と言って然るでしょう。シラベちゃんもこの判断力を参考にしてください』


「三人殺した分のフレを捨てたんだ……」シラベは感心していた。「凄いなあ」

『シラベちゃんがそれを言うのですか?』

「私は殺してないし、殺さないし。ユワちゃんの方が凄いよ」


 殺人。何者であってもその行為には一定の価値を見出してしまうものだ──常人は常人なりに、狂人は狂人なりに。全く無かったことにするだなんてことは難しい。慣れてしまった、というような人間ならまだしも、ユワにとっては十中八九初めてから三回目までの殺人だったのである。

 しかし彼女はそれを、いとも容易く手放したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る