第2話 オン・マーダーステージ
Q. 授業中、教員が黒板に書き間違いをしているのに気づきました。あなたはどうする?
マホロバ・シラベ
回答——他の生徒が指摘しないようならば指摘する。
理由——あんまり目立つのは嫌だけど、誰もやらないならやらなくちゃいけないし。
ウツセ・ミチル
回答——回答拒否。
理由——だって書き間違いの内容によるでしょう。
条件追加——その書き間違いは、生徒に誤った理解を及ぼしかねないものです。
回答——授業後に教員に報告する。
理由——きっと先生の焦った顔が見れるでしょうから。
**
「はあ」
栗色髪のショートカットは前方へ向かって斜めにカットされている。
元気が取り柄のはずの女の子、シラベはため息をこぼしていた。
カーテンが揺れれば桜の花びらが入り込む。
フローリングは綺麗で、白い壁紙も新しい。ベッドが向かい合わせに二台。クローゼットと鏡台も二つずつ。他には段ボール箱だけが、それぞれのスペースに積まれている。
シラベは寮のベッドに、早速、横になっていた。呆けて天井を見上げる。
「はあ……」もう一度こぼした。
瞼に焼き付いたヒルギの姿にただ嘆息するばかり。
学園からシラベに見繕われた専属ふれどーる——ちっぽけな王冠を被ったわんこ——がその腕に抱かれている。逃げ出そうと腕をぱたぱた振っているが敵わない。
入学式にテロリストが紛れ込んでいたとなって、初日の予定は全てキャンセルされ、シラベたち一年生は午後いっぱい暇になった。とはいえ寮から出ることも許可されなかった。
「なあキミ……」
そんなシラベに声をかける者がいる。疎ましげな雰囲気。
「なに……? だれ……?」
「誰って。さっき自己紹介したじゃないか」床にあぐらを組んでいた、声の主は、軽い調子で肩をすくめた。「アマギ・スガリ、さ。この二人部屋にキミと共に配された、ルームメイト」
アッシュグレーの髪をボールペンに巻き付ける形でまとめてある。二本。彼女の長く伸びた髪がすぼまる二カ所に、それぞれボールペンがあるという形。
背がかなりちっちゃい。
「うそ……。聞いたっけ。覚えてなかったや、ごめん……」
向こうのベッドには鳥の雛を模したふれどーるが乗せられていた。灰色でもこもこした鳥の雛。ポテンと座って、なんとなくスガリを見たりシラベを見たりしている。
「まあ、気持ちは分かるんだけども。あんなことがあった直後なんだからね」
ブラウスの袖をまくったスガリは、その、どこかカメラのレンズのような瞳を、シラベに向けた。
「ただ、初日から皺をつけるのはあまり合理的な判断ではないんじゃないかな?」
シラベはブレザーを脱ぎ捨てただけで、制服のままだった。スカートのひだがくしゃり。
「それは……そうだね。そうかも」
シラベは、んしょっと起き上がって、ぽふんとベッドに腰かけ、んーっと伸びをした。
「せっかく時間があるんだから、荷解きするかあ」
なんて言っていたところ、すすっと近付いてきたスガリの手には巻き尺と定規がある。何に使うのかと思っているうちに背中に回された。
「ふむ。アンダー71に対してトップ98.5。差分27.5。まさしくHカップ」
「え、なに?」引くというより困惑。「なんで採寸してるの?」
「おお……この曲線。数字としても形状としても、極めて『目立つ』部類に属するだろう」スガリは手を震わせている。恍惚の震え。「素晴らしい……」
「何が?」
「素晴らしいだろう?」
「素晴らしいのはそうなんだけど」
「よし、じゃあ次は腰回りを——」
シラベは慌てて飛び退いた。部屋の扉を背に。
「こ、これっ」シラベはやっと、恥ずかしいことをされていることに気付いた。自分を庇うように抱いて、頬を僅かに染める。「セクハラってやつじゃない!? 訴えるから!」
立って気付いたのだがいつの間にかブラのホックも外されている。ゾッとした。
「おや」スガリは左手に巻き尺、右手にそこから伸びたテープを持っている。まるで罪人をお縄にかけようとする町奉行。「どこに訴えるっていうんだい?」
「さっ……」訴訟とはどこに申し出るものなのか、シラベにはイマイチ自信が無かった。「……裁判所?」
「残念、今日は寮から出られない。裁判所にはいけないね」
「じゃあ、先生に言う! 部屋を変えてもらうから!」
「おっとっと。それは早計に過ぎる。よく考えてみたまえよ」
「むむっ」早計すぎるらしいのでシラベはちょっと考えてみることにした。腕を組む。でも分からなかったので、頬を膨らせ斜め上を見上げる事しかできない。「むむう?」
「いいかい?」スガリは教師が生徒を諭すように言う。「ワタシたちはこれから同年代で最も可愛い女の子たちと『勝負』することになる」
「そうなの?」
「シラベさんに一番になるつもりがないならそうとも限らないけれど」
「一番にはなりたい!」シラベはぐっと拳を握る。
「ならば、彼我の戦力差は知っておいたほうがいい」
「ひが……?」日が? 火が?
「自分の強みと、敵の強みを知っておく必要がある、ということさ」スガリは一人頷く。「つまり、まずは自分の身体を数値化しなければならない。なるはやで」
「なるほど!」
「ほら、ここで測ったほうがいい気がしてきただろう? シラベさんの……ステータスを!」
翌朝。廊下は天井が一面のガラスで、水色の空が覗いている。足音からして高級な建材。窓辺のカーテンも分厚く艶々。
そんな道中でシラベはというと──。
「手付きがえっちだったあ!」頬を紅潮させ唇をとがらせ、ぷんぷんと怒っていた。
スクールバッグからわんこの頭だけがもふんと出ている。
「気のせいじゃないか?」スガリは制服の上に白衣を羽織っていた。彼女自体は背が低い方なのだが、白衣は大人向けのサイズのようで、ダボッと、お化けみたいな萌え袖である。「それか自意識過剰か」
スガリのふれどーるはスガリの頭の上に座していた。ジャストフィット。シラベとそのふれどーるの目線が同じくらい。
二人は一緒に登校してきたところ。
「いや!? 揉んでた! 揉んでたじゃん!」ビシリと指差す。「絶対揉むのが目的だったよ!」
「ああ」スガリは緩く目を瞑って一人頷いた。「素晴らしかった」
「ほらあ!」
「だって今もほら」チラリと片目で覗き見る。「ぷるんぷるん揺れてる」
「揺れてないよっ!!」シラベはまたボッと赤面して、しかしもしも揺れているならば自分のクーパー靭帯が危ういな、と真面目にも考えた。「ブラ合ってないかな」
「ピッタリだね」
「じゃあ揺れてないよねえ!?」
「いいや。この世には神秘も奇跡もありうるんだ──」
やんやとやり取りしているうちに彼女たちの教室、一年五組に辿り着いた。
教室自体は普通の高校のそれと大きく変わらず、多少設備が良いくらいのもの。机の数は二十。
もう十人以上の人間がいた。あっと気付いて声をかけに行く。
「ミチルちゃん!」
「あら、シラベちゃん」
ミチルは今日も羊のような髪をもこもことさせていた。お上品にすました様子で席についている。
シラベがまるで飼い主の帰りを待っていた犬のように駆け寄っていけば、ミチルは高級そうな中華風の扇を広げ、口元を隠しつつ微笑んだ(少なくとも目元は微笑んでいた)。
「昨日は凄まじい体験をしてしまいましたわね」
「ね! それ語りたかったのに! 私、ミチルちゃんの連絡先知らなくって!」
「まあ、『語りたかった』?」
「そりゃあね! だってだって──」シラベは昨日のことを思い出す。「──ヒルギさんに直接抱えられちゃったんだもん!」
「え? そちら?」
扇で口元を隠したまま、目線を他のところにやる。
「わたくしはてっきり、目の前で人が死んだことについて言っているのかと」
「──死?」
シラベは誰のことだろうかと考えて、やっと赤髪の少女のことに思い当たった。
──確かに、あの子はもうアリスの世界に取り込まれた。
死んだってのも正しい。真っ二つにされてたし。そうでなくとも、ヒルギさんは誰にも倒せない。
でもイマイチ実感が湧かない。
「物騒なことを言う子だね」口を挟んだのはスガリ。「初めまして、ミチルさん? ワタシはアマギ・スガリ」続けて萌え袖の片方を自分の頭上に向ける。「こっちはカイザー」鳥の雛のふれどーるはピクリと顔を上げた。
「あら、初めまして、スガリさん。わたくしはウツセ・ミチルと申します」
「そっちのふれどーるは?」
「わたくしの方は人見知りなようで」ミチルは自分の机の上を見る。「今は姿を消してしまっていますね」
「おや、それは残念だね、カイザー」スガリが見上げればカイザーは首を傾げるような仕草をした。
「ん? あれ? ちょっと待って?」シラベは腕を組んで思案し、今のやり取りを思い返し、何秒かかけてから違和感に気付いた。勢い良く指差す。「『カイザー』ってなに!?」
「そりゃあ、この子の名前、さ」スガリは両腕の萌え袖を、輪を作るようにして上げると、自分の頭の上に乗っていた灰色の鳥の雛を持って下ろした。「な、カイザー」
「えー! そうなんだ! ふれどーるさんって名前を教えてくれるんだ」
「いや、勝手に付けちゃっただけ。でもたぶん気に入ってくれてるよ。そうだね?」スガリが問い掛ければ、その両腕に抱かれたカイザーの頭上から、水色に光る羽が一枚飛び出た。それはふわふわ漂いスガリのグレーのおでこに落ちると、まるで手のひらに落ちた雪のように溶け消えた。「わっ。一枚貰ってしまった」
「あらま」ミチルが目を丸くする、あくまで控えめに。「フレですわね」
「記念すべき一つ目だ」スガリは余裕ぶった調子で言ったが、しかし抱いたカイザーを見下ろすその微笑みには、確かな喜びが浮かんでいた。
「えっ、えっ!」シラベも驚いて、凄いねとかおめでとうとか言いつつ、自分のふれどーるの頭を掴むと、カバンから引き抜いてミチルの机に置いた。「私も名前つけたい! えっと……」むむっと考え出す。「わんこで、王子様なんだよね……」
ミチルと、スガリと、当ふれどーるが固唾を飲む。
「『ワンじさま』!」
三者ともに首を傾げた。なんならカイザーも首を傾げた。
「それはどういう?」とミチル。
「ワンコの王子様でワンじ様!」シラベはドヤ顔で胸を張った。鼻まで鳴らす。「いいでしょう」
暫定ワンじ様は両腕を上げてパタパタと振る。
「お、反応いいねえ! 喜んでるよ!」
「ワンじ様……」スガリがお腹を抱えて笑いをこらえている。
「おおいぬ座から『シリウス』などは?」
ミチルがおもむろに言えば、暫定ワンじ様はパッと身体を返し、ミチルに右手を差し出した。その手には、角の丸い金の王冠が乗っている。
「あらまあ。貰えるものは貰っておきましょうか」ミチルは扇を丁寧に閉じると、先端で王冠をつついた。王冠──フレは金色の光に変じて扇を一瞬光らせる。「どうもありがとうございます、シリウス様」
確定シリウスはペコリと頭を下げる。
シラベ、絶句。スガリ、爆笑。
「こっ……この……」シラベはわなわなと震える指を向けた。対象はもちろんシリウス。「浮気者!」
振り返ったシリウスは腕を横に振るが……。
「今さら言い訳したって遅いんだから!」
「修羅場ですわね」
「クックックッ……」
そんな三者に差される水が一つ。
「おい、うるせえ」
露骨に不機嫌そうな、低く、ともすれば「しゃがれた」とすら表現できる声で非難を表明したのは、ミチルの隣の席の女子である。ブレザーの下にパーカー。
波しぶきのように後ろに跳ねた藍色髪。
「オレの安眠を邪魔してんじゃねえぞ」
突っ伏していたところから、ギロリと瞳を覗かせる。寒色の花火を咲かせた、時計草のような、迫力のある瞳。
三人はひたと鎮まってお互いに視線を交わした。
──怒らせちゃった。私ったら声が大きくって、ごめん。
──向こうが気難しい人間なだけだろ? 気にする必要ないさ。
──目立ちすぎたのは事実でしょう。ほら。
ミチルが扇で促すのにシラベが振り返ると、なるほど確かに教室中の視線が三人に集まっていた。態度が明らかなグループもあれば、気にしていない風を装いつつチラチラと様子を伺っている者たちもいる。
シラベは頷いて、気難しい女の子の様子を伺うように会釈しつつ、自分の席へ向かった。
マホロバ・シラベの席はウツセ・ミチル、アマギ・スガリとは反対側の、窓辺だった。前後の誰かと挨拶でもしようかな、と考えていたシラベだったのだが、席に着いた瞬間、機先を制される。
「な、な」とのめって話しかけてきたのは隣の席の女の子。『なあなあ』という呼びかけを短くしたニュアンスの『な、な』である。
「ん?」
「シラベちゃんって言うんやんな」
毛先の広がるタコさんウインナーみたいなシルエットの黒髪。頬のラインに沿ったインナーだけ色が抜かれ、白い部分がちらちらと覗いている。チョーカーから伸びたチェーンがブラウスの内側に向かって伸び消えていた。見た目だけならクール系ダウナー系のセンス、アイドルならカリスマ系、バンドならベース、ベリーならブルーベリー、といった印象だったのだが……。
「ウチはハチカヅキ・フブ。よろしゅうなぁ」
甘くとろけるような関西訛りと柔和な表情だった。ストロベリーである。路地裏でタバコを吸っていそうなビジュアルの人間に、ほのぼのとした調子で話しかけられて、シラベは脳がバグった。
「お、おーい?」
「はっ!」眼前で手を振られて、シラベの意識はなんとか返ってくる。「あっ、フブちゃんだね。初めまして、よろしくね」
「あのな、言いたいことあって」フブは背中を曲げて、ちらりとだけ背後に振り返りつつ、こっそりと言う。「ああいうの、あんま気にせん方がええよ」
フブが言うのは先ほどシラベたちが咎められた件だろう。
「ああ、うん」シラベは苦笑を一つ浮かべたのち、ニコリと笑った。「ありがとフブちゃん」
「ええんよぉ」ぷらぷらと手を振るのは構いませんよ、という意思表示のようだ。
フブの机の上にふれどーるが一体、シラベを見上げている。雪だるまを倒したような胴体に、「く」の字の手足を八つ取り付けた——蜘蛛のふれどーるだった。
「──みなさんにはこのように、『対人危機管理権』を初めとした、数多くの『特権』が与えられています。国家の期待を受けているという自覚をもって、学業、メルドル業に取り組んでください」
先日行われるはずだった説明が、二十人の生徒に向けて行われている。シラベは先程配られた黒いクレジットカードをじっと見つめ続けていた。説明された利用限度額にまだ耳を疑っている。
——これ一枚でお母さんの入院費用どころか弟の学費も賄えちゃうよ。
「さて、では次が最後の説明になりますね」釣り目の担任が投影の資料をめくる。「新人戦について——」
曰く。
新人戦とは、同業学園の新入生たちと共にステージに上がるイベントだ。全国ニュースにも大きく取り上げられる一大興行である。当然、日本中、世界中のふれどーるも観覧に訪れる(彼らにとって物理的な距離は障害ではない)。
凄まじい量のフレが稼げること請け合い。
担任教師の紹介した過去の映像にはその姿もあった。
二年前の新人戦の、伝説。
数か月前まで無名の少女だったミツルギ・ヒルギが日本一に輝いた、その瞬間の映像が。
主人公の姿が。
「当校の出場枠は参加校最大の十人です。各クラスから二名が選出されます。つまりこのクラスからも、二名」
ビシッとまっすぐに挙手する者がいる。
「その二名はどのような基準で選定されるのでしょうか!」
ゴスロリのごっついブーツ。刺繍がびっしりのタイツ。頭にはとんがった角が生えている——ようなデザインの、カチューシャ。赤髪の高い位置からでっかいツインテールを垂らしていて、空間占有率が非常に高い。
「今から説明します。焦らないで」
「はい!」
小悪魔風の彼女は、挙げたときと同様に、ビシッとした仕草で腕を下げた。型に嵌めたような姿勢。
小学一年生の教科書、その一ページ目に乗せていいくらいだ。実際のところ、彼女が名を上げたならばそんな未来もあるのかもしれない。
「四月末日の時点で累計獲得フレ数が多い者です。累計獲得フレ数は簡単に把握することができます。ふれどーるの方々に頂いた、こちらを用いれば」教員の手にあるのは、女児玩具風のコンパクトミラーだ。「では回していくので覗き込んでいってください」
担任は窓際最前列の生徒にミラーを手渡した。シラベにもすぐ回ってきたので覗き込んで、映る自分と目を合わせれば、前方に投影されたリストに自分の名前が現れる。シラベの累計獲得フレ数は『0』。当然だ。
ミラーが回されていくにつれ、新しく表示されていく数字は、みな『0』か『1』だった。『1』の者は、昨日のうちに、スガリとカイザーのようなやりとりがあったのだろう。
「あのぉー」と困った様子な女の子。ミラーは今、彼女の手にあった。「受け取ってもらえます?」
彼女はミラーの角で前の席の生徒の背中をノックしている。何度かしつこくノックすれば、前の席の生徒──波しぶきのような藍色髪に、染め物の花のような瞳を持つ彼女──が、突っ伏していたところからのそっと振り返った。
──さっき怒らせちゃった子だ。
舌打ち一つと共にミラーを受け取ると、それをそのまま前の席の人間に雑に渡す。
「あら。いけませんよシジマさん」と担任。「顔を映してください」
シジマさんと呼ばれた女の子は、また舌打ちをして、しぶしぶミラーを見た。僅かに目を向けただけでは反応が無かったので、観念して顔の全面を見せる。
「──えっ」
誰かの驚きの声。それ自体は誰のものか分からなかった。だがこの教室のほとんどの者はその驚きを同時に抱いた。
「ええ、そうですね」担任が投影に目をやる。「シジマさんは『先行組』ですから……」
累計獲得フレ数『314』——『シジマ・ナギ』。
暫定、一位。
ざわつく中で挙手したのはまた小悪魔風の女子である——ミラーを覗き込んだときに表示された名前を参照すれば——ナノコリ・カズラ。
「どうして『累計』なのですか? 不公平ではありませんか?」カズラは担任に当てられるのを待たずに言った。怪訝に眉をひそめながら。 「ボクらは厳選なる審査を経て選ばれた、確かに才能のある人材です。『天賦』の可愛さを持つ美少女たちです。期待されています。しかし先行組は偶然ふれどーると契約してしまっただけ、多少経験が先行しただけの『凡才』に過ぎない」
「は? あまり舐めた口を効くなよ」と口を挟んだのは当然、藍色髪の彼女──シジマ・ナギである。ガラガラとした声でドスを利かす。「殺すぞ」
赤髪のツインテールはこれを無視。
「『新人戦』はこの国を背負う人間を選ぶ上で最も重要なステージの一つです! その選考において凡人が有利だなんて、道理が通っていません!」
その口振りには大真面目な熱があった。
フブがシラベにこっそり言う。
「あの子、すごいこと言わはるなぁ。自信があるんや……」フブにはその『自信』が無いらしい。
シラベもフブと似たような感想を抱いたが、同時に妙に引っかかる感覚もあった。
自信がある。それって良いことだ。
でもその訴えは情けない。
真に傲慢な人なら。自分が先行組より優れているというならば。
ハンデだと思わなくっちゃ。
「『300』は大した差ではありません」
担任はぴしゃりと言う。これ以上の意見は聞きません、という意味を含んだ言い切り方だ。
「この程度の差を埋められないならば、そこまでだということです」
回りきって返ってきたミラーをパタンと閉じ、改めて教室を見渡す。
「加えて一点。私たち学園運営は四月末日まで、『あなた方の諍い』には不干渉を貫きます……よほどの事態でない限りは。『そのほか』についてはまた別の問題ですが……」
——「諍い」。
言い争いとか喧嘩とか。
シラベにここまで、話に置いていかれているという感覚は無かったのだが、この言葉だけはよく分からなかった。
どういった「諍い」が想定されているのだろうか。
連絡事項はこれで済んだようで、担任はなんてことなく別れの挨拶をして去っていった。
一斉にひそひそ話が始まる。
「なあシラベちゃん……」フブはシラベに声をかけつつ、教室にも目をやった。
「うん」シラベも同じ女の子を見た。
藍色髪の彼女——シジマ・ナギを。とはいえもう立ち上がったところ。
「……チッ」舌打ち一つを残し、視線を躱すようにして去っていく。
一人二人とにわかに立ち上がって、伺うように目を回しつつ教室を出ていった。担任に突っかかった方の女の子、ナノコリ・カズラも、不服そうな顔をしたまま出ていく。
「ウチらも行こか?」
「そうだね」
シラベはフブを伴ってスガリと合流し、寮への帰路に就いた。ミチルにも声を掛けたかったが、既に姿が無かった。
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