第4話 校則vs勇者、開戦

 放課後の図書室。

 窓の外では自転車部隊の帰宅ラッシュが轟音を響かせているのに、この場所だけが別世界のように静まり返っていた。異世界で例えるなら“静寂の祠”ってところか。重厚な書棚、古びた空気、棚に並ぶのは──校則。


「……人生で“校則”を真面目に読む日が来るとはな」


 机の上には三冊の資料が広がっていた。


『誠栄高校生徒心得(改訂第17版)』


『風紀委員会記録抄(過去10年分要約)』


『校内言論に関する指導ガイドライン』


 隣ではアズ君が、机の上に正座して、AIの音声ガイド風に喋っていた。


「ふむ。“男子生徒の前髪は眉にかからぬこと”。“制服の袖は第二関節を越えぬこと”。“携帯電話は常時ロッカー保管”。……これはもはや、レベルⅣの呪文書クラスだな」


「ほんと、異世界でこのボリュームの詠唱を覚えたら、ウァイバーンクラスでも楽勝だったぞ……」


 俺の脳内では、すでに“明日の決戦”──公開弁論の構想が回り始めていた。


 黒羽ヒカルが突きつけた問い──「自由とは何か」。

 漠然としてるくせに、真剣に向き合わなきゃ説得力ゼロ。

 しかも相手は風紀委員会。言葉の論理だけで空を斬るロジックモンスター集団だ。


「なあ、アズ。お前にとって“自由”って何だ?」


「哲学的な問いだな。では、引用しよう。“自由とは、何者にも命令されず、自らを律することのできる状態”──コンスタン」


「おお……それっぽい!」


「しかし、俺様の定義はこうだ。“自由とは、ジャムパンを争わずとも分け合える世界”である」


「急に俺様?しかも食い気!」


 そんな掛け合いに、ことねがくすっと笑った。


「でも、当たってるかも。“奪い合わなくてもよかったもの”に気づくのが、本当の自由なのかもしれない」


 彼女のその言葉は、不意打ちのように胸に響いた。


「なあ、ことね。……どうして、こんなに協力してくれるんだ?」


「それはね……」


 一瞬、彼女は視線を外してから、静かに言った。


「レンジは“帰ってきた人”、まだこの世界に馴染んでないでしょ?」


「まあ、異世界帰りだしな」


「でも、それが羨ましかったの。私たちは、生まれたときからこの“空気”の中にいて逃げられない。レンジは“おかしい”って素直に言える。……その目がくすむ前に、何かの役に立てるなら、それもいいかなって」


 彼女の声には、悔しさと希望の入り混じった響きがあった。


──俺は、その一言で覚悟を決めた。


「よし。だったら、俺もこの世界で戦うよ。異世界帰りだからこそ、見えるものがあるはずだ」


「なら、私も付き合う。“反校則派”としてね」


「え、派閥できてんの!?」


──図書室は、いつしか“秘密の作戦会議室”と化していた。

 明日の弁論戦に備えて、俺たちは静かにページをめくる。


 その頃、別の場所では──風紀委員会室。


「……伝師蓮司の演説は、校則体制への反逆となりうる」


 黒羽ヒカルが端末に命じると、即座にタブレットAIが反応した。


【対話シナリオ生成中】

 レンジの主張傾向:倫理・感情訴求型

 反論構文:法的正統性/教育的合理性/集団規範への寄与


──勇者 vs 委員長。

 次元を超えた“言葉の魔法戦”が、ついに幕を開ける。


 翌日の昼休み、誠栄高校の講堂は、異様な熱気に包まれていた。

 空調のせいじゃない。ざわつく生徒たちの目線と、微妙な期待感が空間を圧迫している。


【風紀委員会主催 公開弁論:テーマ「自由とは何か」】


 全校生徒のうち、約300名が集まり、立ち見も出る盛況ぶり。

 舞台中央には、風紀委員長・黒羽ヒカルが鋼のような立ち姿で静かに立っていた。


 壇上の左右に二つの席。ひとつは体制代表、もうひとつが──俺、伝師蓮司。


「……やばい、心拍数が魔王戦のときより高い気がする」

「それ、もっと堂々と自慢げに言ってくれない?」


 舞台袖でことねが小声で笑う。

 そして、司会の男子生徒が壇上へ。



「えー、本日の公開弁論は、“校則適応訓練”を拒否した伝師蓮司くんの申し立てにより行われます。テーマは『自由とは何か』──では、伝師くん、発言をどうぞ」


──よし、深呼吸。気を抜いたら負けだ。


 ゆっくり壇の中央へ歩き、マイクに向かって言った。


「どうも、伝師蓮司。元・異世界勇者です。まず一言。今日の購買部のピロシキ、マジで優勝してました」


 会場、ざわ……っと笑いがこぼれる。

 よし、つかみはOK。


「さて、俺がこの学校に戻ってまず感じたのは、“自由がなさすぎる”って違和感でした」


 スクリーンに校則抜粋が映る。

 

 髪型指定


 スマホ通信記録の検閲


 笑い声チェック


 購買部自治権の奪還及びパン配給制の検討


「もちろん、安全のためのルールは必要です。でも、“黙って従うこと”が最優先されて、“考える自由”がなくなるって……それ、ほんとに教育なんですか?」

 

ざわ……と会場が揺れた。


「異世界にもメチャクチャなルールはあった。

 ドラゴンが村を襲って、空が割れて、仲間に裏切られて──でも、“自分で選んで動く自由”はあったんです」


 一呼吸置いて、俺は続けた。


「この世界では、“選ばない自由”すら、なくなってる。

“やらないと内申が下がる”“空気を読まないと浮く”“黙って従わないと怒られる”──それって、本当に“自分の人生”ですか?」

 

 スクリーンが切り替わり、アズ君のボイスメッセージが再生される。


《自由とは、パンを争わず分け合える世界──by アズ君》


 講堂、笑い。


「まあ……あいつの意見は参考までに。でも、“校則に従うこと”が自由なんじゃない。“自分の言葉で選べる”ことが、俺にとっての自由なんです」


 ぐっと声を強めた。

 

「だから俺は、黙らない。“空気”より“意思”で動く。

 俺が異世界から帰ってきた意味は──きっと、ここでそれを示すためだ!」


──静まり返る講堂。

 そして、ぽつぽつと拍手が起こり始めた。


 最初に手を叩いたのは、ことね。

 続いて、購買部のおばちゃん・ヨーコ。そして、アズ君の“自由名言”に笑ってた1年生たち。


 その拍手は、次第に波のように広がっていった。


 そのとき──


「……では、風紀委員を代表して、反論します」


 黒羽がすっと前に出てきた。無表情のまま、マイクの前に立つ。


「“自由”は、全能ではありません。“自由”とは、責任と同義です。あなたが発言できたのは、守られた空間があったからこそ」


 会場が再び静かになる。


「もし全員があなたのように自由を叫び、規則を無視すれば、この学校は崩壊します。あなたの“意思”は、単なる“わがまま”です」


──さすが。理詰めで殴ってくるロジックの女帝。


 でも。


「それでも……誰かが“違う意見”を言わなきゃ、世界は何も変わらない」


 俺はそう返した。


 黒羽は黙ったまま、そっと一歩下がった。


 司会がマイクを握る。


「本日の弁論は以上です。最終的な判断は、生徒会とPTA校則調整委員会の合議に委ねられますが──伝師くんには、“校則適応訓練の猶予”が一時的に与えられます」


──つまり、勝ちではないが、負けでもない。


 黒羽がすれ違いざまに呟く。


「……少しだけ、興味が湧いてきた。あなたの“その先”に」


 舞台袖に戻ると、ことねが満面の笑みで迎えてくれた。


「……レンジ、ちょっとはカッコよかったわよ」


「“ちょっと”は余計だろ」


 アズ君が横からすっと口を挟んだ。


「だが勇者よ。これはお前の冒険における──第一の勝利である」


──勇者、再起動完了。

 この世界の“理不尽”、ちょっとずつぶっ壊していこうか。

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