第23話 河原石とびては戻る思ひかな③

佐奈ちゃんが「よかった〜、だいたい7時って聞いたから時間合わせて来たんだよ?」とか「携帯にメッセージ送ったのに返信ないから不安だったー」とか「駅からの途中で会えるかなって思ってたんだけど〜」と話しかけるのを、チカは「へー」とか「ふーん」とか返事を返している。


カップルの会話の横で、ただ散歩している自分が、なんとも言えず居たたまれない。


さりげなく、コロが草むらをクンクンするのに合わせて少し距離を取ろうとするのに、チカは律儀にそのたび一緒に立ち止まってくれる。


……なんだこれ、何の拷問だろう。


思わず、河川敷を歩くおじさんを眺めてため息が漏れる。

中学の頃もあったけど、誰かと一緒にいて、逆にひとりを感じるときの、あの、つまらなさと寂しさ。


少し後ろを歩くふたりの会話をBGMに、おじさんの方を見ながらコロと歩く。


おじさんが足元の石を川に向かって蹴った。それが水道橋の欄干に当たり、さらにコンクリの支柱に跳ね返り、見事におじさんの頭に戻ってきた。


……マンガみたい。


思わず吹き出した。斜め後ろからも笑い声が聞こえる。


「くるみ、見てた? あれ、マジで漫画だったな」


どうやらチカも、劇的瞬間を見ていたらしい。


「あはは、すごいね。こんなことあるんだ」


嬉しくなって笑って返すと、チカは満面の笑みで笑っていて、佐奈ちゃんは明らかにつまらなそうな顔をしていた。


そして、チカに「えー、見てなかったんだけど。ねえ、何があったの?」と聞いている。


当然のように、帰り道も3人一緒。


佐奈ちゃんは「今日、この格好で部活行くつもりで荷物も持ってきたし、チカ、一緒に行こ?」と言って、チカの家で少し休んでいくようだった。


「じゃあね、コロ。帰るね。チカ、佐奈ちゃんも、またね」


そう言って玄関を出て歩いていると、角を曲がったところで後ろからチカが追いかけてきた。


「くるみ!」


「どしたの?」


もしかして、佐奈ちゃんのことを気にして「もう散歩はナシ」って話かも……と構えたけど、


「いや、あの、母さんが、いつなら“お品書き”書きに来られるかって……」

――あ、そんな話してたっけ。


「来週のいつが空いてるか聞いとけって」


「月・水・金以外の夜と週末だったら、いつでも大丈夫。チカのお母さんの予定に合わせて行けるよ」


「わかった、伝えとく」


そう言ったあとも、チカは何か言いたげだった。


「チカ、コロの散歩だけど――」もうついて来てくれなくても大丈夫だよ、と言おうとした瞬間、チカがかぶせるように言った。


「せっかくだし、体力ついてきたみたいだから、このまま続けろよ」


「う……うん。ありがとう」


その勢いに押されて返事をしてしまった。

そして、チカは「気をつけて帰れよ」と言って、家のほうへ戻っていった。


チカは、佐奈ちゃんの気持ちに気づいてるんだろうか……案外、男子ってそういうの鈍いからなぁ。


佐奈ちゃん、来週も来るのかな。

もし来るなら……チカに「彼女の気持ち、ちゃんと考えてあげてね」って言ってあげた方がいいのかもしれない。


そんなことを考えながら、家までの道のりをゆっくり歩いた。


――結局、次の週のコロの散歩に佐奈ちゃんが来ることはなかった。

それに、チカも大会のための練習が忙しくなって、ゆっくり散歩できる日も少なくなっていった。

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