第6話 ひねもすのたりのたり②
翌日の放課後。書道部の部室は、相変わらず人の気配がなかった。でも、今日は、中庭から体育館を眺めるのはやめておいた。
昨日書いたものを新聞紙に挟んで持ってきた。机に置いて、そっと広げる。
そのとき、準備室の方から宗谷先生の顔がのぞく。
「お、早いね、高梨さん」
黒い袖カバーにデニムのエプロン姿で、手を拭いながらこちらに近づいてくる。机の上の半紙に目をやって、ふっと表情を和らげた。
「あ、これ、公募の作品? 題材決まったんだ」
「はい。でも……和歌って、仮名が混ざるから、バランスが難しいですよね。どうしようかなって」
そう答えると、先生は少し腰をかがめ、筆跡をじっと見つめる。静かな間が流れた。
「うん、大きくなると確かに難しい。でも……いいじゃない。どうして、この句にしようと思ったの?」
……う
「昨日、作品集を眺めていて。なんとなく、目に止まったというか……」
「ふ〜ん」
ニヤニヤしている先生の顔が、なんだか妙に気になる。まるで何かを見透かしているような。
「確かに仮名まじりは緩急が要るし難しい。でもね、高梨さんは、その技術があるでしょう?せっかくだから、他の人がやらないような挑戦だし、これで書いてみたら?」
そう言うと、先生は「いいね、いいね〜、恋すちょ〜」と調子っぱずれな鼻歌を歌いながら、机を寄せ始めた。何をしているのかと思えば、ご機嫌なまま新聞紙を広げ、全紙を取り出している。
「……先生、何してるんですか?」
思わず問いかけると、ぽっちゃりした顔をこちらに向けて、むふふ、と笑った。
「生徒に“公募出そう”って言った手前、先生が何もしないわけにいかないでしょ? 毎朝新聞社の展覧会に出してみようかなと思って」
皆に公募すすめてるのって――本音は、先生自身が出したかったんじゃ……
そんな疑惑が、ほんのり浮かぶ。
「準備室の奥で、日に焼けた古い紙を見つけてね。もったいないけど、練習に使おうと思って。贅沢でしょ、全紙練習」
「いいですね。何書くんですか?」
「1文字か2文字のやつ。高梨さんがそれ書くなら、先生は“恋”にしようかな〜」
むふふ〜と笑いながら筆を用意する姿に、言葉を失う。
この先生、のんびりしてるように見えて、案外鋭いのかもしれない。要注意だ。
先生が、ちっちゃなバケツに墨汁を入れて、「恋すちょ〜、そめしか〜」と妙なメロディでご機嫌に筆を突っ込んでいると、部員たちがぞろぞろと集まり始めた。
「ちょー先生、机足りないってば!」
「おっと、ごめんごめん!」
結局、先生が全紙に書いたのは『青春』だった。高校生が書けば王道だけど……どうなの?
そのタイミングで、部長の久賀先輩が声をかけてきた。
「あ、くるみちゃん。先生のを見て思い出したんだけど、高校生書道大会の書道パフォーマンス地区予選、くるみちゃんもメンバーに入ってるからね」
「え? あれって3年生のイベントじゃないんですか?」
「いや、うち3年生4人しかいないし。くるみちゃん、上級者だから即決定」
「大会って、いつなんですか?」
「本番は8月3日。でも、曲や構成とか色々あるから、メンバーは5月末までに確定ね」
横から副部長の槙野先輩が、「楽しいよ〜!一緒にやろ〜」と笑いながら抱きついてきた。
メンバーは3年生4人、2年生5人、1年生は私だけ。他の1年生3人は「応援するね〜」と、のんびり構えている。
弱小部だけど、みんな仲が良くて、なんというかまったりしている。この部活で良かった、としみじみ思った。
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