第44話「そのころ、〈聖女の英雄〉は⑦」
幼い少女を、ずっと夢に見ている。
優しくて、誠実な少女だった。
ずっと、一緒にいたかった。
いられると、無邪気に信じていた。
けれど、彼女は微笑みかけるのはいつだって俺ではなくて。
挙句の果てには、遠くから見ていることしかできなかった笑みさえも失われて。
だから。
だから、俺達は。
俺は、目的をかなえるために、どんなことでもすると誓ったのだ。
「ここは……」
「貴方がここで目覚めるのは初めてじゃないかしら?」
「っ!」
聞き覚えのある声がして、とっさに跳ね起きる。
いや、厳密には違う。
跳ね起きようとして、できなかった。
体の感覚がない。
左腕も、両足も、思うとおりに動かせない。
包帯でぐるぐる巻きに固定されている。
唯一無事なのは右腕だけ。
体も、見ればいつの間にかあちこちに縫った後がある。
「落ち着いてちょうだい。貴方は、気絶してダンジョン一階層にまで避難したところを保護されたのよ。他のパーティメンバーと一緒にね」
「……っ!」
言われてすぐに、思い出す。
そうだ、三十階層に潜って。
シャドウ・ブレードとの戦闘になって。
そこで、二体目が現れて。
俺達は――。
「負けた、のか」
予想外の事態が起きた、などというつもりはない。
ダブルポップは、まれだがあり得ることだ。
「今はしっかり休みなさい。死んでいたのかもしれないわよ」
「くそっ」
俺は拳をたたきつけることしかできなかった。
悔しい、などというものではない。
ダブルポップなど言い訳にならない。
俺達は、あんなところを突破してSランクにならなければならない。
Sランクパーティになれば、できることはこれまでと段違いだ。
アクセスできる情報だって増えるし、権限も拡大する。
俺達の目的である『万能霊薬』を手に入れることだって夢じゃない。
だから、ここで負けることは許されなかった。
だというのに、なんたるざまだ。
「くそっ!」
俺はそれを言うことしかできない。
「あのよ、ちょっといいか?」
「ああ?」
声をかけられたライラックは、とっさに声のした方を向く。
そこには。
「なんだよ、お前らか」
ガードナー、セイラ、フレアの三人がライラックの周りを取り囲んでいる。
三人とも酷い恰好だった。
ガードナーは胴体を包帯でぐるぐる巻きにしており、フレアは右腕を三角巾で釣っている。
さらにセイラは足が折れたのか、松葉杖をついている。
回復魔法やポーションにおける回復量には限界がある。
ライラックが今こうして、ベッドの上に転がっているのもそれが理由である。
「なんだよ、どうかしたのか?」
「お前が目覚める少し前に、俺達も起きたんだ。それで話し合ったんだが――」
「私たちは、〈聖女の英雄〉を抜けようと思います」
「正直、もうやってられないのよ」
「あ?」
ライラックの口から声が漏れる。
「どういう意味だよ、そりゃあ、Aランクパーティを抜けるって言ってんのかよ?」
「そうだ。今まで言えなかったからはっきり言わせてもらう。お前は、組織のリーダーとして不適格なんだ」
「モミトがいた時は問題なかったけどね……人をないがしろにし過ぎなのよ」
「貴方と一緒に居たら、命がいくつあっても足りません」
「な、あ、てめえら」
ライラックは絶句する。
しかし、これは残念でもなく当然の反応だった。
誰が、気まぐれに仲間に暴力を振るう男を支持できるのか。
いや、これまではできていたのだ。
暴力の矛先が、常にモミト一人に向いていたから。
しかし、そうではなくなった今、彼らは既にライラックを見限っている。
「なにより、方向性がもう違う。俺たちは、三十階層を目指していない。もう、いいと思っている」
「そうね。確かにお金は稼ぎたかったけれど――無理をする必要もないもの」
「結局『万能霊薬』にこだわってるのはライラックだけでしょう?私たちは私達の生活が維持できて、ほどほどに贅沢が出来ればそれで十分なの。もう、割に合わないのよね」
「…………」
ライラックは絶句していた。
三十階層は、冒険者にとって壁である。
それには二つの理由がある。
一つは、三十階層が険しすぎて、そこで命を落とす人間が続出するから。
二つ目は。
もっと単純である。
多くが、三十階層ないしその直前で挫折するのだ。
Sランクモンスターが出る危険地帯に行かずとも、生活はできる。
ならば無理をする必要はない。
ガードナー達は、今回の敗北を機に、完全に心が折れていた。
ゆえに、彼らは現実的な打算を始める。
ケチのつき始めたパーティと、そのリーダーを見計らって独立することを。
「ま、待って」
ライラックは、何かを言おうとするが。
「じゃあな、せいぜい頑張れよ」
「一人で何とかしてください」
「セイラってば酷ーい、まあ私もこいつがパーティ組めるとは思えないけど」
三人は笑いながら、去っていく。
ライラックは、全身の痛みと、喪失感で。
「あああああああああああああああああああああああああ!」
ただ、叫んだ。
メルティーナが迷惑そうな顔をしているのには、気づくことなく。
◇◇◇
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