17. パートナーシップで目標を達成しよう

 王城の地下にある牢獄――その一角に王族や上級貴族のために作られた特別房がある。

 かつて流されびとアンブローズ・ビアスも、晩年はここに収容されていたようだ。

 壁にはこんな文章が彫られている。


『NOBLEMAN, n. 【貴族】 ただ先祖が功績を上げたという理由で、その功績に釣り合わないほど途方もない期間、優遇されてきた家系。たいていの子孫は、美しく仕立てられた衣装と苦悩の表情を駆使して、高貴な血筋ブルー・ブラッドを演じる詐欺師に成り下がっている。(改訂版)』


 おそらくオリジナルの辞典には違う文章が載っていたのだろう。異世界での経験をふまえて改訂したのだ。

 わたしは壁の文章から目を離してベッドに寝転がった。

 諸悪の根源は自由主義経済でも、それをもたらしたビアスでもない。制度をねじ曲げて私腹を肥やす貴族たちだ。

 しばらく月明かりに照らされるホコリの帯を眺めていると、ドアの向こうから騒がしい声が聞こえてきた。


「大変だ! 火事が起きたぞ」

「えっ、どこで?」

「出火元はマリエさまの部屋らしい。どんどん燃え広がって、手が付けられないという話だ」

「ヤバいな、どうすりゃいいんだ」

「さきほど地下牢の囚人を移送する命令を受けた。とりあえずサスティナさまを外に出すぞ」

 ドアが開かれ、二人の牢番が入ってきた。


「さあサスティナさま、急いで避難してください」

 その直後、意外なことが起きた。二人の牢番に少し遅れて、第三の男が部屋に入ってきたのだ。

 男はうしろから牢番の首筋に手刀をたたきつけて、あっというまに二人とも倒してしまった。


「失礼しました。お会いするのは二度目ですね」

 第三の男は慇懃いんぎんな調子でペコリと頭を下げた。舞踏会場でわたしを拘束していた騎士の一人である。


「ダイバー市のカーボラル・ニュートン市長の密偵でしたわね」

「名前は第七号と覚えてもらいましょう」

「密偵第七号……つまり007が来てくれたということね。それだけで勝ったも同然だわ」

「はあ?」

「何でもないわ」


 わたしは前世の記憶を取り戻して以来、最終的には他国へ亡命することになる予感がしていた。

 そこで各国の要人に受け入れを打診する手紙を送っていたのだ。

 かなり手紙を出したのだが、亡命を了承してくれたのは、カーボラル・ニュートン卿ただ一人だった。

 その密偵とわたしは断罪劇の合間に、小声でかんたんな打ち合わせをしていた。

 廊下を抜けて、突きあたりの牢番溜まりに入った。そこにはさらに意外な人物がいた。


「ごめんなさいサスティさま。芝居とはいえ、クソ女と言ってしまって」

 寝間着姿のマリエがすまなそうに頭を下げた。


「気にしなくていいわよ。こちらからお願いしたことなんだから」

 つまりこういう事だ。

 マリエに出した手紙の中で、もし協力する気があるのなら、そのサインとして「クソ女」と言ってくれと書いたのだ。

 そのうえで、わたしが蒸気機関に反対する論陣を張るから、生徒会と一緒に糾弾してくれと頼んだ。

 予定外だったのは、マリエの一票で刑が決まることになり、糾弾役が彼女一人に任されてしまったことだ。


「それにしても、あなたが死刑に投票するとは思わなかったわ」

「そのほうが脱出するのに都合がよかったからです。死刑囚は必ず城の地下牢に収容されます。地下牢のさらに下には引き込み水路があるんです。水路は川に、川は海につながっていますから」


 ずっと城の中に住んでいただけあって、内部構造を熟知している。

 階段を下りて地下の引き込み水路に出た。

 そこには中型ヨットぐらいの大きさの外輪蒸気船が停泊していた。


「完成していたのね。たしかにこれで逃げれば誰も追いつけないわ」

「蒸気機関関係の設計図や資料はすべて燃やしておいたので安心してください。もう同じものは作れないはずです」

 やはり火事の原因はマリエだったのだ。


「ちなみに第七号さんに燃やすのを手伝ってもらったんですけど、思いのほか派手に火の手が上がったので少しあせりました」

「わたしの得意技は火魔法なもので、少々張り切りすぎました」


 第七号がおどけた調子で言った。

 舞踏会場でマリエが協力者であることを伝えていたので、第七号はすぐに接触してくれたようだ。


「それじゃ007さん、その調子で蒸気船の炉に火を入れてちょうだい」

「へいへい、人使いの荒いお嬢さま方だ」

 第七号はボヤキながら炉に屈みこんだ。


「なるほど、第七号だから007ですか。言われてみれば確かに」

「007だと思えば安心感が半端ないでしょ」

「ですね~、だんだん彼がダニエル・クレイグに見えてきました」


 二人で大笑いした。こういう会話ができる相手は貴重だ。

 外輪が回り始め、船がゆっくりと動き出した。地下水路を抜けて川に出るころには、かなりのスピードになっていた。

 水面が真っ赤に染まっている。ふり返ると城の東側が盛大に燃えているのが見えた。


       〇


 ダイバー市は商人たちが自治運営している都市国家である。大きな港をもち、海運業で栄えている。

 この国ではギルド制度が発達しており、市長は各種職業ギルドに所属する親方マスターたちの投票によって選ばれる。

 つまり不完全ながらも民主主義が実現しているのだ。わたしの再出発にうってつけの場所といえる。


「ただいま」

 仕事を終えたわたしは、港が見える丘にかまえた自宅に帰ってきた。

 亡命から一年たち、わたしは小さな商会を経営していた。


「お帰りなさいませ、お嬢さま」

 メイド服姿のシイが出迎える。


「マリエの様子はどう?」

「今日はずっと仕事部屋にこもって出てきません」

 ということは、新商品の開発がラストスパートに入ってるのだ。彼女は仕事に乗ってくると部屋からでなくなる。


 わが社の主力商品は、魔石をエネルギー源とした生活魔道具である。すべて魔法に詳しいわたしと機械に詳しいマリエが共同開発したものだ。

 魔石が持続可能なクリーンエネルギーであることに気付いたので、それを使って女性のための魔道具を作ろうと思ったのだ。

 手始めに火魔法の術式を組み込んだ魔導コンロと魔導オーブンを発売したところ、主婦のあいだで大評判になった。

 おかげで丘の上の一等地に家を買うことができた。


 女三人の生活は苦労することもあるが、近所に住んでいるグリーン兄弟が目を光らせているおかげで、治安に対する不安はない。

 グリーン兄弟はわずか一年で港湾労働者の顔役に上り詰め、近々自分の一家ファミリーをかまえることになっている。


「できました! できました!」

 ボサボサ頭のマリエが仕事部屋から飛び出してきた。


「シイさん、ついに魔導洗濯機ができたんです! ポイントは土魔法で石棒を伸縮させることで生じるピストン運動を回転運動に変換させて……あっ、サスティナさま、帰ってたんですか」

「洗濯機の試作品が完成したようね」

「はい! これは久々の自信作です……それで、その……」

 マリエは急に顔を赤らめてモジモジし始めた。


「いつものようにご褒美をもらえませんか」

「もちろんよ」


 わたしの派閥にいたころから、マリエの目つきにシイと共通するものを感じていた。

 一緒に暮らすようになると、やはり彼女がわたしたちの同類だったことが明らかになった。

 その場でひざまずいたマリエは顔を上にあげ、ひな鳥のように口をぱっくり開いた。

 わたしは彼女の顔をのぞきこみ、その口めがけてペッと唾を吐く。

 唾はねらい通り口の中に吸い込まれていった。

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異世界でわかるSDGs~持続可能な婚約破棄のために メガネを取るとイケメン @mega_ike

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