14. 海の豊かさを守ろう

 舞踏会場の中央に幅の広い階段がある。上ると中間地点に踊り場があり、そこから左右に階段が分かれる作りだ。

 その踊り場にコバルト王子が立っていた。コバルトの横にはマリエ・キンバラが寄りそっている。

 さらにシアン王子とメチル・マンガンのカップル、わが愚弟リーダとアセト・アルデヒドが左右にひかえていた。

 呆然と見上げるわたしの耳元で、ホルムがささやいた。


「誤解してほしくないんだけど、ぼくのきみに対する想いは本物だよ。きみとのダンスを夢見ていたのは本当なんだ。ただ、それはそれとして、処罰すべき人物は処罰しなければならない。この線引きが、いずれ宰相の地位を引き継ぐぼくに課された責任なんだ」


 いつのまにか王宮騎士団の制服を着た男たちに囲まれていた。

 ホルムは悠然とした足どりで階段を上がり、コバルトたちと合流した。これで生徒会が勢ぞろいした形だ。


「皆さんもご存じの通り」

 コバルトが演説を再開させた。


「わが国は流されびとを保護しています。当然このマリエ嬢も保護対象であり、何人なんぴとも彼女を傷つけることは許されません。しかるにサスティナ・ビリティスは、公爵令嬢にして第三王子の婚約者という立場にありながら、密かにマリエ嬢をイジメていたのです」

 わたしはネックレスに仕込んだ魔石に手をやった。


「無駄です。会場には魔法無効化結界が張られています」

 騎士の一人に注意された。さすがにそこらへんは抜かりがない。

 仕方なくコバルトの話を黙って聞くことにした。


「そもそも、なぜイジメなんか起きたのでしょう。その動機は何か? 手掛かりとなる一通の投書があります」

 コバルトはふところから書状を取り出した。わたしが学園から逃亡するきっかけとなった投書だろう。


「一部を抜粋して読み上げます。『わたしはサスティナさまの派閥に属していました。そこでイジメへの加担を強制されたのです。ひとしきりマリエ嬢に嫌がらせした後、彼女を取り囲んで蒸気機関の発明をあきらめるように要求するのが日課となっていました』……さて、ここで蒸気機関という聞きなれない言葉が出てきました」


 書状を再びふところに仕舞ったコバルトは、隣に立っていたマリエの肩を抱き寄せた。

 そうされても彼女は無表情で、感情が読み取れなかった。


「マリエ嬢は過去の流されびとの例にもれず、国にとって大変有用な発明をしてくれました。それが蒸気機関というものです。蒸気機関の開発はわが父オキシダン王も後押ししています。つまり、この発明を妨害するのは国家への反逆に等しいという事になります」


 あの時のわたしは熱に浮かされたような状態だった。

 もっと早く前世の記憶を取り戻していたら、妨害するにしても違うやり方をしていただろう。


「投書の真偽をただすため、生徒会はサスティナを呼び出しました。ところが彼女はそれに応じず、学園から逃亡したのです。ただちに父親であるプロパ・ビリティス公爵とオキシダン王との協議が行なわれ、サスティナとの婚約は、こちらから破棄する形をとることで合意した次第であります」


 やはり完全に外堀が埋められていた。

 悪役令嬢ものでは、父親の許可を取らず勝手に婚約破棄して、あとで怒られる馬鹿王子の話がよくある。

 万事そつがないコバルトに、そのパターンは期待できない。


「付け加えると」

 一歩下がって控えていたシアン王子が前に出てきた。


「サスティナが逃亡するさい、学園に乱入してきた大男がいた。あきらかに彼女の協力者だ。不覚にもおれはその大男に一発を食らってしまった。我ながら油断していたと思う」


 流されびとに対するイジメ、国家事業への妨害に加えて王族への暴行まで行なったのだ。スリーアウトと言ったところだ。

 誰がどう見ても、この婚約破棄チェンジは正当なものである。


「ひとつよろしいでしょうか」

 わたしは手をあげて発言の機会をもとめた。


「なんですか? 異議があるのですか」

「いえ、婚約を破棄するとなれば、早急に代わりを見つける必要があると思うのですが、そのめどは立っているのですか? 空白となった婚約者の椅子は、誰が埋めるのでしょうか」

「ふん、その地位を自ら放棄したくせに、後釜に誰が座るのか気になるんですね」

 コバルトはさげすんだ目でわたしを見た。


「心配しなくとも、候補者にはすでに打診済みです。今は返事待ちの状況です」

 そういって、マリエに熱いまなざしを注いだ。


 つまりわたしの後釜に選ばれたのはマリエだったのだ。しかし彼女は話をすぐに受けず、態度を保留しているようだ。

 マリエには、わたしへの協力を要請する手紙を送っている。

 彼女が態度を保留しているのは、手紙を読んでわたしを助けたい気持ちが芽生えたからではないのか。

 それとも、そんな考えは希望的観測に過ぎないのか。


「あの、殿下……」

 マリエは何やら意を決したような表情で話し始めた。


「サスティナさまには大変お世話になりました。ひとりぼっちで異世界に飛ばされて、心細かったわたしを励ましてくれました。蒸気機関を開発したのは、そんなサスティナさまへの恩返しのつもりだったのです。それなのに、あの人はわたしをイジメてきました。つまり、わたしの気持ちを踏みにじったのです」

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。


「わたしは殿下の申し出を受けたいと思います。イジメてきた人を蹴落として婚約者の地位を奪うなんて、最高の復讐じゃないですか。あのクソ女を地獄に叩き落としてやりましょう!」


 マリエは怒りの表情でわたしを睨んだ。つまり彼女は生徒会と一緒に断罪する立場を選んだという事だ。

 もちろんその場合の対処法は考えてある。悪役令嬢オタクをなめてはいけない。

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