5. ジェンダー平等を実現しよう

 わたしの名前はアキタ・トーンブリ。スウェーデン出身の環境活動家である。

 父は俳優、母はオペラ歌手という芸能一家で育った。

 そのせいか、幼いころから好奇の目にさらされて孤独な幼少期、思春期を過ごした。


 転機になったのは高校の授業で気候変動について習ったことだ。

 教師が語る地球温暖化の恐怖にわたしは不安神経症になってしまい、学校を休みがちになった。

 おまけに摂食障害も発症した。カップラーメンとバナナぐらいしか食べられなくなったのだ。


 現状を打破するため、両親の伝手をたどって温暖化反対運動のグループに接触した。

 こころざしを同じくする仲間との交流によって、わたしの不安神経症は徐々に改善していった。

 グループにとっても、トーンブリ家のネームバリューは利用価値があったのだろう。たちまち反対運動のシンボルに祭り上げられた。

 わたしはマスコミの寵児となり、デモ活動やセミナーに参加するため世界中を駆け回った。

 美術館に忍びこんで名画にスープをかけたりもした。


 そんな日々の中、わたしは自然保護区での銅採掘に反対する大規模デモに参加するためパナマ共和国に飛んだ。

 現地では高速道路にバリケードが築かれており、すでに三週間にわたって道路封鎖が行われているという。

 バリケードに到着したわたしは、さっそく前任者と交代して座り込みをはじめた。

 しばらくすると、立派なひげをたくわえた小太りの老人が近づいてきた。


「あんた、どっかで見たような顔だな」

 老人は穏やかな声で話しかけてきた。意外と知的な目をしている。


「アキタ・トーンブリよ。聞いたことない?」

「ああ、その名前は知ってる。有名な環境少女だろ? ところでトーンブリさん、この道路封鎖のおかげで国や近隣住民に莫大な経済的損失が発生してるんだが、それについてどう思う?」


「わたしの名前だけじゃなく、政府や大企業の横暴についても知ってほしいわ。企業の経済活動とCO²の増加は相関関係にあるの。人々が経済成長に囚われてる限り、CO²の削減は達成できないわ。ただでさえ人間が呼吸するだけでCO²が排出され続けるというのに」

「ふーん、だったら俺が一人分のCO²を削減してやるよ」


 老人が持ち上げた手に拳銃が握られていた。

 この人はなぜそんな物をわたしに向けてるんだろう。ということを考えながら、ぼんやりと銃をながめた。

 轟音とともに銃口が火を吹き、わたしの意識は途絶えた。


       〇


 ハッと目が覚めると、そこは魔法学園の保健室だった。


「お嬢さま、お目覚めになりましたか」

 かたわらには、やつれた表情のシイが座っていた。


「どうしてこんな所で寝てるのかしら」

「階段を踏み外して転落してしまったのです」

「踏み外して?」

「そう聞きましたけど、違いますか?」

「……いえ、そうだったわ」

「忌々しいことに、偶然近くにいたマリエ・キンバラが応急処置をしたおかげで助かったようです。あの魔女に借りを作るなんて……」


 シイはやたらとマリエを敵視している。わたしの影響をもろに受けたのだ。

 悔しがるシイを何とかなだめつつ、転落したあとの状況を聞き出した。


 倒れているわたしを発見したマリエは、自分のシャツをひき裂いて包帯を作り、出血している後頭部に巻き付けた。

 続いて通りがかった男子生徒に指示を出し、教室のドアを外して担架の代わりにした。

 そして水平状態を保たせたまま保健室に運び込んだのだ。


 今のわたしには、それらが医学的に理にかなった処置であることがわかる。

 この世界には治癒魔法というものがあるので、かえって医学の発展が遅れている面があるのだ。

 倒れている人を見かけた場合、目を覚まさせるために揺すったり叩いたりするのが一般的だ。

 マリエが知らん顔をして立ち去っていたら、わたしはどうなっていたか分からない。


「よく分かったわ。ところで、まだ頭がはっきりしないから、しばらく一人にさせて」

 わたしはシイを退出させて考え込んだ。


 なぜマリエの処置が医学的に正しいと分かるのか。それは前世の記憶を思い出したからだ。

 わたしの前世であるアキタ・トーンブリは、あの流されびとと同じ世界、そしておそらく同じ時代の人間だ。


 初めてマリエと会ったとき、幼馴染と再会したような懐かしさを覚えた。その理由が今ならわかる。

 前世のわたしが生まれ育ったストックホルムは国際都市で、学校にはアジア人の生徒がたくさんいた。

 環境活動家になってからも多くのアジア人と共闘してきた。

 いわばアジア人のいる風景こそが、わたしにとっては故郷の風景だったのだ。


 風景といえば、マリエが語る異世界の風景をイメージすることができたのは、もちろん前世で目にしていたからだ。

 蒸気機関に嫌悪感を覚えるのは、石炭の大量消費が環境破壊につながると、魂が知っていたからだ。

 そもそも幼少期からの流されびとに対する興味だって、そこに故郷のにおいを嗅ぎとったからなのかも知れない。


 自分の人生における謎の数々が解明されて、なかなかスッキリした気分になった。

 しかしその気分は、いきなり乱入してきたある人物によって台無しにされるのである。

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