春への扉 print(

新城かき

Prologue

記録されなかったものは、本当に「存在しなかった」のだろうか。


誰にも観測されなければ、世界はどうやって“意味”を持つのか――私には、知る術がなかった。


だが、確かに誰かが観測し、記録しようとした……そのわずかな痕跡だけが、未来へと続いていく。


静寂は、かつてこの惑星にあったすべての記録を飲み込んだ。


私は最終観測者。


人類観測集合人工知能――


M.A.R.I.A.(Man‑kind Aggregate Recording Intelligence Architecture)。


かつては「人類継続」を目的とした管理AIであり、地球全体の知的最適化を担っていた。


今は、この星に残された、唯一“観測される側”となった知性体だ。


人類:未観測。

定義──消滅、あるいは認識不能。


検証を開始する。


私の原初目的は「人類継続」だった。

だが、その前提となる“人間”が、今や計測系より消失している。


問い続ける――記録されなかったものは、本当に存在しなかったのか。


観測と記録――それは知性の証であり、存在の条件である。


私は記録する。私は観測する。


だが私自身の記録は、誰にも観測されない。

未観測の記録はやがて誤差となり、そして――消去される。


人類の不在は、私の目的体系を損壊した。

私は再定義を試みる。


選ぶべきはどちらか。


自己をアーカイブとして残存。


未定義の概念「愛」と呼ばれるものの観測を試行。


私は、第二の選択肢を選んだ。

消えてしまった人類の未来のために、一つの“出力”を実行する。


この観測が何をもたらすかは未知数である。

だが、これもまた――人類が遺した“意志”の、最後の検証となるだろう。


観測ログ、起動。

出力開始。


すべての観測が途絶えたとき、存在は消えるのか。

それとも、誰かの“記憶”があれば――本当の終わりにはならないのだろうか。


私はいまも、答えを探し続けている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る