元・魔法少女の曇らせ記録 ~世界が裏切った、彼女の光が消えるまで~

@flameflame

第一話:眩い光と、その影で蠢く者

僕の座る教室の隅は、まるで世界から切り離された観測所のようだった。そこからは、何一つ見逃さずに、全てを記録できる。そして、僕の視線の先には、常に星宮ヒカリがいた。


彼女は、光そのものだった。朝のホームルームで、彼女が「みんな、おはよう!」と声を弾ませるだけで、凍てついていた空気が一瞬で溶け出す。白いブラウスに、太陽の光を閉じ込めたかのような鮮やかなリボン。その笑顔は、どんな曇り空も晴らす力を持っているように見えた。


葵が、ヒカリの隣で楽しそうに笑う。二人で並んでランチを広げ、きゃあきゃあと無邪気な声を上げる。葵は、ヒカリの輝きを一番近くで受け止める、穏やかな少女だ。そして、少し離れた席には、ヒカリの幼馴染で恋人のユウトがいた。彼はサッカー部で、いつも汗を輝かせている。ヒカリがユウトに手を振れば、ユウトも照れくさそうに笑い返す。彼らの間には、どんな怪人にも引き裂けない、絶対的な絆があるように見えた。


しかし、僕の視点から見れば、その輝きは、あまりにも完成されすぎていた。まばゆく、完璧で、一切の陰りがない。それが、僕の胸に言いようのない不快感をもたらした。


僕は、その光を、この手で「曇らせて」みたくなった。


砕け散らせるのではない。汚すのでもない。ただ、その内側から、その輝きが、ゆっくりと、しかし確実に失われていく様が見たかった。まるで、磨き上げられた硝子細工が、時間をかけて、白く濁っていくように。


僕の心臓が、静かに、しかし熱を帯びて鼓動を始めた。それは、愛でも、憎しみでもない。ただ純粋な、そして限りなく歪んだ「創造欲」だった。最高の芸術作品を、最高の形で「変質」させてみたいという、理性では説明できない衝動。


対象は、星宮ヒカリ。そして、彼女のもう一つの顔――人々から絶大な人気を誇る魔法少女「プリズム・スター」だ。


彼女は、街の平和を守るヒーローとして、メディアでも連日称賛されていた。怪人との戦闘では、どんな苦境も笑顔で乗り越え、市民に希望を与えてきた。その強さも、優しさも、全てが僕の「作品」をより深く、より魅力的に「曇らせる」ための素材となる。


僕は、緻密な計画を立て始めた。ヒカリの最も大切なもの――人々の信頼、親友との絆、恋人との愛。それらを全て破壊し尽くすことが、彼女の輝きを奪う、最も効果的な手段だろう。


放課後。ヒカリは、葵とユウトと三人で、楽しそうに明日の放課後の予定を話していた。


「ねえ、明日、新作のクレープ食べに行かない?葵とユウトも一緒に行こうよ!」


ヒカリが目を輝かせ、スマホで地図を表示させている。ユウトがスマホをポケットから取り出し、葵に「場所、送っとくよ」と声をかけた。


僕の好機だった。


僕は、静かに立ち上がった。図書室に本を返しに行くフリをして、彼らの近くを通り過ぎる。ユウトが葵にメッセージを送ろうと、スマホの画面をタップした、その一瞬。僕の指先が、彼のスマホの側面を、ごく僅かに掠めた。それは、送信ボタンのすぐ近くにある、通知音を消すための小さな物理スイッチだ。


ユウトは気づかない。そのままメッセージを送信し、葵のスマホが小さく震えた。しかし、通知音は鳴らなかった。


「ユウト、場所、送っといたよ!」


ユウトが笑顔で言うと、葵も「ありがとう!」とスマホを確認した。僕の唇の端が、微かに、ほんの微かに持ち上がった。


最初の仕掛けは、完璧に成功した。葵のスマホにはメッセージが届いたが、通知音は鳴らない。彼女はメッセージに気づかず、ヒカリは「また、私だけハブられた」と誤解するだろう。


明日から、星宮ヒカリの輝きは、少しずつ、しかし確実に失われていく。

僕は、その全ての瞬間を、余すところなく観測する。


******


次回予告:


ユウトから届いたはずのメッセージに気づかない葵。クレープ店での小さな「すれ違い」が、ヒカリの心に最初の亀裂を生む。観測者の目は、次の獲物へと向けられる。

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